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-Episode:4「過去とは」-

久しぶりに


気恥ずかしそうにする途上と共に歩く事数分、ようやく目的地である魔法学校に着いた。ちょうど校門に当たる所なのだが、壁には『魔法学校』と書かれた額がある。


「…わ、わあ」


隣にいる途上が声を上げる。先程道に迷っていた事からも、魔法学校には来た事が無いのだろう。あからさまな方向音痴なのはともかくとしてだ。


「……これ、凄いですね」


色々と含んだ言葉が聞こえた。そう言うのも分かる。何故ならこの学校、とてつもなく広いのだ。まず、校舎に行くまでが長い。長い、まじで長い。煉瓦が積まれて出来たやや焦げた所もある一本道は伸びきっており、果てが見えない事は無いのだがただただ伸びている道を見るのは溜息が出るものだ。校舎が見えているのは救いではあるのだが……。しかしそれ以上に周りに広がっている景色はこの町でも屈指の良さも誇ってもいた。適度に置かれた桜は春の象徴を誇示するように満開に咲いており、桜の花弁は景観を損なう事無く舞散っている。有り体に言えば、感嘆の溜息が出るというものだ。


「君達」


立ち尽くしている俺達に声を掛けてきた大人が一人いた。やや肌寒いからなのか丈の伸びたスーツを身にまとい、短髪で人当たりのよさそうな表情をしている。……ここの警備員の一人だ。丁度スーツの胸ポケット辺りに『警備隊』の象徴である、金色のバッジが装飾されている。今まで見た事が無いという事は、新任の警備員なのだろうか。


「はい? 」

「『新入式』はもう始まっているけれど、早く行かなくていいのかい? 」

「ああ、それは、……いや、いいです」


チラリと俺は自分のタブレットの時計機能を見て、諦めた。吸血鬼さんのトラブルによって予定の時刻を既に1時間はオーバーしていたのだ。本当なら遅れてでも連れていきたい所だが、『新入式』の転入生の紹介というお披露目は、途上には無理だろう。ましてや飛び入り参加の形なんてもっての外だ。それなら先に魔王に連絡しておいて、『新入式』をサボる事にした方が良さそうだ。


俺の返事に対して途上が「へ……?」と言う表情をしたが、目力を使って黙らせる。この程度の目力に負けるのなら、とてもじゃないが途中参加は無理だろう……。

そして案の定説明足らずだった為に警備隊の人は訝しげな表情を浮かべていた。


「き、君……! 『新入式』に出ないって訳にはいかないだろう! それでなくても人生で何度あるか分からない行事の一つなんだから。僕としてはサボらずちゃんと出てほしいのだけれど」

「ああいえ、俺達は校長先生から頼まれ事をされてるんです。ですから、新入式には出ないでも大丈夫なのだとも承っています」


そう言って俺は「校長先生に実際に問い合わされても構わないですよ」とも付け足す。嘘なんだけどな。後から真にすればいい。

対して警備隊の人は納得した表情を浮かべた。


「え? ああ、そうなんだ。はは、まいったな……。ごめんね、僕最近ここに就職したばかりでさ、色々と疎かったりするんだ」


ポリポリと人の良い笑みを浮かべながら頭を掻く。その表情からは本当に俺達に対して申し訳なさが溢れていた。信じる速度が早すぎるのではなかろうか。もうちょっと疑ってもいいのでは。


「やはりそうなのですか。道理で見ない人だと思いました」

「うん。この町ってほら、有名じゃない? 皆が憧れていたような魔法が平然とある町。実際ここに入るのに厳重なセキュリティや防衛網だってあるぐらいには、この町は今世界中から注目を集めているでしょ? 僕も実際一度はこの町に行ってみたいなぁって思っていたんだけど、たまたまつい最近『警備隊』って呼ばれているこの町の自衛隊のような組織が隊員の募集をかけていていてね……。警備関係の仕事に就こうとも考えていた僕からしてみたら渡りに船って所だったんだ。倍率がすごい高いから本当にここに就職出来るとは思わなかったけどね」

