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第Ⅰ篇《》 第三章(其々の道)3話〔恐怖〕

「ひくっ……やめ、て……やめて!!」

 少女の泣き叫ぶ声が部屋に響き渡った。

 少女は衣服をすべて脱がされて裸の状態で、布団に押さえ付けられている。

 押さえ付けているのは、少女の父親だ。

 少女より二回り以上大きく全裸である。

「はあぁぁ…………はあぁぁ…………」

 父親は少女の身体を舐め回した。

 少女はへそや太股に押し当てられているモノに嫌悪感を覚えていた。

「いや……、離して……」

 逃げ出そうと身体を捩るが微動だにしない。

 それでも諦めずに動いていると、


 バシン!!!!


 と大きな音がなった。

 音の正体は、父親が少女の頬を思いっきり引っ叩いた音だった。

「…………みぃさきぃいい………………」

 少女が動かなくなったのを確認すると、押し当てていたモノを少女の――。



        ☆



「いやぁぁぁぁ……」

 美咲は叫びながらガバッと、起き上がった。

 身体中を汗で濡らしガクガクと、震えている。

 汗で濡れた肌に寝間着が貼り付いていた。

「だ、だれか…………」

 美咲は掠れた声を出して、ベッドから転げ落ちた。

(こわいこわいこわいこわいこわい…………)

 美咲は立ってなんとかドアの前まで進んだ。

(こわいこわい…………………………)

 部屋を出た美咲は、おぼつかない足取りで進み始めた。

「だれ……か…………」

 ちゃんと声が発せられていないことに美咲は気が付いていない。

 今の美咲には、向かう先を考える余裕も今自分がどこに向かっているのかを考える余裕もない。

(こわい…………)

 よろめいた美咲が右に倒れそうになり、右手を出した。

 だが、そこには壁がなく、美咲の手は虚しく空を切り、そのまま倒れて階段を転げ落ちて、一階まで行ってしまった。

「だれか…………」

 這いつくばった状態で呟いたとき、

「――何やってんだ?」

 声をかけられた。

 美咲は、どこかで聞いたことのあるな、と思ったが思考するのを放棄して、声のした方に手を伸ばした。

 すると、指先になにかが当たった。

 美咲は当たったものにすがりより抱きついて、涙を流した。

(こわいこわいこわい…………もう恐くない……)

