マリエッタ・マリエッタ
バトル系、短編です。
完結してます。
よろしくお願いします。
――――チィィ……チィチィ!
…………――…………――。
「はあ!? なんだお前、目が見えねえのかよ? ……ったく面倒臭えな。見りゃわかんだろ? って馬鹿か私は……。ああっ!! 馬鹿臭えなぁ……。自分で自分の姿を解説するなんて恥ずかし過ぎんだろ……!」
…………――…………――。
「わーかった、わかったよ! 説明すりゃいいんだろ? …………お前本当にその両目と唇に……あとは……耳もか……その縫い糸は取れねえんだな? 私を騙すんじゃ無えぞ? 騙してたらてめぇ……」
――――チィィ……チィチィ!
…………――…………――! ……――!
「あ”あ”!! うっせえ!! 頭に直接叩き込まれるんだよオメェの声はよぉ。少しはボリュームのオプションも付けとけよ。人間なんだか機械なんだかわかんねえ格好しやがって……」
……――! ……――! ……――!
「ああ……私の格好ねぇ。えーっと……。まぁ……これは……何の捻りもなく言うと猫だな。黒猫。猫種なんてしらねえよ、ちょっとした塀くらいなら登れそうだから、そこそこ強い猫じゃね? あ! わりぃ、ブチあったわ! ****の所! きひひっ!」
……――。
「言葉遣いなんて別に言いじゃねえか、どうせ人間にはニャゴニャゴニャーくらいにしか聞こえてねえだろ。そんなことより……」
私は自分の肉球をぷにぷにと触り、感触を確かめる。生まれて初めての自分の肉球に顔をしかめるも、その微妙な質感は悪くなかった。
――――チィィ……チィチィ!
「……私はアレから何回死んだんだ?」
…………――。
「ああ……五回目か。堕ちたもんだなあ私も。ああ、お前は知らないか。舐められ無えために教えておいてやるよ。私は空挺団の長をやってたんだよ。当時は銃なんて珍しくてな……負け知らずだ。面倒臭えから端折るが裏切られて死んじまったんだよ」
……――。……――。
ジェイルジェイルの体に刺さったロケットの胴体みたいな……なんていうか細い機械の棒が振動を起こす。共鳴か? とにかくそれが私の頭に声を叩き込む。流し込むならまだしも文字通り叩き込んでくるからイラつく。…………が、コイツ何か唐変木なこと言ってやがる。
――――チィィ……チィチィ!
「ぷっ! 馬鹿じゃねえの? かわいそうとかそういうのはねえよ! 裏切られたなら裏切り返せばいいだけだ。裏切られて死ぬ奴が悪ってだけだ。裏切られても強い奴は関係なく、修羅場を切り抜けられる……。だったら裏切られたことがかわいそうなんじゃなく、弱え奴が弱えままなのが、かわいそうってことじゃねえのか?」
くだらねえことを愚痴愚痴といいやがるな、こいつ。教会関係者じゃねえよな? ああ、一応は天界の回し者か。いい加減、ケツが冷てえ。下水の中ってのはあちこち湿ってやがって最悪だな。
「そんな御託はどうでもいいか……。とりあえず、こいつらを全員ぶっ倒したらギフト貰えるんだな?」
辺りを埋め尽くさんばかりのネズミ。瞳孔の様子から、かなりの猛者どもだと肌で感じる。流すように目で威嚇し、睨めつけた。
伝説の空挺団の長……それから死にに死にまくって五回目。私は猫に堕ちた。堕ちていく度に下等生物に生まれ変わるなんて知ってたら最初からがんばってたつーのに……。規則だから教えられなかったとか、等価交換の法則がなんちゃらかんちゃらとか……。ああ面倒臭えな! とりあえずこのネズ公どもをやっつければいいんだろが!!