「確かに、無駄に高いですからね」


日向町は"外から"の就職倍率は半端ではない程高い。単純に物珍しさもあるのだろうが、入れる人数に制限を掛けているこの町だからこその外の倍率なのだろう。ここで育った俺達からしてみればこの町にそこまでして入ろうと思うほどの興味は無いのだが。


「そうでもないよ。僕らからしてみたら"魔法"っていうのは一種の夢みたいな物だからね。子供の頃に憧れ

ていた事が現実になるって聞いたら、誰だってあやかりたい物だと思うよ」


そこで警備隊の人は少しだけ視線を逸らして気恥ずかしげに「僕らみたいないい歳した大人だからこそ執着しちゃうのかもね」と呟いた。


「夢を持てる事は素晴らしい事だと思いますよ」

「そう言って貰えると助かるけど……。って、あぁ。ごめんね。長々と話を付き合わせちゃって、君達は校長先生からの頼み事をしている最中だったんだね。お詫びといっては何なんだけど、これあげるよ」


警備隊の人はポケットに手を突っ込むと俺に紙を渡してくる。なんだそのゲームみたいな物の渡し方。

よくよく見てみると、『市民プールの無料招待券』と書かれていた。…………市民プールの無料招待券。もはや名前を変えただけの量産型、ザ○だかジ○だかのそのレベル。差異は確実にあるのだが、最終的に関係者で無い限り同じような物だ。


「いや、別にいいです……」

「あ、えと、もしかして迷惑だったりしたかな? ごめんね。僕こっちに引っ越してきたばっかりだからさ、誘える同僚の人とかいなくて」

「あー……」


そこで申し訳なさそうな顔をされると返って断りずらい。くそ、このプール。恐らく客寄せの為に『無料』チケットを配布した後に、中の遊具は代金を支払ったりするようにしているんだろう。よくある処世術の一つだ。潰してやりてえ。魔王に告げ口して潰してもらおうか?


「とんでもないですよ! ありがたく受け取らせて貰います」


俺は警備隊の人からチケットを受け取るとポッケへと突っ込む。後ろにいるであろう途上から笑い声を堪えた声が聞こえてくる。この野郎。


「ありがとう! あ、そういえば僕の名前を言うのを遅れていたね。僕は『風見南』、風見鶏のかざみに、東西南北のみなみそのままだよ」

「俺は新崎真人です。後ろに隠れているのは途上藍ですね」

「あ。う……。う、よ、よろしくお願い、……します」


途上はやはり俺を盾にするようにして(顔を背中に埋めているのだろうか、背中に熱い息を感じる)、返事だけをこなした。

それに対して、風見さんはやや苦笑いしつつも何となく事情を察してくれた。この町では途上が特別ではなく、偏屈な"ヤツ"が多い。関わりあうには面倒が尽きない中わざわざ付き合う人間もいないだろう。危険物と書かれたモノをわざわざ触るような物だ。俺は我慢出来ずに触ってしまうけどな。


「よろしくね、二人共。僕はそろそろまた仕事に戻るよ。またこの校門とか町中で会ったりしたら、挨拶とかしてくれると結構嬉しいな」

「大丈夫ですよ。任せておいてください」



そうして俺達は警備隊員である風見さんと別れを告げた。途上は返事も怪しかったが、こいつにしては頑張っている方なのだろう。



学校から少し離れた道中で魔王へと電話を掛ける。先ほどの希望を提案してみたところ、二つ返事でOKが貰えた。それどころか『そのまま今日は学校に来るな、面倒な事になりそうだしな』って、投げやりすぎやしないだろうか。もうちょっと魔王兼校長兼町長としての自覚を……。まぁ、新入式が終わった後は解散するだけだから好都合であるし、なにより面倒なので放置しておくことにしよう。