 抱きついた人が戸惑っているような気がしたが、美咲はそれどころじゃなかった。

「その……、俺の部屋に来るか?」

 美咲はこくりと頷いた。

 抱き抱えられて、その人の部屋に向かった。

 移動中美咲はずっと泣いていた。



        ☆



 部屋の明かりがつき、美咲は顔を横に向けて驚いた。

 美咲が抱きついていたのは、康介だった。

 康介は心配そうな表情で問いかけた。

「大丈夫か?」

 美咲はコクッと、頷くだけだった。

 本当に大丈夫なのか?、と言う顔をしたが、康介はそれ以上は聞かなかった。


 美咲をベッドに座らせた康介は、彼女に自分のTシャツを渡して、着替えさせてから、隣に腰を下ろした。

「落ち着いたか?」

「はい……」

「その……、何かあったのか?……まぁ、言いにくいことなら無理に聞こうとは思わないけどさ」

 視線を向けずに問いかけた。

 美咲は下を向いていたが、「田中さん……」と呟いて、康介を見上げた。

「なんだ?」

 と康介は彼女に視線を向けた。

 美咲は康介の目をまっすぐ見つめて言った。

「お話をちゃんと聞いてくれますか?」

「あ、ああ……」

 康介は戸惑ったように答えた。

 今まで美咲は、康介と目を合わせないようにしていたのに、今はしっかりと康介の目を見ている。

「昨日、男の人に腕を掴まれて、服を脱がされて…………、昔のことを思い出しちゃって……」

「昔のこと?」

「はい……」

 美咲は康介の目を見たまま、自身の過去を語り始めた。



        ☆



「――――ってことがあったんです。……それで……、夢を見たんです…………」

 美咲は康介の目を見たままだが、少し頬を赤らめた。

「お父さんと……」

「それ以上は言うは……」

 康介は手を振りながら言った。

 美咲は「はい……」と、言って俯いた。

 美咲が男性恐怖症になった原因と、階段下で震えていた理由を知った康介はベッドから立ち上がった。

 椅子へ向かおうとしたが、うしろから抱きつかれた。

 康介は戸惑いながら問いかけた。

「ど、どうしたんだ。急に?」

「たな……康介さん、わたしのそばにいてください。わたしを一人にしないでください。…………お願いします」

 康介は美咲の言葉を理解することが出来なかった。

「それって……――」

 美咲の顔を見た康介は『どういうことだ?』と続けられなかった。

 美咲は、涙目で、すごく不安げな表情で、僅かにに震えていた。

 康介を見上げている目は、『拒まれたらどうしよう』という不安に染まっていた。

 康介は美咲の目を見つめて、『わかったよ』と答えて、ベッドに座り直した。

 美咲も隣に座ると、康介にもたれかかった。

「康介さん……」

「ん?なんだ?]

 美咲は康介を見上げて問いかけた。

「今日、一緒に寝て貰えますか?」

 康介は少し考える素振りを見せてから答えた。

「ああいいよ」

「ありがとうございます」

 美咲は微笑むとゆっくり瞼を閉じた。

 数秒すると、安心しきった 顔で寝息をたて始めた。

 康介は美咲をベッドに寝かせた。

 ベッドに淵に座り、美咲の話を振り返っていた。



        ☆



 美咲の母親は美咲が小さい頃に病死した。

 美咲の父親との二人暮らしが始まって、美咲が三年生のとき、ある日の夜に父親が手を出した……。

 服を脱がせ、身体中を触ったり、舐めたりしてきたとか……。

 その日から時間はバラバラだが、大体夜中、帰宅後にやられてたらしい……。

 そんなことが二ヶ月くらい続いたって言ってた。

 でも、美咲はそのことを誰にも言わなかった。理由は『いつか優しかったお父さんに戻ってくれる』と信じていたからと、言ってた。だけど、そうはならなかった……。

 さらに一ヶ月くらいが経って、美咲が四年生に進級して、はじめての登校日の前夜。

 父親が美咲を犯した……。

 抵抗する美咲の頬を力いっぱい叩いて、抵抗しなくなったのを確認すると、父親が無理矢理入れた。

 美咲は入れられた瞬間、あまりの痛さで声が出なかった。

 それでも、どうにか抜こうと暴れた。

 すると今度は、父親は美咲の腹を思いっきり殴った。

 美咲が暴れなくなると、父親は動かしだした。

 何をされているのか、理解できずにいると、『お腹の中で熱いなにかが出されている』という、感覚に襲われた。

 美咲は、何をされたか分からなかったけどこれで終わりだ……、と安心した。

 だが父親は再び動かし始めた。

 そして、何度も何度も何度も何度も何度も…………、どれくらいの時間が経ったのか分からないが、男が部屋から出ていくと、掛け布団にくるまってガクガクと、震えていた……。

 そして、登校日のこと。

 美咲は男子生徒に少しぶつかられただけで、その場に踞り『やめてやめてやめて』と連呼した。

 騒ぎを聞き付けた、担任の男性教師が美咲の肩に手を置いた瞬間、『いやぁぁぁ!』と叫んで手を払い、『いや……もういや、酷いことしないで……』と泣いたという……。

 それがきっかけで、父親が美咲にしてきたことが明るみに出た。

 そして、康介同様たらい回しにされて、二年くらい前にここに――向日葵園に来た……。



        ☆



(はぁ~……。ひでぇ話だな……)

 康介が天井を見上げてた。

(だから、コイツは父親を……)

