圧力
告発者の実家は、地方の静かな住宅街にあった。
駅から車で十五分。
古い瓦屋根。
庭には手入れされた松。
本来なら、騒ぎとは無縁の場所。
だが今、門の前には見慣れないワゴン車が停まっている。
カメラ。
三脚。
マイク。
「どこから漏れた」
零の声は低い。
告発者はスマホを握りしめたまま、答えられない。
七瀬の胸が締め付けられる。
「行こう」
「待て」
国家の男が制する。
「今行けば、あなたが餌になる」
一拍。
「相手は“絵”を欲しがっている」
トウマが補足する。
「“追い詰められた内部告発者の実家に押しかける記者”という構図は、二次利用される」
「じゃあ放置?」
七瀬の声に苛立ちが滲む。
国家の男は冷静だ。
「法的手段を取る」
「間に合う?」
「間に合わせる」
数時間後。
弁護士名義で各社に通知。
《私的領域への過度な取材は、プライバシー侵害および不法行為に該当する可能性があります》
だが。
通知が届く前に、SNSは動く。
《内部告発者の実家特定か》
《親まで巻き込むな》
《やりすぎ》
流れは一瞬、告発者側に傾く。
だが同時に、別のタグも浮上する。
《裏で操る七瀬》
零が舌打ちする。
「来たな」
トウマが画面を指す。
匿名アカウントの投稿。
《告発者は七瀬と金銭契約を結んでいるらしい》
《証言は報酬目的》
七瀬の背筋が凍る。
「……嘘」
「証拠は?」
「ない」
トウマが即答する。
「だから拡散している」
国家の男が低く言う。
「疑念は、事実より強い」
一拍。
「“金の匂い”を付ければ、正義は濁る」
七瀬は唇を噛む。
収益。
広告。
スーパーチャット。
すべてが武器になる。
「否定する」
零が即答する。
「ライブだ」
「待ってください」
トウマが止める。
「今反応すれば、燃料を投下する」
沈黙。
七瀬は目を閉じる。
怒りがある。
だが同時に、冷たい恐怖もある。
もし裁判で不利になれば。
五千万円。
チャンネル停止。
社会的信用。
すべてが消える可能性。
国家の男が静かに言う。
「記者会見を開きましょう」
「会見?」
「弁護士同席で」
一拍。
「契約関係がないことを、書面で示す」
零が頷く。
「白黒はっきりさせる」
告発者が小さく言う。
「……私が出ます」
七瀬が即座に首を振る。
「出なくていい」
「でも」
一拍。
「逃げていると言われたくない」
空気が重い。
国家の男が判断する。
「あなたは出ない」
告発者を見る。
「今は、あなたが矢面に立つべきではない」
一拍。
「矢面は、こちらで受ける」
七瀬がゆっくり頷く。
「私が出る」
翌日。
小さな会議室。
簡素な机。
マイク。
カメラ。
七瀬の両隣に国家の男とトウマ。
零は後方。
フラッシュ。
七瀬は原稿を置かない。
まっすぐ前を見る。
「告発者との間に、金銭契約は一切ありません」
一拍。
「証言に対する報酬もありません」
国家の男が補足する。
「虚偽の情報拡散は、法的措置を検討します」
記者が手を挙げる。
「収益目的ではないと言い切れますか」
七瀬は一瞬、言葉を選ぶ。
「収益は発生しています」
ざわめき。
「ですが、それは動画配信の仕組み上の結果です」
一拍。
「私は、危険の可能性を伝えました」
「確定情報ではないのに?」
「可能性があれば、消費者は知る権利がある」
沈黙。
カメラが寄る。
七瀬は続ける。
「もし裁判で、私が誤っていたと判断されれば」
一拍。
「その責任は、私が負います」
会場が静まる。
零が小さく息を吐く。
会見後。
ネットは割れる。
《覚悟ある》
《言い訳に見える》
《金じゃないと信じたい》
トウマが分析する。
「支持は五分五分です」
「十分だ」
零が言う。
「完全に悪者にはなっていない」
だが。
告発者のスマホが再び震える。
母から。
《近所の人に色々聞かれてる》
短い文。
それだけで十分だった。
告発者の顔が崩れそうになる。
七瀬の胸が締め付けられる。
「……やめるか?」
零が小さく言う。
告発者は即座に首を振る。
「ここでやめたら」
一拍。
「全部、なかったことになります」
国家の男が静かに告げる。
「次の期日で、原告側は反撃に出るでしょう」
「何を」
「あなたの過去」
七瀬の心臓が強く打つ。
「過去?」
「税務、契約、発言」
一拍。
「一つでも綻びがあれば、そこを突く」
トウマが画面を見ながら言う。
「……もう動いてます」
表示される記事。
《七瀬、過去に景品表示法違反の疑い?》
零が吐き捨てる。
「こじつけだ」
七瀬は記事を読む。
数年前の案件動画。
誇張表現。
指摘コメント。
小さな炎上。
すぐに修正した件。
だが。
今掘り返されている。
国家の男が言う。
「潰し合いになる」
一拍。
「あなたは耐えられますか」
七瀬はゆっくりと顔を上げる。
「耐えるしかない」
心は揺れている。
怖い。
正直、逃げたい。
だが。
告発者の実家。
母のメッセージ。
録音の声。
《数字は後から合わせればいい》
あの一言が、頭から離れない。
「最後までやる」
静かな決意。
零が笑う。
「ようやく顔になったな」
トウマが小さく頷く。
国家の男は言う。
「では、次は攻めます」
「攻める?」
「企業の品質試験データ、追加開示請求を出します」
一拍。
「隠している数字を、全部出させる」
空気が変わる。
守りから攻めへ。
だがその瞬間。
告発者のスマホがまた震える。
今度は、非通知。
出る。
無言。
そして、低い声。
「家族の生活、考えた方がいい」
通話が切れる。
全員が凍る。
零の目が殺気を帯びる。
「録音したか」
「できなかった」
国家の男が冷静に言う。
「脅迫です」
一拍。
「警察に相談する」
告発者の手が震える。
七瀬はゆっくりと言う。
「一人じゃない」
告発者を見る。
「絶対に」
沈黙の中、誰も笑わない。
戦いは、もう後戻りできない地点に来ている。
第六十四話。
企業、品質データ全面否定。
だが内部から“第二の告発者”が現れる。
戦線は、さらに拡大する。
【第六十三話 終】
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