それに、俺としても聞きたい事があったしな。


「新入式をサボったのはいいが、ゲーセンにでも行くか? それとも町の中心にでも行くか? なんなら俺の家にでも来るっていうのも――」

「そ、それなら……行きたい所、行きたいところが、あるんです」


ボソボソ、と途上はそのあとに、「病院に……」とだけ呟いた。


「病院?」


病院っていってもどこの病院だよ。……というツッコミを仕掛けたのを喉元まで出しかけて抑える。途上が意見を出すのは珍しいので(出会って一時間程度しかしていないが、まぁ、なんとなく人となりはそれなりに分かる)、よほど行きたい所なのだろう。


「大切な友達がいるんです。大切な……」

「…………」



その時なんとなく、途上がここまで自分を否定するのは、………いや、気のせいだ。きっと。友達なのだから。





1






「ここです……」


「………………、ここです、じゃないだろ? 俺が案内してるじゃねえか」




途上に連れられて一時間+俺が先頭を歩いて数分、俺と途上はやや疲れ気味に病院へと辿り着いた。要病院と書かれたそこには人口芝生による手入れの届いた庭が広がっており、小鳥が囀り高く太く佇む木からは漏れの光が差したりと、一種の楽園のようになっている。そんな自然に反するように真新しい壁で立ち上がっているその病院は間違いなく俺たちの目的地だった。


それにしても最初から俺に任せておけばいいものを。途上はタブレットを滅茶苦茶使いこなせていたのだが、肝心の方向感覚がイカれていた。どうやって迷うのだろう、地図通りに行けば迷わないはずなんだが……。意味が分からない。

更にこの病院は俺が通っている病院だったっていうのも、また精神的に疲れさせた……。


「……そういえば、……どうして、……新崎さんがこの病院を知っていらしたんですか?」

「俺の妹が通ってるんだよ。小さい頃から体があんまり強くなくてな。毎日見舞いに来てるんだ」

「あれ、奇遇ですね……。私も、毎日、来ているんです……」

「………」


毎日、という単語に引っかかるものがあったが、深く突っ込まないでおく。今聞くようなことでもないだろう。


「……中に入りましょうか」







中は外と打って変わってほかの病院と遜色ない程代わり映えしていない。少し小綺麗になっていることや、テレビなんかが新しい事だろうか。俺たちは真っすぐに受付へと向かう。受付の奥でパソコンへカタカタと打ち込んでいた女性が、やってくるこちらに気づくと作業をやめ、受付前へと立ち上がり歩いてきた。


「……あ、耳」


後ろで俺の服の裾を摘んでいる途上が、呟いた。

歩いてきている女性のあまたの上にはふさふさの触ると柔らかそうな狐色の耳が付いている。というか狐の耳そのものが生えていた。


「あ、新崎さんですか。今日も面会にいらっしゃったのですね……って、え? 」


見慣れた受付の人がいつものように笑顔を向け、そのまま固定させた。


「? 」

「……あ、ああ。すいません、今日はお一人ではないのですね。いえ、その、彼女さん? ですか? 」

「違います。ただの友人です」

「そ、そうなんですね。……はぁぁ」


狐の女性は小さく俺達には聞こえないようにため息を付いたが、ばっちり聞こえている。そして少し恥ずかし気に頬を染めながら呟いた。


「で、では御二人方はどのような……? 」

「俺は桜に面会しに、こいつは……途上は別用ですね」


喋りながら俺は受付のカウンターに置かれているボックスにタブレットを翳す。軽快ではあるが騒がしくない程度の音が出たので、俺はタブレットをポケットへと入れる。病院へ面会する際は受付にあるボックスに自身が持つタブレットを翳さないといけない。これによって何時何分に誰が誰に面会しに来たのかがパソコンにデータ化されるらしい。

魔法も便利だが、やはり機械の方がある程度楽なのだろう。魔法の町とは一体何だったのか、と思わんでもない。


「あ、確認終わりました。真人さんは大丈夫ですね」


受付の女性がカウンターの下へと視線を移し、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。どうやら確認できたらしい。