 康介が横目で美咲の方へ視線を向けると、涙目でガクガクと震えながら手を伸ばして『康介さん……康介さん……』と、か細い声を発している美咲の姿が目に入った。

 康介は、何が起こっているのか理解出来ないでいた。

「オマエ、どうしたんだ?」

 康介も手を伸ばした。

 すると、美咲はその手をガシッと、力いっぱい掴んだ。

「お、おまっ……」

「康介さん、今日だけでいいんです。……今日だけ、一緒のベッドで寝てください……」

 康介は目を見開いた。

「オマエ……、父親とのことで、あんなに震えてたのにどうして……」

 美咲は康介の目をまっすぐ見たまま答えた。

「……康介さんなら、安心出来るから」

 『……それに好きだから』と言う言葉は康介の耳に届くことなかった。

 康介は、『わかった』と答えてベッドに入った。

 美咲は、康介の背中に腕を回し抱きついて、目を閉じ胸に顔を押し当てた。

 康介は美咲に布団をかけてやった。



        ☆



「………………ん?」

 康介はベッドの上で首を傾げた。

 時計に視線を向ける。現在の時刻は0時過ぎ。

 六時間ほど寝ていたようだ。

(腹が減ったな……)

 康介はお腹を擦りながら身体を起こした。

 再度時計を見る。

(また寝るのも手だが、厨房に行ってなにかつまむのもありだな……)

 康介は考えた末、厨房に行くことにした。

 ベッドから立ち上がりドアへ向かう。

[朝まで待てないのか?]

「ああ、無理だな」

 背後に現れたダークに視線を向けて答えた。

[そうかい]

「オマエもついてくるか?」

[そうさせてもらうよ]

 康介は部屋を出ていった。


 康介は厨房でトマトやきゅうりを食べて、食堂へ向かった。

 食堂に来た康介は、掛け時計に視線を向けた。

 現在の時刻0時半。

 時間が経つのは早いものだ。

 食堂を出て、階段に差し掛かったとき、なにかが転がり落ちてくる音がした。

 訝しげに思い、立ち止まっていると、人が転げ落ちてきた。

 康介が目を丸くしていると、その人物はガクガクと震えながら這いつくばっていた。

 しゃがみ込むと、康介はその人物が誰かわかった。

 目の前に這いつくばっている人物は、美咲だった。

 康介が『美咲、何やってんだ?』と言ったとき、同時に美咲も(だれか……』と呟いた。

 美咲の身体がビクッと、反応したとか思うと、急に手探りでなにかを探し始めた。

 康介のはいていたジーパンの裾を美咲が掴むと、勢いよく腰に抱きついてきた。

「お、おい!?」

 康介は面食らったが、すすり泣く美咲を見て、冷静になった。

(『ロリコン』って、言わないのか?)

 正面に立っているダークに視線を向けて言った。

[……俺だって空気は読むさ]

 ダークは顔を背けて答えた。

(そうか)

 康介は美咲に視線を戻した。

(ここで、ずっとこうしてるわけにはいかないよなぁ)

 美咲に微笑みかけるように笑って、康介は問いかけた。

「俺の部屋に来るか?」

 美咲がこくりと、頷いたのを確認すると康介は、汗で肌に寝間着が貼り付いたちょっと艶かしい少女を抱き抱えて自室に戻った。



        ☆



 ベッドに腰を下ろしている康介の隣には、真剣な表情で父親とのことを話している美咲が座っている。

 時折、顔に影を落とし震えるが、すぐに震えがおさまり真剣な表情に戻っていた。

 康介は何度も止めさせようと思ったが、真剣な表情で語る美咲を見ると、止めさせる気が失せてしまった。

 それでも康介は、抱き締めてでも止めさせたい、と頭を過ることがあった。

 抱き締めて、『もう話さなくていい。それ以上話さなくていい。辛いことなんて思い出さなくていいんだ』と言ってやりたいと…………。

 どうして、そんなのことが頭を過るのか、康介自身にも分からない……。

 少女のこんな姿を見ていると、胸のあたりがモヤモヤすると言うか、チクチクすると言うか……、とても落ち着かない気持ちになる。

(なんなんだろう……この気持ちは……)

