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-Episode:6「二人の親」-

俺の胸元に顔を伏せながら泣いている勇魔を抱いていたら、だんだんと恥ずかしくなってきた。その上なんだかこう、気分が盛り上がるというか、昂ってくるようなシチュエーションに思えてきて悶々とする。肌が卵のようにすべすべで柔らかく、程よく眠気を誘うような温かさを内包していて。強烈に香る女の子特有の匂いとか、普段とのギャップで守ってやりたくなるような保護欲とかでどうしようもなく勇魔が可愛い。というか有り体に言うと非常にムラムラしてきた。いや、そういうの感じたら駄目なのだろうが、冷静になってみると中々やばい事をしている気がする。


「あーららら。あらあらあらら」


どうしようか迷っていると、俺の背後から聞き覚えのある澄んだ声が聞こえた。

その声に頭を下げていた勇魔が唐突に顔を上げる。つまり俺の顎にヘッドでアッパーを仕掛けるような感じで。コツン、とかじゃない。ゴツンだ、やるじゃねえかこの野郎……。


「お、お母さん! 」


勇魔は容赦なく首筋とか諸々を痛めて苦しんでいる俺を無造作に退けて、ベッドから降り立ち上がった。ああ、こいつ……。数秒前の弱弱しいお前はどこに行ったんだ。あの頃のお前が平常運転だったなら、とうの昔に告白してたぐらいの可愛さはあったぞ。


「なかなかやりますねー、真人さんー。その調子で勇魔ちゃんをゲットしちゃって下さいー」


部屋のドア近くに凄い嬉しそうにニヤけているのは勇魔の母親である、朝倉瀬名さんだった。

勇魔とはうって変わって、稲穂のように淑やかで実りを感じるような優しい黄色の髪を靡かせている。まるで絵画の世界から出てきたかのような出る所は出て、締まっているところは引き締まっているグラマーな体つきは誰もが羨むだろう。何故か家では基本的に彼女は割烹着なのだが、いろいろな部分が窮屈に見えてしまって時折たまに視線に困る。しかし何よりも瀬名さんの魅力は間違いなく、口調からも分かる通り、おっとりしている性格なのだ。めったな事では怒らず、勇魔も見習ってほしいものなのだが……。

そんな現七代目勇者である瀬名さんは、良い笑顔を携えていた。


「ち、ちがッ。今のは、たまたまよ!! たまたま!! 」

「もう、そんなに否定しなくてもいいのにー。真人ちゃんは優良物件だと思うわよ―。料理も出来て運動も出来て学業も出来るじゃない―。わたしは―、推しているわよー」

「お母さんは新崎のお母さんじゃないでしょ! 娘をそんな簡単に差し出していいの!? 」

「それじゃー、真人さんの事嫌いなのー? 」


一瞬だけ勇魔はこちらへと振り向いて、ゆっくりと答えた。


「……嫌いじゃない」


なんだこれ。


「あーーーー!!もう、何よ!! 勝手に私の部屋に入ってこないでってお母さんには言ってるでしょ!!」

「だって―。真人さんを急に部屋に連れ込んだかと思ったらー、急に静かになるんですもの―。行為してるかと思うじゃないー」

「こここここここ、行為!!? 」

「別にするのは構わないのよー。ただ避妊はしておきなさいってー、言おうと思ってー」

「もしやってたらお母さん言いに来たの!?? 」

「大事じゃないー」


……今日の夕飯何にしようかな。


「そういえば真人さんー。今日はご飯こちらで食べていきませんかー? 一途さんには伝えてますからー」

「師匠に? ですが師匠は一人でご飯を作れませんよ」

「あの人にはー、たまにはご飯を作って貰える有難さを―、噛み締めさせないといけません―。たまにはー、いい薬ですよー」

「……」


憐れ師匠、自炊どころか食材を食材として食ってしまう程不器用なのに。……まぁ、いざとなれば魔法で作れるだろう。作るにしても材料を知らなければとんでもなく魔力を使いそうだが。