「途上、俺は妹の見舞いに行くが、どうするんだ? 」

「……あ、えと、……私は、友達に面会しに行くので、……ここで」

「そうか」


友達か。


「それなら、見舞いが終わったら少し付き合ってくれないか? 話したい事がある」

「つつつつつつきあって……!?」


受付の人が反応しているが無視しておこう。いつもの事だ。彼女と勇魔で慣れてきた所はある。


「……大丈夫ですが、何時頃ですか?」

「大よそ五時くらいでいいか? 今から一時間後だ」

「……分かりました」


俺はそれだけ伝えると、その場を離れる。後の事は受付の女性に任せておけば大丈夫だろう。





……それにしても、妹の見舞い用に何か買っていれば良かった。







2





102と書かれているプレートを確認し、ノックする。すると、中から返事が来たので俺は中へと入った。


「あ、お兄様……!」


そこにいるのは俺の妹である『新崎桜』だ。白くふわふわのベッドに横になり、パタン、と持っていた本を閉じている。

親から受け継いだ黒色の髪を精一杯に伸ばしているのだが、重厚でありながら綺麗に沿っており艶やかである事から、毎日手入れを欠かさずやっているのが分かる。しかしその濃い色とは対立するように真っ白な部屋と、全体的に色調の薄い水色の入院服ということも、際立たせているのだろう。


「元気にしてたか? 今日の点滴はしっかり受けたか?」


俺は桜の殆ど日焼けのしていない白い手に繋がれている無色のチューブと、その先を見つめる。これらがいつも新しくなっているのも見慣れた。


「もう、お兄様ったら毎日来ていらっしゃるのに心配症なんですから。シスコンって思われてしまいますわ

よ? 」


無機質な機械が繋がっているのにも拘わらず桜は朗らかに笑う。


「はは、もう十分シスコンだよ、俺は」

「な! そ、そんな事をおっしゃってしまいますか。私少しドキドキしてしまいました。女たらしです」

「女たらしって……。どこでそんな言葉覚えたんだか。……あぁ、分かったあいつか」


後で締めておこう。本人は否定しそうだが、あいつと魔王くらいしか心当たりがない。


「ふふ、お兄様ったら。そんなに怒らないでもよろしいのに。親友でしょう?」

「最近冗長してる所があるからいい機会だ」

「酷いですわね」

「酷いも何も、人の妹に余計な事を教えるあいつが悪い……」


きっとあいつらなりの元気づけ方なんだろうが。俺には、桜の笑顔がまぶしい。

落ち込んできた気分を払うように、俺は目に入った物の話題へと転換することにした。


「いつも思うんだが、お気に入りだよなその本」

「はい。大好きなお兄様の本ですもの。大切にしない訳が無いです」

「俺のだっけか?その本」

「そうですわよ。お兄様の本ですわ」

「はは」


まったく記憶に無い……が、こんなに目を輝かせて言うのだから、間違っていたとしてもそれは正しい事なのだ。……いや、桜が幸せになるのならそれが正しい事なのだ。

俺は適当に濁すような返事をして笑っておいた。どうしようもない、自分の力に嫌気を覚えながら。






3







桜の見舞いを終え、俺は屋上へと向かいながら切っていたタブレットの電源を付ける。すると着信履歴に『朝倉勇魔』と書かれた物が十数件並んでいた。


「……普通に怖すぎるだろう」


苦笑いしながら、タブレットを閉じる。どうせ、考えている事は一緒だ。……その前に、俺は個人的に聞きたい。さび付いたドアノブへと手を掛けた。

ガチャリ、と屋上のドアを開く。朱色に染まりつつある空を背景にし、白にうっすらと黒みが差しているタイルに佇む途上だけが、いる。彼女は高く仕切られた金網を掴みながら、外を眺めていた。

