1章
1章
茹だる様な六畳一間で、昼近くまで熟睡してやがる。
窓は開いているが、厚手のカーテンが強い日差しを遮る替わりに
わずかな風さえ入っては来れない。
この部屋の住人、タツヤと俺は高校からの腐れ縁で、23になった今も
ツルんじゃ馬鹿やってる。
「おい...こんなあっちいトコでいつまで寝てんだよ。」
「あうう 来てたん? なに?」
こいつ、自分でバイト探しを俺に頼んだのを忘れてるのか?
今までにも幾つかバイトを紹介したが、この馬鹿ときたら
すぐに店長や他のバイト連中と揉め事を起こしてやめちまう。
いい加減まともなバイトは無くなり、それでもほおって置けない俺は
ちっとヤバげな中学時代の先輩に相談してみたわけだ。
「武田さんがバイトのクチ紹介するから、昼過ぎに店に来いってよ。」
「ふーん。武田さんか・・・」
寝起きのボサボサになった赤い髪を掻きながら、ダルそうに言った。
コズルイ悪党タイプの武田さんは、俺もタツヤも少々苦手なんだが
俺は金が無いし、タツヤに至ってはサラ金に200万からの借金がある。
プー太郎のくせに、キャバ嬢を追い掛け回した代償だ。返済する為に俺もはした金だが貸している。
そんなこんなで、クライアントを選んでる場合じゃないってのが現状だ。
「シンジも一緒に来てくれんだろ?俺一人じゃいかねーぞ」
「だから迎えに来てんだろうが。早く支度しろよ」
ったくガキじゃねーんだから。でも、こんな奴だから面倒を見るしかない。
保護者の気分だ。
ドアの鍵も掛けずに俺たちはボロアパートを後にした。
武田さんは、亡くなったお袋さんがやっていたスナックを受け継ぎ
ものの2ヶ月で見事に不良の溜まり場に変えて見せたツワモノだ。
ウカウカしてると痛い目にあうとも限らない。タツヤと一緒だから尚更だ。
店まで10分ほど俺の車を転がす。
「シンジ、お前何歳まで金髪でいるの?」
赤い頭のお気楽ボウズは緊張感のきの字も無い。
「おっさんになったら黒くするさ。」
「マジで?だっせーww」
こいつだけは許さん・・・。
車はシャッターだらけの商店街を通り抜け、その先にある「スナック薫」に着いた。 俺たちは店のドアを開けようとしたが開かない。時間は昼の1時半。
武田さんはまだ来ていない様だ。カチンときたが、相手は不良クライアント、
車に戻り先輩達の悪口に花をさかせて15分ほどたった頃だった。
古い型の外車が店の裏手の駐車場に止まり、武田さんともう一人、見るからに
堅気ではないオーラを放つ40歳前後の男が近付いて来る。
俺が軽く車内から会釈すると、二人は店の入口で立ち止まり こっちに手招きをする。
緊張をする俺。アクビをするタツヤ・・・。車から降りて薄暗い店内へ入ると
一番奥のボックスシートに通された。
「こいつら使えますかねえ?」
男を俺たちに紹介する前に、武田は男に話しかける。
何やら勝手に話が進んでしまうのを恐れ、思い切って話しに割って入る。
「あの、武田さん、こちらの方は?」
まるで聞こえていない様に無視をする武田に、男は言った。
「別に誰でも構わないんだよ。ある程度やれればな」
ある程度やる?! なにを?! やはり武田だ。深入りするんじゃなかった。
ここで初めて武田はこっちを向き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「お前ら、どっちがケンカ強いんだ?」
背中に嫌な汗が滲む。横目でタツヤを見るが、動揺している風でもない。
俺が何とか話を濁そうと考えている矢先、タツヤの口から
「3回やって2回は俺の勝ちっす」
こいつはホント、変な時だけハキハキと答えやがって・・・
武田が間髪入れずに男の紹介を始めた。
「こちらは新宿でカジノやってる佐伯さんだ。そのカジノでちょっと稼いでみるか?」
この国でカジノって・・・完全に違法じゃねーか。ケンカとカジノ、とくれば
用心棒? 無理、無理だ。俺たち二人とも、日本人の平均的な体格・・・
新宿あたりの不良どもの相手なんか出来るわけが無い。
その時、またもや空気を読まないお気楽タツヤが口を開いた。
「カジノでバイトって何するんすか?」
頭を抱える俺。そんな事、聞いちまったら断れないだろ!と心中で叫ぶ。
佐伯という男が、ゆっくりと口を開いた。
「いやっ バイトじゃないんだ。ウチじゃあ金曜の夕方から 賭けファイトを
やってるんだが、その出場者枠を埋めるのが大変でなあ。」
武田が続く
「まあ、言ってみりゃあスカウトだ。」
そんな世界がこの日本にあったなんて・・・やばい、何とか理由をつけて
この場から逃げなくては、俺もタツヤも先は無い。
いつか全うな大人になる事を目指す俺にとっては、人生の最大のピンチに他ならない。
目配せをしようと再びタツヤを横目で見る・・・
興味深々で佐伯の話に聞き入るタツヤの姿が、涙目の俺にはぼやけて見えた。
2章に続く