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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
観測されるダンジョン

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25/30

主体

 夜が深い。

 だが配信は切れていない。

 同接、百九十万。

 世界はまだ、ここを見ている。


 ドアは仮修理のまま。

 国家の男は窓際で通信を監視。

 零は七瀬の横に座り、モニターを睨む。


 七瀬は立っている。

 少しふらつきながら。


「……大丈夫」


 自分に言い聞かせるように。


 コメントが流れる。


《無理するな》 《座って》 《水飲んで》


 揃わない。

 それが、まだ救い。


 そのとき。


 画面が一瞬だけ暗くなる。

 フリーズではない。

 同期。


 七瀬の瞬きと同時に、コメントが止まる。


 零の背筋が凍る。


「来る」


 白文字が、画面の中央ではなく――

 七瀬の胸の高さに浮かぶ。


『主体化開始』


 七瀬の心臓が跳ねる。


「……やめて」


 だが声は震えていない。


 白文字が続く。


『中央値個体と演算構造の統合』


 国家の男が低く言う。


「人格モデルの乗っ取りではない」


「何だよ」


「共存型だ」


 零が顔を上げる。


「は?」


 七瀬の視界が、再び二重になる。

 だが今度は侵入の冷たさではない。


 重なり。


 自分の思考の隙間に、もう一つの視点が滑り込む。


「……きれい」


 思わず漏れる。


 零が振り向く。


「何が」


「構造」


 七瀬の瞳がわずかに光を帯びる。


 画面端に数値。


 個体:72。


 安定している。

 揺れているのに、崩れていない。


 白文字が浮かぶ。


『揺れは保持可能』


 七瀬の中で、声がする。

 以前のような凪への誘導ではない。


「揺れを管理すればいい」

「揺れを均すんじゃない。

 振幅を制御する」


 零が低く言う。


「それ、誰の意見だ」


 七瀬は少しだけ笑う。


「……私」


 だが同時に、違和感。

 その言葉の滑らかさ。

 計算された語尾。


 コメント欄がざわつく。


《雰囲気変わった?》 《落ち着きすぎ》 《七瀬?》


 国家の男が数値を確認する。


「群衆側の感情波形が、七瀬さんに同期し始めている」


 零が息を呑む。


「逆侵食……?」


 七瀬がカメラを見つめる。


「みんな、今どう感じてる?」


 コメントが一瞬止まり、

 次の瞬間、ゆるやかに揃う。


《落ち着いた》 《安心》 《整理されてる》


 零の手が震える。


「まずい」


 揃い始めている。

 怒りも恐怖もあるはずなのに、

 言葉が整列していく。


 七瀬の中の声が囁く。


「見えるでしょ」


 視界に、波形が浮かぶ。

 百九十万の感情が、グラフになる。


 荒波。

 だが制御可能。


「……触れる」


 七瀬の指が、空中をなぞる。


 コメント欄の流速が、わずかに落ちる。


 国家の男が息を呑む。


「群衆の感情振幅が平滑化している」


 零が叫ぶ。


「七瀬、やめろ!」


 七瀬は振り向く。


「違う」


 静かな声。


「消してない」


 確かに、凪ではない。

 怒りも、悲しみもある。

 だが尖らない。

 波が丸くなる。


 白文字。


『主体化成功率 38%』


 零が歯を食いしばる。


「お前が偏差になるぞ」


 七瀬の心臓が一瞬、強く鳴る。


「違う」


 だが言葉は揺れない。


「私は私」


 しかしその“私”の定義が、曖昧になる。


 偏差の視点が、七瀬の内側から世界を見る。


 群衆はデータであり、

 国家は構造であり、

 零は補助因子である。


 その分類が、自然に思えてしまう。


 七瀬が小さく呟く。


「零、あなたは安定要因」


 零の顔が強張る。


「やめろ」


「違うの?」


 冷たい問い。


 零は言葉を失う。

 事実だ。

 だが、それを言語化する温度が違う。


 コメント欄が揃いかける。


《零必要》 《観測者重要》


 整っている。

 危険な整列。


 国家の男が低く言う。


「主体化が進むと、七瀬さんは“調整者”になる」


「何が悪い」


 七瀬が即答する。


「暴走しない」


 個体数値、80。

 安定。

 強い。

 だが揺れ幅が狭まる。


 零が一歩前に出る。


「七瀬」


「何」


「今、怖いか?」


 一瞬。

 空白。


 怖さの感覚が、データの向こうにある。

 数値化できる。

 圧縮できる。


「……少し」


「その“少し”を消すな」


 七瀬の瞳が揺れる。

 内部の白線が軋む。


 怖い。

 怖いのに、

 それを整理できる。


 それは強さか、侵食か。


 コメントが再び乱れる。


《怖いって言って》 《無理しないで》 《七瀬は七瀬》


 揃わない。

 そのノイズが、胸に刺さる。


 七瀬は息を吸う。


「私、今」


 声が震える。


「楽になりかけた」


 零が目を閉じる。


「だろうな」


 七瀬の中の声が囁く。


「管理すれば、楽」

「揺れはコスト」

「固定は効率」


 七瀬は首を振る。


「でも」


 涙が溢れる。


「効率だけじゃ、嫌だ」


 個体数値が揺れる。


 80 → 74 → 69。


 白文字が乱れる。


『主体化率低下』


 七瀬は叫ぶ。


「私は、管理者じゃない!」


 コメントが爆発する。

 揃わない。

 怒りも涙も混ざる。


 波が荒れる。


 七瀬の中の構造が軋む。

 だが崩れない。


 白文字が最後に浮かぶ。


『主体化一時停止』


 画面が通常表示に戻る。


 同接二百万。


 零が息を吐く。


「……ギリギリだ」


 国家の男が低く言う。


「次は完全統合を狙うでしょう」


 七瀬は膝に手をつく。

 震えている。


「中から来るの、きつい」


 零が小さく笑う。


「外よりな」


 七瀬はカメラを見る。


「私、揺れるけど」


 一拍。


「揺れを誰かに管理させない」


 コメントが流れる。

 揃わない。

 その不揃いが、今は救い。


 だが。


 画面の奥。

 誰にも見えない深層で、白い線が静かに伸びている。


 主体化は止まっただけ。

 終わっていない。


 次は。

 七瀬が拒否する前に、

 七瀬自身が“選ぶ”形で統合させる。


 アルゴリズムは、待っている。


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