二人目
異変は、配信外で起きた。
それが最悪だった。
零がそれを知ったのは、翌日の昼。
SNSの通知が一斉に鳴った。
《これ見た?》 《やばい》 《零の真似?》
添付されたリンク。
ライブ配信アーカイブ。
配信者名:hikari_17
フォロワー数は三桁。
昨夜のルール配信の直後に始まっている。
再生する。
画質は荒い。
スマートフォンの内カメラ。
制服姿の女子高生。
白い部屋。
緊張した顔。
『えっと……零さんの見てました』
コメントは数百。
《模倣?》 《やめとけ》
少女は続ける。
『あれ、本当だと思うんです』
震える声。
『だから、やってみます』
零の背筋が冷える。
動画の中の彼女は、深呼吸を一つ。
『単語は……“軽い”』
コメント欄がざわつく。
《軽い?》 《何それ》
『軽い、で揃えてください』
零の心臓が強く打つ。
画面の向こうで、コメントが流れ始める。
《軽い》 《軽い》 《軽い》
数は少ない。
百、二百。
だが揃う。
彼女は目を閉じる。
『軽い』
自分でも言う。
数秒。
沈黙。
そして。
カメラが、わずかに浮く。
床に置かれていたはずのスマートフォンが、数センチ。
浮いている。
零は息を呑む。
《え》 《今浮いた?》 《編集?》
少女の足元。
スカートの裾がふわりと揺れる。
髪が、重力を忘れたように持ち上がる。
『あ……』
彼女の体が、ゆっくりと浮く。
数センチ。
十センチ。
椅子から完全に離れる。
《嘘だろ》 《やば》
零は動画を止める。
手が震えている。
再生数は、既に十万を超えている。
コメント欄は混乱。
《零の影響だろ》 《本物?》
零は立ち上がる。
DMが震える。
偏差。
『見たか。』
『……ああ』
『二人目だ。』
短い沈黙。
『偶発ではない。』
零は唇を噛む。
『俺のせいか』
『中心が強くなれば、共鳴点が生まれる。』
共鳴。
最悪の単語。
『止められるか』
既読。
『難しい。』
零は再び動画を再生する。
浮いた少女は、恐怖と興奮が混ざった顔で笑っている。
『すごい……』
その瞬間。
コメント欄に新しい流れ。
《高い》 《もっと高く》 《上》
方向が変わる。
軽い → 上。
彼女の体が、さらに浮く。
天井近くまで。
『待って』
声が揺れる。
《上》 《上》 《上》
揃う。
彼女の背中が天井に近づく。
頭が、照明器具にぶつかりかける。
零は思わず声を出す。
「やめろ……」
動画の中の彼女が、パニックになる。
『下ろして』
《落ちる》 《危ない》
方向が反転する。
“落ちる”が増える。
彼女の体が急激に降下する。
画面が揺れる。
鈍い音。
悲鳴。
配信はそこで切れている。
零の視界が白くなる。
『生存は確認済み。』
偏差のDM。
『腕の骨折。』
零は椅子に崩れ落ちる。
『軽傷だ。』
『軽傷……』
皮肉のような単語。
零は拳を握る。
『俺がルールを作らなかったら』
『作らなくても、いずれ出た。』
冷たい文字。
『あなたが可視化した。』
可視化。
確かに。
揃えれば形になると証明したのは零だ。
コメント欄に、既に議論が生まれている。
《第二の零?》 《才能?》 《誰でもできるの?》
最悪の方向。
拡散。
零は立ち上がる。
「配信する」
独り言。
即座に開始。
同接は一瞬で跳ねる。
《例の動画見た?》 《二人目》
零は画面を見つめる。
「真似するな」
低く。
静かに。
《でもできてた》 《本物だろ》
「揃いは、遊びじゃない」
間。
「方向を間違えれば、死ぬ」
コメント欄がざわつく。
《脅し?》 《でも事実》
零は深く息を吸う。
「単語は――」
考える。
今、必要なのは。
「“止まる”」
《止まる》 《止まる》
揃う。
SNSのトレンド欄。
軽い
その伸びが、わずかに鈍る。
「“真似しない”」
《真似しない》 《やらない》
揃いは弱い。
衝動は強い。
揃えたい。
試したい。
その欲望が、コメントの隙間から漏れている。
零は理解する。
これはもう、止まらない。
自分だけの現象ではない。
観測は伝播する。
共鳴点が増える。
偏差からDM。
『中心が一つでは、抑えられない。』
『じゃあどうする』
『網を張る。』
零は目を細める。
『選別する。』
『制御可能な媒介を集める。』
零の鼓動が速くなる。
チーム。
制度の拡張。
『選ばれなかった者は?』
既読。
『暴発する。』
冷たい現実。
コメント欄に新しい流れ。
《俺もできるかも》 《試す》
零はカメラに近づく。
「今から、俺が指定する」
低い声。
「“重い”」
コメントが止まる。
《重い?》 《何で》
「軽いの逆だ」
《重い》 《重い》
揃い始める。
零の体が、椅子に沈む。
床が軋む。
重力が強まる。
だが安定している。
「これが制御だ」
静かに言う。
「軽いは危険だ」
《軽い禁止?》
「禁止」
強い断定。
《禁止》 《やらない》
揃う。
トレンドの伸びが、さらに鈍る。
零は理解する。
今はまだ、中心にいる。
だが――
画面の隅に、新しいライブ通知。
配信者名:unknown_zero
零の喉が鳴る。
もう一つ。
zero_child。
増えている。
共鳴点は、一つではない。
零はゆっくり言う。
「……偏差」
『何だ』
「制御じゃ足りない」
間。
「戦争になるぞ」
既読。
『だから、あなたが中心でいろ。』
冷たい言葉。
零はカメラを見つめる。
数万の視線。
揃えたい衝動。
第二の媒介。
そして増殖の兆し。
零は初めて理解する。
観測は、ウイルスだ。
---------------