「おい、ジェイルジェイル! 何匹いんだこいつら。ざっくりでいいから教えろや……」
ブ……ンン…………。キィ…………ンン。
ジェイルジェイルに刺さった五本の機械棒の内、二本が唸りをあげる。冷たそうな鉄の表面に樹形図のような光の線が走り一点に収束。はちきれんばかりの光をほんの刹那だけたぎらせ、人間の可聴音を越えた音域を弾く。跳弾のごとく跳ね返ってくる音を縫われた両耳で聞いているのか耳を済ませていた。鉄と同じような冷たい色の髪。それが長すぎるのか、そうするために長くしたのか知らない。その長すぎる髪を素っ裸の体中にぐるぐると巻きつけ、ミイラのようにしていた。その姿は要するに……。
「気持ちわりい……。ミイラの女が浮いてるって実際に見ると吐き気しかしねえわ……」
四足歩行の下等愛玩動物に言われるなんて、こいつもきっと大した人生送ってないんだろうな。
……――…―…―。
「はいはい……三百匹ね。猫一匹とネズミ三百匹ね。無理だろこれ? 捕食者にだって限界があるってえの。まだライオンだった時の人間三人のほうがマシだったわな……撃たれて死んだけど……きひひ!」
―…―…―。
「うるせえな……。わかってるよ! 私もこの毛むくじゃらのボディは好きじゃねえんだ。早く空挺団の頃のばっきゅんばっきゅんボディに戻りてえんだ。従えばいんだろ? わーった、わーった!」
両手を参りましたのポーズ……にしようと思ったが四足歩行の獣にそんな芸当ができるわけもなく、尻尾をピンッと立てて、その代わりとした。
烈風。黒猫の姿まで堕ちてしまったマリエッタは後ろ足の筋肉を膨張させ、ネズミの群れに飛び込む。「ギニャアア!」と野生の犬でさえ飛びのきそうな猛りをネズミに打ち込んだ。圧倒的な勢力差にも関わらずネズミの第一陣は足をすくませる。
それを確認するやいなや、柔らかな肉球とは対照的な硬質の五爪で目に入るネズミを薙ぐ。ある者は爪が目に入り、ある者は首が飛び散り、脳髄をまき散らした。赤くてらてらと散らばるソレは、どこか絵本の世界の星空を空想させた。
「ほらほらぁ! 私はただの猫じゃねえんだよ! ちょっと残忍な猫だぜえええええ!!」
間違いなくマリエッタは普通のメスの黒猫。それは間違いない。なのに明らかに相応以上の実力に見える。この差分は人間に戻りたいが故の執念なのか、はたまた怨念なのか。きっと後者だろう。その姿を宙に浮くジェイルジェイルは睨めつける。
マリエッタは右前足で踏みつけているハラワタをゴミのように払いのける。それがネズミの群れ中に野卑な音を立て落ちた。同族の体の中身が雨のように降ってくる様は……さながら凶々しい祝福のよう。だがマリエッタにとっては勝利の証。ニタリと口端が上がるのを止められなかった。
「はぁ……はははは! だーめだこりゃ、愛玩動物になったからって昔の癖は治らねえや! また昔みたいに****パーティーの最中の***な****野郎どもに****女の***を********で*****してえなあっ!! ヒヒヒ!」
ネズミの群れは三十の同胞の屍を前にして理解した。ああ、自分たちは被捕食者でしかなかったのだ。なぜ捕食者に向かっていってしまったのか。
マリエッタは奥にいる一回り太ったネズミに飛びつき、前歯で鼻先を噛みちぎる。血糊がぼとりと落ちるとともに、金切り声も落ちてきた。チュウチュウ鳴いていたのに、ヂュヴヴヴヴ! と哭いている。マリエッタはあまりの煩さに首筋に歯を突き立て、尖った形を器用に這わせ、切断した。ギ? と面白い声を上げて絶命したネズミの頭はマリエッタの首の回転とともに放物線を描く。それが群れに落ちた。
それが合図。まさに潮が引くように灰色の絨毯が下水道の奥へ消えていった。
肩で息をしているマリエッタは擦過傷の部位を舌でヌラリとなめ上げ、治療する。女の時もやっていた。メスの時も同じだ。何を舐めるかは違うかもしれないが……。
こうして初戦は突破した。戦いと言っていいのか、虐殺と言っていいのか。
「あー。このでっぷりの奴がボスだったみたいだなぁ。野生の奴等は物分かりが良くて助かる。さすがにまとめて来られたら死んでたな。間違いないね……」
―…―…―。―…―…―。
「あん? いいだろ別に。殺せばいいんだろ? だったら殺し方くらい選ばせろ! 等価交換の法則は結果さえありゃいいんだろが? パチンコだってスロットだって結局は換金所にブツを持っていければ金は貰えんだ。途中経過なんて必要ねえだろ? ……だろ?」
………………。