俺の開く音が聞こえたのか、途上は振り向いてきた。


「……あ、新崎さん。用事は終わったのですか? 」

「あぁ、"こっち"は終わったよ」

「そうですか。……良かったです」


途上は靡く風で揺れる髪を右手で抑えながら、ほっとした様子を浮かべる。俺は一瞬どうしようかと思ったが、これはきっと早めに聞いておかなければならないだろう。


「―――なぁ、途上。一つ聞きたい事があるんだが」

「……なん、でしょうか? 」


俺は初めて会った、いや、初めて会う前から疑問に思っていたその言葉を紡いだ。





「途上…お前、なんで藍姉ちゃんを名乗ってるんだ? 」





「え? 」





途上の表情が、凍り付く。元々薄かった笑みは能面のように削げ落とされ、俺を見ているはずの視線は揺らいだ。



『途上藍』。その"単語"を手紙で見た時は、驚いた。その名はとうに消えた名前だったのだから、その名前はとうに死んでしまったものだったのだから。この世に神様、というものがいるのなら、そいつに奪われてしまったのだから。



"自殺"。という最悪の形で。



「……藍姉ちゃんはこの学校が出来て直ぐの頃に自殺したんだ。まだ小さかった俺の目の前で、飛び降りてな」

「………」

「紡がれる事のない未来なんだ、その名前は」

「………」


途上藍を名乗る彼女は押し黙る。それが真実である事を肯定するかのように。



彼女の姿を見ていると、藍姉ちゃんの事を思い出す。何せ、瓜二つなのだから。


晴れ透き渡った空を思い出すかのような淡く綺麗な水色のウェーブがかかった髪、覗き込むこちらが吸い込まれそうな淡色の瞳、小動物を思い出しそうな小柄の体つきは、まさしく『途上藍』彼女そのものだった。

まるであの時の藍姉ちゃんがそのまま過去からやってきたかのように。ただ、彼女とは違って覇気がなく性格は内気寄りなせいか、全体的に影がかかっているように見える。だからだろうか、全く同じでも彼女を『藍姉ちゃん』とは思えない。だというのに、その姿は過去を思い出させるのだけは十分だった。



忘れもしない、藍姉ちゃんが病院の屋上から飛び降りた日のことを。



あの日俺は藍姉ちゃんの見舞いに出かけていた。後から聞いた話だが、彼女は病気に掛かっていたらしい。それも、"魔法"で治せない、奇病だとも。そんな事を微塵も知らず、俺は呑気に学校帰りに、魔王からもらった林檎を抱えて妹の見舞いに行くという言い訳の元、嬉々として病院へと向かっていた。受付の看護師さんに挨拶をして個室へと足を動かし、真っ白で空っぽな個室に訪ねてどこかへ出かけたのだと考え、病院中を探し回って辿り着いたのが、屋上だった。


そこにはフェンスの向こう側へと立っている藍姉ちゃんがいた。ちらりとこちらを見て、ゆっくりとフェードアウトしていった。

息を呑む。というのはああいうことを言うのだろう。俺の頭は真っ白で、認めれなくて、それでも慌てて追いかけてフェンス越しに下を見たら、


死んでいた。アスファルトに全てを投げ捨てながら、周囲から悲鳴を上げさせて。


即死だった。当然だ。助かる筈がない。頭から花を散らすように死んでいたのだから。そして俺はたまたまそこに居合わせてしまった。見てしまった。"全てがスローになって見える目"で、―――地獄を。

飛び降りる直後の、藍姉ちゃんが申し訳なさそうに笑って、二度と流す事のない涙を零して、絶望へと変わる表情を。この目で、この目で……。慕っていた、慕っていた藍お姉ちゃんの、死に様を……。




「なぁ途上。お前は、一体誰なんだ?」


仮初の名を語る少女へと話し掛ける。終わった過去を抱き、再び俺達の前に現れた彼女へ。


「…………」

「答えてくれ、お前は」




「ほんまにおかしな事を言うなぁ」





一瞬で背筋が凍った。ありえないモノ、不可解な存在が、目の前に突如として、湧いて出てきたのだから。思わず、耳の錯覚を疑った。おかしくなってしまったのかと。いや――、おかしくなったのは。






「何を言うとるん? 新崎」





忘れる訳がない。この数年、忘れた時など無い。






「うちは、うちやで」





天真爛漫に笑い、俺の知る誰よりも周囲を気に掛け、それでいてきっと向日葵が似合ったであろう空気を纏う。






「"途上藍"や」







途上、藍姉ちゃんそのものが、ソコにいた。




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