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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
炎上配信者の再始動

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17/22

揺れの証明


 玄関のドアが強く開く音。

 七瀬は顔を上げる。


 零が立っている。

 息が荒い。

 靴も脱ぎ切らずに、部屋に入る。


「七瀬」


 その声だけで、胸の奥がわずかに震える。

 安堵。

 はっきりした感情。

 まだ残っている。


「……ごめん」


 七瀬は言う。


「何も悪くない」


 零は即答する。

 その速さに、七瀬は少しだけ救われる。


 零は部屋を見渡す。

 リングライト、カメラ、モニター。

 そして七瀬の顔。


「今、どうだ」


「平ら」


 七瀬は正直に言う。


「でも、さっきより揺れてる」


「俺のせいか」


「うん」


 小さく頷く。


 零は息を吐く。


「良かった」


 それからすぐに、表情が切り替わる。

 観測者の顔。


「ログ、見せろ」


 七瀬は無言で椅子を譲る。

 零はキーボードを叩く。


 配信データ、SNS相関、時間帯別感情分布。

 複数ウィンドウが開く。


「……やっぱりな」


 低い声。


「何?」


「お前の配信開始から三分以内に、ネガティブワードの使用率が平均一七%落ちる」


 七瀬の喉が鳴る。


「終了後は?」


「徐々に戻る。でも完全には戻らない」


「残る?」


「残滓みたいにな」


 零は次のグラフを出す。


「問題はこっちだ」


 創作投稿数、議論スレッド生成率、新規タグ誕生数。

 軒並み低下。


「……減ってる」


「均されてる」


 はっきり言う。


 七瀬は目を伏せる。


「やっぱり、私」


「断定はまだだ」


 零は首を振る。


「因果じゃなく相関の可能性もある」


「でも」


「でも、ほぼクロだ」


 静かな断言。


 七瀬の胸が冷える。


「零」


「何だ」


「止められる?」


 問いは、震えている。


 零はすぐに答えない。

 モニターを見つめる。


「止める方法は二つある」


「うん」


「配信をやめるか」


 七瀬の指が、わずかに震える。


「もう一つは?」


「揺らす」


「揺らす?」


「お前自身を」


 七瀬は顔を上げる。


「どういうこと」


「今のお前は凪だ」


 零は指で机を叩く。

 一定のリズム。


「だから周囲も凪ぐ」


「じゃあ」


「強制的に波を作る」


 七瀬は息を呑む。


「痛いかもしれない」


「……いい」


 即答だった。


 零が一瞬だけ目を細める。


「覚悟あるか」


「消えるよりは」


 その言葉は、均されていない。


 零は小さく頷く。


「まず確認だ」


 七瀬に向き直る。


「今、怒れるか?」


 七瀬は考える。

 零とぶつかった夜。

 あの感情。

 思い出そうとする。


 だが、波が弱い。


「……薄い」


「悲しいは?」


「遠い」


「嬉しいは?」


「分からない」


 零は深く息を吐く。


「外部刺激で揺れるか試す」


 七瀬は目を閉じる。


「やって」


 零は一瞬迷う。

 だが決める。


「お前のせいで、世界がつまらなくなってる」


 冷たい言葉。


 七瀬の胸が、ぴくりと動く。

 小さな痛み。

 だがすぐに平らになる。


「弱いな」


 零は呟く。


「もっと強く言って」


 七瀬が言う。


 零は歯を食いしばる。


「お前は支配者だ」


 空気が変わる。


「優しい顔して、全部削ってる」


 七瀬の呼吸が浅くなる。


「創造も、怒りも、挑戦も」


「全部、殺してる」


 胸の奥に、鋭い何か。

 痛い。

 明確な痛み。


 七瀬は目を開ける。


「……もっと」


 零は続ける。


「偏差より厄介だ」