 康介が心の中で自問自答している間に美咲の話しは終わっていた。



        ☆



 美咲のお願いで康介は、彼女と一つのベッドで一緒に寝ることになった。

 美咲はベッドに横になった康介の服を左手で掴み、右手を背中の方に回して、目を閉じ胸に顔を押し当てた。

 康介は自分の右腕を美咲の頭が乗るように置いて、左手で布団をかけてやった。

(もう、すやすや寝てやがる)

 微笑みながら美咲を見た。

(俺は今後、コイツにどう接したらいいんだろうな……。ダーク)

 ベッドの淵に腰かけていたダークに話しかけた。

[知らねぇよ。オマエがどう接したいか、だろ?]

(俺がどう接したいか、か…………)

 美咲を見下ろした康介は、少女の頭を撫でながら瞳を閉じた。



        ☆



 ……身体が動かない。それにこの天井に見覚えがない…………、てことは、夢か……。

 でも見覚えがないものを夢で見るものなのか?

 まあいい。

 そう言えば、さっきからへそや太股になにかが当てられてるような……。それに少し左頬が痛むな……。

 見覚えがない天上を寝っ転がって見上げてて、真っ暗な部屋に、痛む左頬……、まったく記憶にない状況だ……。

 はぁ~なんなんだこの夢は……。

「みぃさきぃいい」

 ん?なんだこの声?

 !?なんだ……この大男。

 ん……、股になにかが…………、

「……が……………………」

 いっ……な、なんだこの痛みは……、腹の中のなにかを貫かれたような……。

 でもなんなんだ。これは……、

「おと……うさん……」

 はっ……、美咲?

 今の声は絶対に美咲だ。

 でもどうして、美咲が夢に、

「がはっ…………」

 がはっ……、腹、殴られ……、これって、美咲が話してくれた……ぐあぁぁぁぁい、いてぇ。

 これは……美咲の、夢なのか……。

 おか……しい……美咲の、夢を見て……ることも、だが……このリアル、すぎる痛みは……なんなんだ…………。

「………………はぁ~……」

 な、なんだ。身体に注がれるこの感覚は!?



        ☆



「はぁ……はぁ……はぁ……」

 パッと、目を開けた康介は、目だけで周囲を見回した。

(これは……夢じゃない……)

 安堵の胸を撫で下ろして、康介は身体を起こした。

 康介の寝間着は汗でびっしょりになり貼り付いていた。

 康介は、お腹のあたりを擦った。

「……ホントに殴られたわけじゃないのに痛みがある……。それに…………うっ」

 咄嗟に口元を押さえた。

「貫かれた感覚も注がれた感覚もあるなんて……どうなってんだ」

 康介は吐き気を気合いで抑え込んで、正面を見た。

「ダーク……」

[なんだ]

「これって……どう言うことなんだ?」

 康介は自分のお腹の擦りながら聞いた。

[美咲の能力かな?]

「能力?どんなやつだ?」

 ダークは考える素振りを見せてから答えた。

[精神……感応かな?]

「精神感応……テレパシーか?」

[ああ、そんな感じだ]

「そうか……。じゃああれは、美咲が体験したことなのか……」

「そうか……あれは、美咲が体験したことなのか

[美咲が体験したことがなんなんだ?]

 黙り込んだ康介にダークが問いかけた。

「いや、その……」

 歯切れ悪く答えて康介はまた黙り込んだ。

 康介の様子にダークは首を傾げた。

「その……。夢の中でよ、みくが父親に、『みさき』って呼ばれてたんだよ……」

[みさき?コイツの名前は『みく』だろ?]