「うふふー、そうですよー。魔法さえ使えばご飯はちゃちゃっと作れちゃいますー」

「――もしかしなくても、さっきから俺の思った事に返事してるのって、心を読まれてます? 」

「だいせーかいですー。実は最初から心を読んでいるんですー」

「お母さん! それって別に部屋を覗かなくても分かってたじゃない!!? しかも、もし行為をしてたら心の声まで丸聞こえだったじゃないの!!? 」

「そうなりますー。うふふー。うふふふー」


すげえ、瀬名さんがあそこまで笑顔になっているのを初めて見た。確かに勇魔は弄りがいがある、何にしてもテンション高くツッコミを入れてくれるからだ。


「は、は、はははははは初めてくらいロマンチックにやりたいの!! お願いだからその時くらいは聞かないでよお母さん!! 」

「初めて? 」

「あ」


勇魔の表情が凍ると同時に、みるみる林檎のように真っ赤になっていく。最終的には耳まで染まった所で、ボヒュン、と漫画ちっくな湯気の音が勇魔の頭から出てきた。


「うふふー。勇魔ちゃんってばー、あと一歩何かが足りないですねー。ああー、本当にー、可愛いー」

「うるさい、うるさいっ!! お母さんも新崎もバカ!!! この部屋から出て行って!! 」


俺と瀬名さんは部屋から追い出されてしまった。何故俺まで……。


「うーん、お夕飯出来てるから呼びに来たのにー」


瀬名さんは若干ズレてる事を呟いてた。











勇魔の家でご飯を食べ終わり、片づけ皿洗いとお礼を済ませ自宅へと軽く走りながら帰る。出た頃にはすっかりと陽は落ちきっており、街灯だけが夜道を照らしていた。


「泊まっていけばいいのにー」


瀬名さんにそう言われたが俺としてはそこまで甘える訳にもいかなかった。なにより家に残している師匠が大丈夫か、気になって仕方がなかったのもある。

どうせあの人の事だから、結局は面倒臭くなって何もせずに横になっているに違いない。そういう人なのは小さい頃から一緒に住んでいて分かっている事だ。


俺は今現在師匠の家へと住まわせてもらっている。


それは俺が本当に小さい頃、まだ藍お姉ちゃんも死んでいなった頃の話だ。俺達の両親は当時日向町は出来たばかりでまだ厳重な守りが出来ていなかった為に、魔法を厭う組織からテロ行為を受けてしまって亡くなってしまった。そのテロ組織は魔王が壊滅させたし、それ以降そういった犠牲が出ないように警備隊を含む自衛組織と魔王による魔力結界が日向町を守っている。

保護者のいなくなってしまった俺達を引き取ってくれたのが、俺が師匠と呼んでいる片恋一途という女性だ。

それだけではない、師匠は落ち込んでいる俺を鍛えてくれた。何かがあった時に守れるように、魔法の使い方と武術を教えてくれた。感謝してもしきれない存在でもある。


ただ師匠は異常に人嫌いというか、あまり世俗に出たがらない存在らしく。俺兼師匠の家は街から少し離れた殆ど開拓されていない森の中にある。


日中なら特に何も思わないが、流石に夜道ともなると辺りは静かでかなり不気味だ。梟なのか鳩なのか分からないが、ホーホーと鳥の鳴き声が森の中で木霊している。これが夏ならコオロギや鈴虫などの合唱が響いたに違いない。

道は必要最低限以外手入れされておらず、夜道を照らしているのは上から煌びやかに差す月と星の光だけだ。それでも十分明るいし、曇りなどで月光が遮られても俺も師匠も特に闇夜には困ってはいない。一本道だというのもあるが。もしも桜が退院出来たら、その時は考えるかもしれない。

そんな道を歩くこと十数分、ようやく自分の家が見えた。


ぽつんと広く取られた敷地に建つその家は、田舎ならばどこにでもありそうな一軒家だ。屋根は瓦が積み重なっており、入口の扉は変に重そうな扉で構成されていて、縁側には開け閉めが出来るように障子が張られている。そしてその縁側には見覚えのある人物が横になっていた。


「お腹すいたぞ……真人」


瀕死になっている師匠だった。師匠は銀色で艶の掛かった髪を無造作に放り出し、絶望したような瞳で俺を見ている。白のTシャツには人生終わったと書かれており、瀬名さんに負けるに劣らない胸によってシワを作らされている。下の青のジーンズとセットでラフそうな恰好なのだが、その豊満な胸に似合わず師匠の顔つきは童顔そのもので、身長なども決して高くない。いわゆる巨乳童顔ロリみたいなものだった。

これで俺達よりも遥かに年上らしい。歳の話をしたら師匠が滅茶苦茶キレるのでしないが。


「何しているんですか」


師匠は喋る事すら気だるそうにする。


「馬鹿かお前は……。分かるだろ、おい……。ご飯が食えなかったんだよ……」

「魔法で作らなかったんですか? 」

「二度も言わせるな……。馬鹿か、お前は……。私が"魔法"を使わないことぐらい、分かっていただろう」

「そうですね。いえ、使うのかなぁと思ってですね」

「ふん……。いいから、早く作ってくれ。死んでしまう」

「はいはい」


家の冷蔵庫にあるもので、何か適当なものでも作ろう。









今日のメニューは野菜炒めだったのだが、師匠はペロリと平らげてしまった。

今師匠は数十分前まではぐったりとしていた所で爪楊枝を使ってシーシーしている。折角の美女?美少女なのかは分からないが絵面が酷い。しかもそこから見える景色が静かに揺れる森と佇む星々で感傷的になれる風景なのに、当の一番見栄えのいい奴が蟹股ってどうなんだろうか。


