ド近眼な彼女の出会い
坂井 まゆりはかなりの近眼だった。そのため、大学では最前列に座る。そうしないと黒板の字すら危うい。
「眼鏡買えば?」
友人が飽きれたように言うが、私はこれでいいのだ。見えすぎることはよくないから。私に失望した母の顔も、もう分からなくなった。外に女がいる父も、近眼のおかげで存在すら分からない。見えない方がいい。
そんな私が慣れた道を通って家に帰る途中、急に足元がひんやりした。やばいと思った時にはもう、暗闇に飲み込まれた。
マンホールにでも落ちたかな? 工事中の看板あったっけ。慣れた道だったんだけど。
そう、のん気にかまえてたら、いきなり西洋な感じの部屋にいました。あ、これ夢だ。すぐにそう思った。
私は現実逃避するしかない。目の前に、金ぴかの髪をした彫りの深い成人男性がいたからだ。なんか王冠のってるし。
その男性が言った。
「ろーるけーきを持っているか?」
絶句する私に、男は更に言葉を重ねる。
「確か24時間営業のこんびににあるのだろう? その上、誰でも手に入るとか」
あれか。何とか賞とった、有名なロールケーキ。確かにお金を払えば、誰でも手に入る。しかし、常備しているはずがない。
「ありません」
あ、しょげた。犬のしっぽと耳が下がる姿を連想してしまう。
「代わりにチョコレートあげますから!」
カバンから、一口サイズのものを取り出す。男の目が、ぱあぁっと輝いた。何だか可愛い男性だ。男はチョコレートを口に放り込む。しばらくすると、にへぇっと頬をゆるませて笑った。可愛い人、確定だ。
「口の中で溶けるんだな。お主の名前は何と言う?」
「坂井、まゆりです」
「そうか。サカイ、感謝する」
男は笑って、杖を掲げた。すると光が私を包み、何も見えなくなっていく。
そして、私は戻った。マンホールの中に。落ちたのは気のせいじゃなかったか。目が悪いから、仕方ないよね。
ふと、先ほどまで会っていた男を思い出した。マンホールから出れたら、コンビニに行こう。成人男性にあるまじき、緩んだ笑顔が頭から離れなかった。