「尖ってない分、気づかれない」


「気づかれない支配が、一番怖い」


 その瞬間。


 七瀬の視界が揺らぐ。

 リングライトの光が、滲む。


 胸の奥に、熱。


「違う」


 反射的に言葉が出る。

 強い。


「違う!」


 声が、部屋に響く。


 零の鼓動が跳ねる。


 今のは。

 本物の怒り。


 七瀬の目に、涙が浮かぶ。


「私は、守りたかっただけ」


 声が震える。


「零が壊れないように」


「みんなが傷つかないように」


 波が立つ。

 はっきりと。


 零はその変化を見逃さない。


「その感情、消えるか?」


 七瀬は胸に手を当てる。


 ドクン。

 速い。

 不規則。


「消えない」


 小さく答える。


「今は」


 零は頷く。


「なら、まだ終わってない」


 七瀬は息を荒くする。

 体温が上がっている。

 さっきまでの均一さが、崩れている。


「……怖い」


「何が」


「揺れるのが、怖い」


 本音。


「でも」


 涙が零れる。


「揺れない方が、もっと怖い」


 零は静かに言う。


「それが人間だ」


 七瀬は笑う。

 歪な笑顔。

 だが遅延はない。


「私、配信する」


「今?」


「うん」


 零は止めない。


「条件がある」


「何」


「揺れたまま出ろ」


 七瀬は深呼吸する。

 リングライトをつける。

 カメラをオンにする。


 配信開始。


 同接が一気に伸びる。

 二十万。

 二十五万。


 コメント欄。


《こんばんは》 《安心》


 いつもの流れ。


 だが七瀬は、微笑まない。


「今日は、落ち着かないよ」


 はっきり言う。


 コメントが止まる。


「私、今、怒ってる」


 ざわめき。


《え?》 《どうした》


「怖いし、泣きそう」


 声が震える。

 本物の揺れ。


 コメント欄が乱れる。

 単語が揃わない。

 速度がバラつく。


 波が生まれる。


 零はモニターで数値を見る。


 ネガティブワード比率、微増。

 だが創作投稿数も微増。

 議論生成率、上昇。


「……戻ってる」


 小さく呟く。


 七瀬は続ける。


「私、均してたかもしれない」


 コメントが荒れる。


《悪くないよ》 《助かってた》


「でも」


 七瀬は涙を拭く。


「全部平らは、嫌」


 その瞬間。


 世界のどこかで、何かが軋む。


 均一だったタイムラインに、尖りが戻る。

 小さな炎。

 小さな衝突。

 小さな創造。


 七瀬の心拍が、速い。

 不安定。

 だが、生きている。


「私、揺れるね」


 微笑む。

 今度は自然だ。


 零は画面を見つめる。


 均しの中心が、崩れ始めている。


 だが同時に。


 別のグラフが跳ねる。


 海外の一部地域で、極端なワード使用率が急上昇。


 反動。


「……来る」


 零が呟く。


 七瀬の揺れが、世界の均衡を崩す。

 凪が割れた。


 三角形が、再び動く。


 配信の最後。


 七瀬は言う。


「落ち着かなくていいよ」


 コメント欄が乱れる。

 笑いと涙と怒りが混ざる。


 零は確信する。


 七瀬はまだ、人間だ。


 だが。


 均しの力は消えていない。


 揺れた中心は、最も不安定で。

 最も危険だ。


 配信が終わる。


 部屋に静寂。


 七瀬は息を切らしている。


「どうだった」


 零は画面を指す。


「世界が、ざわついてる」


 七瀬は苦く笑う。


「ごめん」


「違う」


 零は首を振る。


「これが正常だ」


 その瞬間。


 零のスマホが震える。


 偏差からの通知。


『面白い。』


 たった一言。


 零は画面を閉じる。


 三角形が、再び回転を始めた。


 凪は割れた。


 だが嵐が来る。


 その前触れのように、遠くでサイレンが鳴っていた。


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