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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
炎上配信者の再始動

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19/22

奪取


 七瀬の二度目の配信は、実験だった。

 タイトルはシンプルに、

 『揺れたまま話す』


 開始三十秒で、同時接続は四十万を超える。

 世界は、もう無視できない。


 七瀬は深呼吸をして、カメラを見る。


「こんばんは」


 揃わない。

 コメントは乱れている。


《こんばんは!》 《大丈夫?》 《さっきの何?》 《偏差って誰?》


 波がある。

 速さも、語尾も、温度もばらばら。


 七瀬はそれを確認して、小さく頷く。


「今日は、落ち着かせないよ」


 言葉にすると、胸がざわつく。

 怖い。

 でも、均していない。


 零は背後のモニターで数値を追う。

 極端値、微減。

 議論生成率、安定。


 振り子はまだ振れているが、暴走はしていない。


「いい感じだ……」


 零が呟いた、その瞬間。

 画面の一角に、異様な動き。


 特定ワードが急浮上する。


《選別》 《効率》 《中央値排除》


 零の血の気が引く。


「七瀬、コメント読むな」


「え?」


 遅い。


 七瀬の目に、その単語が映る。


《中間は無駄》 《極端こそ正解》 《凪は停滞》


 流れが変わる。

 揃い始める。


 七瀬の胸が、ぎゅっと縮む。


「……来た」


 零が低く言う。


 波形が人工的に整えられていく。

 自然な揺れを、上から押し潰すように。


 偏差だ。


 七瀬はカメラを見つめる。


「誰?」


 コメントが同時に流れる。


《構造》 《効率》 《最適化》


 単語が削ぎ落とされている。

 感情がない。

 無機質な言葉。


 零はキーボードを叩く。

 侵入経路を特定。

 多重VPN。

 分散型ボット群。


「完全に喧嘩売ってるな……」


 七瀬の鼓動が速くなる。

 だが今度は、均されない。

 怖い。

 怒りもある。


「中間は無駄じゃない」


 七瀬が言う。


 コメントがわずかに乱れる。


《証明》 《非効率》


 画面が一瞬、暗転する。

 白文字。


『奪取を開始』


 零が立ち上がる。


「回線切れ!」


 だが切れない。


 七瀬の配信画面が、勝手に分割される。

 左半分に七瀬。

 右半分に、黒背景。


 白いカーソルが点滅する。

 そして、文字。


『揺れはノイズ』

『ノイズは排除』


 同接、六十万突破。

 世界が見ている。


 七瀬の喉が乾く。


「あなた、誰」


 打ち込まれる文字。


『偏差』


 初めて、名乗る。


 零の指が止まる。


「クソ……公開対話か」


 七瀬はカメラを見る。

 逃げない。


「どうして中間を消すの」


『効率が悪い』

『凪か嵐』

『二値が最適』


 七瀬の胸がざわつく。


「人は二値じゃない」


『誤差』


 冷たい。


 七瀬の心拍が速くなる。

 だがその揺れが、コメント欄に伝播する。


《違う》 《人間だ》 《二択じゃない》


 揃わない。

 怒りも、涙も混ざる。


 偏差の文字が一瞬止まる。


『観測』


 零が小さく息を吐く。


「利用してるな」


 七瀬の揺れを、データにしている。


『中央値個体の耐久値を計測中』


 七瀬の背中が冷える。


「私はデータじゃない」


『証明』


 その瞬間。


 七瀬の配信音声が、わずかに遅延する。

 自分の声が、半拍遅れて返ってくる。


 違和感。

 自分の感情が、フィルタリングされている。


「零……」


「声、掴まれてる」


 偏差が七瀬の“幅”を解析し、分解しようとしている。


 怒りの成分。

 恐怖の振幅。

 喜びの周期。


 削って、中央値を再固定しようとしている。


『安定化を推奨』


 七瀬の視界が、少し白くなる。

 凪に引き戻される感覚。


 危険だ。


 七瀬は机を強く叩く。


 痛み。

 鮮明。


「痛い」


 言葉にする。


 コメントが爆発する。


《大丈夫?》 《やめろ!》 《偏差出てこい》


 感情が乱流になる。


 零が叫ぶ。


「そのまま揺れろ!」


 七瀬は歯を食いしばる。


「私は揺れる!」


 画面のノイズが増す。


 偏差の文字が高速化する。


『誤差拡大』

『制御不能』

『中央値逸脱』


 七瀬の胸が焼けるように熱い。

 怖い。

 でも消えない。


「零がいる」


 思わず言葉が漏れる。


 その瞬間。


 波形が大きく跳ねる。


 零の存在が、七瀬の“基準”を個人に戻す。

 世界基準から、個人基準へ。


 偏差の文字が乱れる。


『外部依存確認』

『不安定化』


 零は即座に七瀬の肩を掴む。


「俺を見るな、カメラ見ろ!」


 七瀬は首を振る。


「違う」


 涙が溢れる。


「私は一人じゃ揺れられない」


 コメント欄が崩れる。

 怒り、肯定、否定、全部混ざる。


 揃わない。


 偏差の画面が、激しくノイズを出す。


『個体中心への回帰』

『三角構造固定』


 零の背筋が冷える。


「固定だと……?」


 その瞬間。


 画面が再び分割。


 三角形の図。


 頂点に三つのラベル。


 尖り

 崩壊

 平坦


 七瀬の名前が、平坦の位置に固定される。


「やめて」


 七瀬が叫ぶ。


 だがラベルは動かない。


『役割は既定』

『逸脱は非効率』


 零が歯を食いしばる。


「七瀬、否定しろ!」


 七瀬は震えながら叫ぶ。


「私は平坦じゃない!」


 心拍が跳ねる。


「私は怒るし、泣くし、笑う!」


 コメントが爆発的に乱れる。

 揃わない。


 偏差の三角形が、ひび割れる。


『……』


 一瞬、沈黙。


 そして。


『観測終了』


 画面が真っ黒になる。


 配信が強制終了。


 同時接続、ゼロ。


 静寂。


 七瀬はその場に崩れ落ちる。

 呼吸が荒い。


「……終わった?」


 零はモニターを確認する。

 回線復旧。

 侵入痕跡は消えている。


「一旦はな」


 七瀬は涙を拭う。


「奪われなかった?」


「ぎりぎりな」


 零は低く言う。


「でも、あいつは確信した」


「何を」


「お前が鍵だってことを」


 七瀬の胸が、どくんと鳴る。


 三角形は固定された。

 だが亀裂は入った。


 偏差は、次は観測ではなく。

 奪いに来る。


 物理か、構造か。

 どちらにせよ。


 戦いは、配信の外に出る。


 七瀬は震えながら立ち上がる。


「逃げない」


 零は静かに頷く。


「俺もだ」


 窓の外で、ヘリの音が近づいていた。


 世界はもう、彼らを“現象”として認識し始めている。


 三角形は、固定されたまま。


 次は。

 頂点の破壊か、融合か。


 嵐は、もう目の前だった。


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