「今度はだんまりかよ……。いいから、ギフトくれぇ。お前らの殺して欲しいやつを殺した……等価交換の法則でギフト貰えんだろ?」
―…――…―…――…――。
「はいはいはいはい……。いつものようにね……。………………っほい!」
私はジェイルジェイルのぶよぶよとでかいだけの脂肪の山に飛びつく。猫になって間もないため爪の終い方が不完全だったらしく、肉にめり込んだ。つぅっと赤い筋が伝うかと思ったが巻き付いていた髪がすぐに吸い込み、そこだけ暖色になった。
ちょっとソソるなあ。こいつならメス同士でもイケそうだ……。
ジェイルジェイルの機械棒が震えだす。どこと通信をしているのかわからねえが、たぶん神様的なサムシングとエレクトしちまってんだろう。早いとこギフト貰って、ミッションこなして、人間に戻りてえ。
…………いい加減、火薬みてえな熱い味噌汁が飲みたいぜぇ……。リリコの味噌汁旨えんだよな……。
ジェイルジェイルの髪が次々に解かれていき、手を触れると皮膚が張り付いて剥がれなさそうな肌が露わになる。博物館にある石膏像みたいに均整が取れすぎていて、まったくエレクトしない。私の体が一瞬だけ光に包まれ、黄金になり、やがて緑になると、黒い毛が削げ落ちる。同時に、骨格が変形。あれよあれよというまに……。
「おい!? おいおいおい……!! いいのか!? 大人の……とは言えないが人間の姿になったぞ? 一部だけボウボウだが……愛玩動物よりマシだ!」
二足歩行の人間になったことを示すように足踏みし、手を開いたり閉じたりする。
こんなこと今までで初めてだ……。なんか裏がありやがるのかぁ?
…―…――…――。…―…――…――。
「あ? 前渡し? あんで?」
…―…――…――。
「そりゃあモノホンのマジモンかよ?」
…―…――…――。…―…――…――。…―…――…――。
「ああ……コスパが悪いって上司が言ってんのか。いいよ別に。成功すりゃいいだけだろ? 逆にこれっきりっていうのがソソるってもんだぜ。最後だかラストだかどうでもいいから、とりあえず服を調達しなきゃな……。このままじゃ、やべえ性癖の野郎どもに****ちまうわな……私は無理やりヤるのは好きなんだが、されるのは大嫌いなんだよ!」
―…――。―…――…――。―…――…――。…―…――…――。
…―…――…――。…―…――…――。…―…――…――。…―…――…――。
「ああ……。アジト見つけなきゃな……。服のあとはアジトだな。まぁ、大丈夫だろ。どの時代にも、どこの世界にも変態鬼畜野郎は湧いてるんだ。気の弱い変態なら泊めてくれんだろ」
…―…――…――。
「別に殴ってどうこうなんてしねえよ。警察に睨まれたら面倒くせえからな。さっきも言ったろ? 無理やりされるのは御免こうむる。だから先にこっちから襲って既成事実作っちまえばいいんだよ! ジェイルジェイル! お前、写真機能付いてんのか? その棒に」
…―…――…――。…―…――…――。
「そうかそうか、あるか。便利だな意外に。んじゃ行くか……」
自分の体を品定めする。年齢なんて私にはどうでもいいが……大体、十歳くらいか。肌は吸い付く。胸は見事な洗濯板。パンパン! 女を証明するのはこの部分と、この長い髪だけか……。
情けない姿に辟易しながら下水を進む。マンホールを乱暴に開け、アスファルトの道路に登る。
「なんだここは……? でっけえな。集合ビル……じゃねえな。でけえ庭……というより訓練場があるな。兵を訓練する場所か? ……まぁいいか。とりあえず、服着て、寝る」
なぜか薪を背負っている銅像を横目に、私は建物の中に入っていった。
【TIPS マリエッタのつぶやき】
「しっかし、ジェイルジェイルの機械棒はぐっさり刺さってんなあ……。首から左腰まで貫通。右足太腿から背中の中間あたりを貫通。腹の前で組んでいる両手を拘束するように貫通。後の二本もおんなじようなもんだ……。うええ……いったそ! あれじゃ死んだほうがマシかもな……きひひひ!」
目を通していただき、ありがとうございます。
本編では明かしていませんが、マリエッタの一回目の人生の世界では、マリエッタは空挺団の長で、問題児でした。
それが法律に違反することであれ、どうであれ、自分の正義だけを信じて邁進していくダークヒーローを意識しました。
ちなみにジェイルジェイルの声は傍線と点線で表しましたが、あえていうなら人間が聴音できない範囲の音域、それに音速、さらに言葉に色情報を加えて上司とお話しています。……どうでもいいか。
では、重ねて、ありがとうございました。