「ああ…………。でも、本当はコイツ……」

 呟いて康介は、右横に視線を向けて、

「美咲……?」

 美咲がいないことに気がついた。

 康介が立ち上がろうとしたとき、布団がもぞもぞと、動いた。

 訝しむ表情で首を傾げて、布団をめくると美咲が寝ていた。

 彼女は、康介の服をぎゅっと、握りしめて、額に汗を滲ませながら苦しそうにしている。

 康介が『美咲……美咲……』と言いながら身体を揺すっていると、虚ろな目で顔を上げた。

「大丈夫か?」

 そう言いながら康介は、大丈夫なわけないだろ……、と胸中で毒づいた。

「…………康介さん……」

「ん?」

 康介が首を傾げていると、美咲が彼の首に腕を回して抱きついた。

「お、おい……!?」

 康介の服は汗でびっしょりな上、美咲の着ている康介のTシャツも同じくびっしょりで、接している部分がみるみる温かくなっていく……。

(落ち着け落ち着け、平常心平常心…………)

 康介は邪念を振り払うように首を振っていると、

(腕が微妙に震えてる……)

 美咲の腕が微かに震えていることに気がついた。

 震えていて当たり前だ。康介が見た夢が美咲の能力によるものなら、彼女自身が見ていないはずがない。

(俺より長く寝てたってことは、もっと先まで……)

 康介は憂い顔になると、美咲を抱き締めた。

(やっぱり小さい身体だ。体つきが結衣とまったく違う……。力を入れすぎれば潰れてしまうんじゃないかと思うくらいに……、小さい身体だ)

 康介は抱き締めたままで、窓に視線を向けた。

(この行動が正しいのか俺には解らない……。解らないが、こうしなくちゃいけないような気がした)

 根拠はない。だが、こうするべきなんだ、と康介は自分に言い聞かせた。

 数分して康介が口を開いた。

「なぁ……、美咲?」

「な……に……?」

「着替えたいんだけど……」

「うん……」

「…………その、離れてくれる?」

 康介が首を傾げて問いかけると、美咲は首を横に振った。

「やだ……」

「その、どうしてだ?」

「離れたくないから……」

「そんなこと言われてもなぁ……」

 康介は頬を掻きながら続けた。

「服が汗でくっついて気持ち悪いから着替えたいんだよな……」

「……わかった」

 美咲がどんな表情をしてその言葉を言ったのか、康介に知る術はない……。

 美咲は康介の横に座り顔を見上げた。

「ありがと」

 そう言うと、康介はベッドから立ち上がり、一歩踏み出そうとして、

「美咲?」

 服を後ろから掴まれていることに気づいた。

 振り向くと、今にも涙が零れるのではないかと思うくらい目が潤んでおり、身体を震わせている美咲がそこにいた。

「すぐに着替えるからさ離してくれるか?な?」

「…………うん……」

 頷くと美咲は手を離した。

 手が離れたことを確認すると、康介は急いでクローゼットからTシャツとズボンを選んで着替えた。

 その最中ずっと、後ろから視線を感じていた。

 着替え終えた康介が振り返ると、美咲がすごい勢いで抱き付いてきた。

「美咲……」

 一瞬驚いたが、美咲の胸中を察した康介は、美咲の頭を撫でてやった。

「美咲も着替えないとな」

「うん……」

 二人は部屋を出ていった。



        ☆



 康介は男子禁制の二階――しかも美咲の部屋にいた。

 理由なんて、よーく考えなくても分かることだ。康介から離れようとしない美咲を着替えさせるためには、彼自身も着いていく必要がある。

 階段を上がる前に千秋が部屋から顔を出してニヤッと、笑ったのを康介は見た。

 康介は美咲の裸を見ないために後ろを向いている。

 静まり返った部屋に響く布ずれの音。

 真後ろで着替えている美咲。少しでも動けばぶつかってしまうのではないかと思う距離。

 少し首を動かせば見えるのではないかと思う距離。

(落ち着け落ち着け……)

[オマエも大変だな]

(それ、ほん……)

 康介は目の前に現れたダークを見て固まった。

(オマエなにやってんだ?)

[なにって……ねぇ……]

 ダークは康介の後ろ――着替え中の美咲を見ながら呟いた。

(美咲の裸見るって……、オマエこそロリコンなんじゃないか?)

[そう言うのとは、違うんだよねぇ]

(は?)

 康介が疑問符を浮かべていると、

[コイツって12歳だよな?]

