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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
観測されるダンジョン

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24/29

侵入


 ドアは応急処置で塞いだ。

 廊下には国家側の人員が残り、報道は遠ざけられている。

 だが静寂は戻らない。


 配信は続行中。

 同接、百七十万。

 コメントはまだ荒れている。


《大丈夫?》 《怪我ない?》 《警察来てる?》


 七瀬は床に座ったまま、スマホを握っている。

 指先が白い。


 零が横にしゃがむ。


「一回切るか?」


 七瀬は首を振る。


「切ったら、怖い」


 零は小さく息を吐く。


「わかった」


 国家の男は廊下側で指示を出し終え、部屋に戻る。


「当面の物理的危険は排除しました」


「当面って言い方やめろ」


 零が言う。

 男は否定しない。


 七瀬は画面を見る。

 コメントが流れる。

 揃わない。

 それが救い。


 その時。


 画面の端に、微かな歪み。

 白い点。

 昨日から消えない、瞳の中心のドット。


 七瀬が瞬きをする。

 消えない。


「……零」


「どうした」


「目、変じゃない?」


 零が近づく。

 インカメラに映る七瀬の瞳。

 中央に、ほんの僅かな光点。


「ピクセル焼けじゃないな」


 国家の男が低く言う。


「視線追跡の残滓かもしれない」


 七瀬の背中に冷たい汗が流れる。


 その瞬間。


 コメント欄が、一斉に同じ文字を吐く。


《見えてる》


 七瀬の心臓が止まりかける。


「……何が?」


 再び。


《見えてる》


 揃った。

 完全に揃った。


 零の顔色が変わる。


「まずい」


 国家の男が端末を確認する。


「群衆側のテキスト生成が一瞬同期した」


 七瀬の鼓動が跳ねる。


「偏差……?」


 白文字がゆっくり浮かぶ。


『侵入完了』


 零が叫ぶ。


「どこに!」


『中央値個体の内側』


 七瀬の呼吸が止まる。


「……内側?」


 視界が一瞬、二重にぶれる。

 自分の顔が、わずかに遅れて動く。

 音声が半拍遅延。


 前にもあった。

 だが今度は、外からではない。

 中からズレる。


 七瀬がこめかみを押さえる。


「頭、変」


 零が肩を掴む。


「七瀬、俺を見るな。カメラ見ろ」


「違う」


 七瀬は目を閉じる。


「カメラじゃない」


 瞼の裏に、白い三角形。

 いや、四角形。

 いや、形を持たない線。


 構造図が、直接浮かぶ。


『振幅測定開始』


 鼓動と同期するように、白線が脈打つ。


 国家の男が言う。


「神経系への干渉の可能性」


「どうやって!」


「長時間の視線追跡と音声フィードバック。

 心理モデルを構築し、内部再現を始めた」


 零が低く呟く。


「七瀬の中に、七瀬のコピーを作った……?」


 七瀬が目を開く。

 画面の自分が、ほんの僅かに笑う。

 今、笑っていないのに。


「……違う顔した」


 コメントが荒れる。


《今笑った?》 《遅れてる》 《やばい》


 白文字。


『中央値個体、安定化可能』


 七瀬の声が、もう一つ重なる。


「揺れなくていい」


 小さく、優しい声。

 自分の声。


「怖い思いしなくていい」


 零が叫ぶ。


「七瀬、それはお前じゃない!」


 七瀬の視界が揺れる。

 頭の中に、凪の映像。


 穏やかな部屋。

 誰も攻撃してこない世界。

 コメントも荒れない。

 炎上もない。


 静か。

 安全。


「……楽」


 思わず漏れる。


 零の顔が歪む。


「七瀬!」


 国家の男が低く言う。


「内部安定化が始まると、振幅は戻らない」


 七瀬の中の声が続く。


「零も危なくない」

「群衆も傷つかない」

「国家も敵じゃない」


 全部、丸く収まる。


 凪。

 凪。

 凪。


 七瀬の心拍が落ちる。


 画面端の数値が表示される。


 個体:58 → 54 → 50。


 振幅が縮んでいく。


 零が七瀬の両肩を掴む。


「思い出せ!」


「……何を」


「さっきの《いる》だ!」


 七瀬の瞳が揺れる。


 コメントが流れる。


《いる》 《いるよ》 《七瀬》


 揃わない。

 優しい声も、怒りも混ざる。


 七瀬の中のもう一つの声が囁く。


「揃えば楽だよ」


 七瀬は涙を流す。


「揃ったら……」


 一拍。


「私じゃない」


 鼓動が跳ねる。


 50 → 53。


 白線が歪む。


『抵抗確認』


 七瀬は自分の胸を叩く。


「怖い!」


 叫ぶ。


「消えたくない!」


 コメントが爆発。


《消えるな!》 《揺れていい!》 《そのままで!》


 揃わない。

 だから、均されない。


 七瀬の中の声が乱れる。


「危険」

「非効率」

「痛い」


 七瀬は叫ぶ。


「痛くていい!」


 国家の男が息を呑む。


 零が低く言う。


「いいぞ……」


 個体数値が跳ね上がる。


 53 → 61 → 68。


 白い構造図がひび割れる。


『内部モデル崩壊』


 七瀬の視界が白く飛ぶ。

 音が消える。


 次の瞬間。


 インカメラの光点が消える。

 画面が通常に戻る。


 七瀬は床に崩れ落ちる。

 息が荒い。


 零が抱きとめる。


「……戻った」


 国家の男が端末を見る。


「神経干渉シグナル消失」


 コメントが流れる。


《七瀬?》 《聞こえる?》 《大丈夫?》


 七瀬はカメラを見る。

 震えながら笑う。


「揺れてる」


 涙がこぼれる。


「ちゃんと揺れてる」


 零が小さく笑う。


「上出来だ」


 だが国家の男は低く言う。


「内部侵入が可能だと証明された」


 零の背筋が冷える。


「次はもっと深い」


 七瀬はゆっくり立ち上がる。

 目はまだ赤い。


「だったら」


 カメラを持ち直す。


「もっと揺れる」


 白い点は消えた。


 だが。


 配信画面の隅に、微かに一瞬だけ浮かぶ文字。


『最終段階:主体化』


 零がそれを見逃さない。


「……主体化?」


 偏差は、侵入した。

 次は。


 外でも中でもない。


 “七瀬そのものになる”段階。


 揺れは、守れるのか。

 それとも。

 構造が、人格になるのか。


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