「はーん、あの途上藍がねえ……」


師匠はそんな俺の視線も気にせずに答える。


「魔王の奴は特に何も答えてはくれませんでしたね」

「すなおのヤロー、なーに考えてんだか。当時どれだけお前と勇魔が傷ついたか分かってるだろーに。ん、ああ。逆にこれを機会に気付け薬として利用するつもりなのか? けどわざわざ今更そんなことしたってなぁ」

「どう思いますか? 師匠は」

「勇魔が言ったとおりなんじゃねえの? 私は魔法のスペシャリストじゃないからむしろあいつの方が詳しいはずさ。問題はどうやって途上藍がいるかじゃねえ、どうしてその力を欲しがるのかって事だ。勇魔の力だけじゃ足りないってそいつは知ってんのかね」

「どうなんでしょう。多分、知らないかと」

「かっ! くだらねえ。誰に吹き込まれたんだか。魔法を使えばパパッと治せるとかお花畑みたいな考えしてんのかね。命はそんなに安かねえのによ」


師匠は立ち上がりどこかへといなくなったかと思えば、手にお酒と杯を持って戻ってきた。

ふぃー。とお酒を床に置き、そのまま座って杯にお酒を入れ一気に飲みあげる。ぐびぐび、ぐびぐび。と師匠は杯にお酒を注いでは飲み続けた。


「……俺は、師匠に育てて貰って感謝していますよ」


ふと思った事を聞こえるか聞こえないかぐらいで呟くと、師匠は口に含んでいたお酒を噴き出した。


「なっ、お前。なんでそんな恥ずかしげもなくっ! 」

「本当の事です」


銀の瞳を見つめ続けて答えると先に向こうが折れて、お酒でも染めない頬を赤らめながら再び飲み始めた。


「……これだから餓鬼は嫌なんだよ、ちくしょう」

「俺は親同然に思っています」

「……。……ふん、勝手に言ってろ」


どうやら機嫌を損ねたらしく、師匠はそれきり俺の方へと振り向かなくなった。師匠の飲む音が支配し、混じって虫の小さな声が時折聞こえる。

俺はいい加減立ちつかれたので師匠の隣へと座ることにした。

月明かりに照らされている師匠は、片恋一途はとても綺麗だった。乱雑に広がっている銀の髪は光に反射して、感慨深く美しく見える。恰好もラフで胡坐で片手でお酒を飲んでいるのに、先程までとは違って絵になっている。

暫く沈黙の時が続くと、師匠が先に口にした。


「真人、お前はこれからどうするつもりだ? 」

「それはどういう意味合いでですか? 」

「質問に質問で返すな。……分かってるだろ。きっとこれからもっと忙しくなるぞ。お前達も小さかった子供じゃない、もう大人と言われても遜色ない年齢だ。桜の事もある。テロ行為だって収まった訳じゃない。魔族と人間とのいざこざだってある。それがこの日向町の宿命だ。魔法は便利ではあっても奇跡は生まない。それはお前にだってわかる筈さ、なんたってここにずっと暮らしてるんだからな。……何より、今回みたいに勇魔の力を狙ってくる奴も出てくるだろう。……お前は、これからどうするつもりだ? 」

「俺は、………」


少し思案して、答える。


「勇魔を、いや、この町を守り続けます」

「お前の両親はテロで死んだんだぞ? 守り続けられるのか? 」

「絶対に守ります。俺はみんなを守りたい。桜の住む世界を、勇魔の望む未来を。俺は守りたいんです」

「……そうか。――――うぬぼれんな」

「……」

「お前に全部は守り切るなんて出来やしねーよ。お前は神か? お前は魔王か? お前は勇者か? どれでもねえ、ただの一般人だ。戦闘力が他より抜きんでてるだけで、勇魔なんかや私の魔力にすら勝てねー」

「それでも……守ります」

「はっ!! 笑わせてくれるね。無理だよ、お前にゃ。学校に行って勉強して、卒業して、桜を治す薬でも探してる方がいい」

「……俺には、この"眼"があります」

「ン、ああ。スローモーションに見えるようになる"眼"だっけか。……そんなもん、糞のほどにも役に立ちゃしねえ。それに、私が剣術を教えてやったのは桜を守れるだけの力をやる為だけだ。一個人しか守れねーんだよ、お前の力じゃ」

「それなら、俺と戦いましょう。師匠」

「……なーんで分かってくんねーのかね。いいだろう、お前をぶちのめせば分かるんなら師匠として引導を渡してやろーじゃねーの」


師匠は俺が身震いするような怒気を放ちながら立ち上がる。


「ついてこい」


俺は師匠についていく形で、木目のある廊下を歩いた。








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