(まだ、11だと思うが……、それがどうしたんだ?)

[そうか……。だとしたらおかしいよな……。過去にあんなことがあっても…………]

 ダークはぶつぶつ言いながら考えて込み始めた。

(おい、ダーク)

[…………ん?なんだ]

(急にどうしたんだよ)

[いや、何でもない。……俺消えるわ]

(そうか……)

 ダークは手を振りながら消えた。

 と、同時に美咲が声をかけてきた。

「康介さん、もう大丈夫です」

「じゃあ、出るか……」

「うん……」

 美咲が康介の右手を握った。

(まだ誰もいなければいいだけどな……)

 男子禁制の二階に康介がいるだけで問題なのに美咲の部屋から出てきたところを誰かに見られたら、確実に勘違いされてしまう。

 康介は意を決してドアを開けた。

 すると、

「美咲ちゃんおは……え?」

 声のした方に視線を向けて固まる康介。

 そこにいたのは、制服姿の結衣だった。

「どうして、康介クンが、美咲ちゃんの、部屋から、出てくるの?」

「そ、それは……」

「『それは』、なに?」

 いつも通りの表情だが、結衣は怒っていた。康介が女の子の部屋から出てきたからではない。康介が美咲の部屋から出てきたからだ。

 康介が口ごもっていると、美咲が部屋から出てきた。

「あっ!?美咲ちゃん、だい……え?」

 結衣が驚いた顔で、美咲と康介の繋がれた手を見つめた。

「美咲ちゃん、男の人に触れるようになったの?」

 顔を上げた結衣が首を傾げて問いかける。

 美咲は首を横に振った。

「違うの?」

「うん……」

「じゃあ――」

「結衣」

 康介が結衣の言葉を遮るように口を開いた。

「なに?」

 一度美咲に視線を向けてから、康介は結衣に視線を戻した。

「俺が美咲の部屋から出てきたこと。コイツが俺の手を握っている理由……。全部話す」

「うん」

 結衣が真剣な表情で頷いた。



        ☆



 部屋を出たときにまた誰かに見られるとややこしくなるから、康介の部屋で話すことになった。

 康介は、深夜階段の下で美咲を見つけたこと、自身の部屋で話を聞いたこと、一緒に寝たこと、美咲の着替えのために部屋に行ったこと、包み隠さず全部結衣に話した。

「そんなことがあったんだ……」

 結衣が美咲に視線を向けながら言った。

「でも、そんなにくっつかなくても……」

「なんか言ったか?」

「ううん、何でもない」

「そうか?」

「うん」

 拗ねたように顔を背けた結衣を不思議そうな顔で、康介が首を傾げた。

「結衣ちゃん……、ごめんね」

「気にしなくていいよ」

 結衣は微笑んで言った。

「美咲、結衣と話があるから、離してくれるか?」

「…………うん……」

「悪いな……」

 ベッドから立ち上がり、ドアの前まで移動した。

 話始める前に康介は美咲を一瞥した。

 美咲は震えていたが、一生懸命我慢しているのが見て取れた。

「康介くん、話ってなに?」

「話ってほどじゃないけど……。今日いれてあと二日しか一緒にいられないのに、こんな状況になっちゃって悪いなって思って」

「……そうだよ。康介くんは、わたしの彼氏さんなんだから」

「ホントに悪いな……」

「でも、今は美咲ちゃんの近くにいてあげて」

 結衣が美咲を見ながら言った。

 え?、と康介は驚いた顔をした。

「美咲ちゃんが今も平気なのは康介くんがいたからなんだよ」

「いや、俺なんもやってないぞ……」

 康介が頬を掻きながら言うと、

「ううん、康介くんが階段の下で美咲ちゃんを見つけて、美咲ちゃんの話をちゃんと聞いてあげて、一緒にいてあげたから安心したんだよ……」

 結衣は遠い目をした。

「それに美咲ちゃんは康介くんのこと好きだから……」

「ん?なんか言ったか?」

「ううん、なにも言ってないよ」

 笑って続けた。

「ほら、早くしないと美咲ちゃんが泣いちゃうよ」

「あ、ああ……」

 康介はそう言うと、美咲に顔を向けた。

「美咲、もういいぞ」

 すると、美咲は康介に抱きついた。

 康介は美咲の頭を撫でながら、

「そろそろ食堂に行こうか」

「そうだね」

「うん……」

 康介、美咲、結衣の順で部屋を出ていった。

 部屋を出ると千秋が食堂から顔を出していた。

「両手に花ね」

「嫌みか?」

「ふふふ、どうかしらね」

 千秋は微笑みながら引っ込んでいった。

「康介くん、行こ?」

「ああ……そうだな」

 康介は美咲の手を引いて歩き出した。



        ☆



 朝食後、康介は美咲と共に千秋の部屋にいた。

 理由は美咲のことを話すためだ。

 話を聞いた千秋はコーヒーをすすった。

「やっぱり思い出しちゃったわね」

「わかってたのか?」

「違うわよ。可能性があったってくらいよ」

「…………」

「その様子じゃ学校行くのは無理そうね」

「ごめんなさい……」

「別にいいわよ。行きたくないなら行かなくても。ねぇ、坊や?」

「ああ……」

 康介はそっぽを向いて答えた。

「もう行っていいわよ」

「ああ、わかった」

「そうそう康介」

「ん?なんだ」

「悔いが残らないようにしなさいよ」

「わかってるよ……」

 そう言うと、美咲の手を引いて部屋を出た。

「俺の部屋と食堂どっちがいい?外に出掛けても俺は構わないぞ?」

「康介さんの部屋がいい……」

「そうか」

 二人は康介の部屋に入っていった。



        ☆



「……………………」

 康介は美咲と一緒にお風呂に入っていた。理由は……省略する。

(今日は……いろいろと大変だった……)

 康介は美咲に背中を向けて、湯船に浸かりながら、今日一日を振り返っていた。

(トイレまで一緒に行くことになるとはな……。まあ、美咲は離れようとしないんだから考えられたことだったんだけどさ……)

 湯船に視線を落とす。

(トイレの外で待っててくれなかったし、待たせてくれなかったから……、狭い空間に二人っきりだったな……)

[オマエが不憫に思えてきたぜ]

 康介の隣に現れたダークが口を開いた。

(そうか?)

[ああ]

(はぁ~……。そういや、美咲があんな状態になっちゃって忘れてたけどさ)

[なんだ?]

(美咲を助けるときにさ、一歩であの男まで近付いて、殴り上げたけどよ、あれも能力なのか?)

[さあな?]

(ん~。あのときは無我夢中だったからどうやったのか全然覚えてないんだよなぁ……)

[俺消えるわ]

(そうか……)

 康介が物思いにふけているとぺちゃぺちゃと、いう音が聞こえてきた。

「康介さん、入ってもいいですか?」 

「え?……あ、ああ……」

 美咲は無言で康介の横に座ろうとした。

「ま、待て。すぐ動く。すぐ動くからそこから動かないでくれ」

 そう言って、動こうとした康介の背中に美咲が抱きついた。

「お、おい」

「動かなくていいです……。近くにいさせてくだい」

「わ、わかったから抱きつか……」

 康介の背中に美咲の膨らみが…………、

(あれ?………………ん?)

 康介は一気に冷静になった。

(小六だよな。……?でも、背中に柔らかさを感じないのは何故?ぷにぷにと、した柔らかさはあるけど……、女性特有の……柔らかいものと言うか……なんと言うか…………。その、膨らみが感じられないのはどうしてだろう?)

 その疑問を明かそうと首を少し動かして、康介は我に返った。

(見ちゃ駄目だろ。俺!!)

 危ないところだった、と胸中で呟いて、息を吐いた。

「美咲、離れて貰えたら嬉しいな?」

「横に並んで入って貰えますか?」

「ん、ん~……」

 康介は考える素振りを見せてから口を開いた。

「わ、わかった」

 返事を聞くと美咲はすっと、離れた。

 康介は美咲の裸を見ないようにさっきまで座っていた場所の近くまで移動した。すると、美咲はすぐ横に座った。

「康介さん……」

「なんだ?」

「くっついてもいいですか?……」

「……ああ」

 ぺたっと、美咲が身体をくっつけた。

(あぁ……ヤバイ……)

 康介は湯船に浸かっている間ずっと美咲のことを気にしていた。



        ☆



 康介はのぼせ気味の状態で寝間着に着替えていた。

 勿論、康介の後ろでは美咲が着替えている。

 数分して、

「康介さん、もう大丈夫です……」

 振り向いて、康介は美咲に手を差し出した。

 美咲がその手を握り一緒に脱衣場を出た。

(俺……無意識に手を出してたな……)

 康介は隣を歩く少女を見た。

(…………育ってないと言うより、第二次性徴期が来てないって感じだな…………。じゃあ、ダークのあのときの『だとしたらおかしいよな』って、これのことだったのかな?……まぁ、アイツに聞かないことにはあってるのかはわからないよなぁ)

 呼べばすぐに出てくるだろうけど今はいいや、と結論付けて考えるのをやめた。



        ☆



 康介の部屋。

 ベッドに腰かける康介と美咲。

 理由は、食堂では、他の男の住人が来る可能性があるから結局、康介の部屋にいるのだ。

「康介さん……、今日も一緒に寝て貰えますか?」

「ああ構わないぞ」

 康介は天井を見上げて口を開いた。

「なぁ、美咲」

 美咲は小首を傾げた。

「オマエさ、いつまでこうしてるつもりなんだ?」

「!?……それは……」

「俺は明後日の朝にはここを去る。だから……」

「わかってます…………。わかってますけど、今は……」

 美咲は潤んだ瞳で康介を見上げた。

「…………悪い。最低だな俺。今のは忘れてくれ……」

 そう言うと、康介は寝っ転がった。

 美咲は、昨日同様に抱きついて目を閉じた。

 なんか疲れたな……、と思いながら康介は眠りについた。



        ☆



 これは夢。

 わたしと康介さんが初めてあったときの夢。

 康介さんと初めてあったのは、二年前のわたしが初めて千秋とあった日に町で迷子になったわたしを助けてくれたとき。

 あのときも、昨日と同じ様にわたしが男の人に泣かされてたときだった。

 康介さんが

「なに子供を取り囲んで泣かせてんだ?」

 と言って現れて、男の人たちの一人が、

「オマエ、コイツの知り合いか?」

 と言って、

「ちげぇよ」

 と康介さんが答えた。

「なら、引っ込んでろ」

 と男の人が言うと、持ってたカバンを横に投げて、

「そうはいかないんだよな。千秋に弱者を守れって言われてんでな。それに、『見ず知らずの女の子でも、泣いていたら助けてあげなさい。女の子を泣かすような男に負けるじゃないわよ』とも言われてるしな」

 言い終わると、康介さんは全力疾走して、男の人たちの一人に殴りかかった。

 そのあとは、殴り殴られてを繰り返して最終的に

「ちっ、覚えてろよ」

 と言って、男の人たちが逃げていった。

「大丈夫か?」

 と康介さんが声をかけてきて、顔を上げたとき、

「あら、坊やじゃない。こんなところでなにしての?それに学校はどうしたの?」

 男の人たちが逃げた方から千秋さんが歩いてきた。

「今日はテストだったから遊びに来たんだよ」

「あら、今日はテストだったの?」

「そうだよ。ちゃんと覚えとけよ……」

 そう言うと、康介さんは歩いてきた方へ歩き出した。

「坊や、どこに行くの?」

「遊びに来たっつってんだろ」

「そうだったわね。あまり遅くなるんじゃないわよ」

「わかってるよ」

 康介さんはそのままどこかに行ってしまった。

「わたしたちもいきましょうか?」

「うん……」

 これがわたしと康介さんの出会い。

 ……そして、わたしの初恋の人との出合いのお話し。

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