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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
炎上配信者の再始動

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16/23

静かな中心



 違和感は、音から始まった。

 七瀬はいつものように配信を開始する。


「こんばんは」


 その一言。

 コメント欄が、揃う。


《こんばんは》

《こんばんは》

《こんばんは》


 それ自体は珍しくない。挨拶の反射だ。

 だが、問題は“速度”だった。


 送信タイミングが、ほぼ同時。

 0.3秒以内の集中。

 しかも文面の揺らぎが極端に少ない。


 絵文字がない。

 顔文字がない。

 句読点すら、ない。


 ただ、整然と。


《こんばんは》


 七瀬は一瞬だけ、息を止めた。

 気のせいだと思う。

 昨日も似たようなことはあった。


 零に指摘されてから、少しだけ意識してしまっている。


「今日はね、雑談だよ」


 微笑む。

 コメントが流れる。


《雑談》

《落ち着く》

《安心》


 “安心”という単語が、じわりと広がる。

 まるで、水面に落ちた一滴のインクのように。


 七瀬は喉を鳴らす。

 自分の鼓動が、ゆっくりになっているのが分かる。


 カメラの前に座ると、いつもより体温が均一に感じる。

 熱いところも、冷たいところもない。


 凪いでいる。


「零、見てる?」


 冗談めかして言う。

 返事はない。


 だが視聴者数は伸び続けている。


 十五万。

 十七万。

 二十万。


 海外アカウントの比率が、さらに増えている。

 翻訳もない。

 特別な演出もない。


 ただ、座って、話しているだけ。


 なのに。


 視聴維持率が九割を超える。


 七瀬は水を飲む。

 喉を通る感覚が、やけに鮮明だ。


 コメント欄が静かに動く。


《水》 《ゆっくり》 《落ち着く》


 水を飲んだ直後に、“ゆっくり”が増える。


 七瀬は、無意識に動作をゆるめている。

 呼吸が深くなる。

 肩の力が抜ける。


 すると、コメントも同じテンポになる。


 ――同期している?


 頭の奥に、小さな疑問が生まれる。


 七瀬はわざと、少し早口で喋ってみる。


「そういえばさ、この前ね――」


 コメントの速度が上がる。

 文の長さも増える。

 議論めいたやりとりが、少しだけ生まれる。


 だが。


 七瀬が笑うと、収束する。


《安心》 《落ち着く》 《均す》


 “均す”。


 その単語を見た瞬間、七瀬の背筋が冷える。


 自分が使い始めた言葉だ。

 零を止めるために。

 あの夜、涙の中で。


 今、それが世界規模で広がっている。


「……やめよっか」


 ぽつりと呟く。


 コメント欄が一瞬、止まる。

 わずかな空白。


 そして。


《どうして?》 《大丈夫だよ》 《落ち着いて》


 まるで、七瀬をなだめるように。


 七瀬は息を呑む。


 なだめられているのは、どっちだ。


「今日はここまでにするね」


 配信終了ボタンに指を伸ばす。


 その瞬間。


 視聴者数が、さらに跳ね上がる。


 二十五万。

 三十万。


 終わらせようとしたタイミングで、増える。

 引き止めるように。


 七瀬の指が、止まる。


 コメント欄。


《大丈夫》 《安心》 《ここにいるよ》


 ここにいるよ。

 誰が。


 七瀬は、ゆっくりと配信を切った。


 暗転。

 リングライトだけが残る。


 部屋は静かだ。


 なのに。


 鼓動が、自分のものではない気がする。


 七瀬は胸に手を当てる。


 ドクン。

 一定。


 ドクン。

 一定。


 まるで、メトロノーム。


「……変」


 鏡を見る。


 笑っていないのに、口角が少し上がっている。

 遅れて下がる。


 タイムラグ。


 七瀬は思わず一歩下がる。


「零」


 隣の部屋に向かって呼ぶ。

 返事はない。


 零は今日は外出している。


 一人だ。


 静かすぎる。


 スマホを開く。


 SNSのトレンドに、自分の名前。

 その下に。


均す


 世界各地で同時使用。


 炎上ワードの使用頻度が、顕著に低下しているグラフ。

 極端な意見の投稿率が、昨日比で三割減。


 だが同時に。


 新規タグの誕生数も減少。

 挑発的なコンテンツが伸びなくなっている。


 七瀬の配信時間帯と、相関が一致。


「……私?」


 喉が渇く。


 自分の存在が、データに影響している。


 零が言っていた。

 “削っている”と。


 その時は、反発した。

 優しい方がいいと、思った。


 でも。


 これは。


 優しさか?


 七瀬は、わざと嫌な言葉を検索する。


 過激なワード。

 煽り。

 罵倒。


 表示される投稿が、少ない。

 残っているものも、勢いが弱い。


 タイムラインが、穏やかだ。

 静か。

 整然。


 まるで。


 水面に石を投げても、波紋が広がらない湖。


「違う」


 七瀬は首を振る。


 これは偶然。

 トレンドの周期。

 アルゴリズムの変化。


 自分のせいじゃない。


 その時。


 通知が鳴る。


 海外の大手メディア。


《“The Calming Streamer” – 世界を落ち着かせる存在》


 記事の中に、自分の名前。

 グラフ。

 統計。


 “Global Emotional Stabilization”


 七瀬は、スマホを落とす。


 床に当たる鈍い音。


「……やだ」


 呟く。


 自分が世界を落ち着かせている?


 それは、良いことのはずだ。

 争いが減る。

 炎上が減る。

 誰も傷つかない。


 なのに。


 胸の奥が、冷たい。


 七瀬は目を閉じる。


 心を荒らしてみようとする。


 怒りを思い出す。

 零とぶつかった夜。

 怖かった感情。

 必死だった自分。


 だが。


 波が立たない。

 思い出が、平坦。

 色が薄い。


「……何で?」


 涙が出ない。

 泣きたいのに。


 感情が、均されている。


 自分の中まで。


 その瞬間。


 背筋に、ぞわりとした感覚。


 もし。


 自分が中心なら。


 この凪は、世界だけでなく。


 自分にも及ぶ。


 七瀬は、ゆっくりと立ち上がる。


 配信機材の前に座る。

 電源を入れる。


 カメラが起動する。


 まだ配信は始めない。


 ただ、レンズを見る。


 黒い円。

 吸い込まれそうな穴。


 そこに映る自分。


 整った顔。

 揺れない瞳。


「……私、怖い」


 小さな声。


 言葉にした瞬間。


 胸の奥に、わずかな波が生まれる。


 怖い。


 その感情だけが、かろうじて残る。


 七瀬はスマホを掴む。


 零に電話をかける。


 呼び出し音。


 一回。

 二回。


「もしもし」


 零の声。


 その瞬間。


 均されかけていた心が、少しだけ揺れる。


「零」


 声が震える。


「私……」


 沈黙。


 言葉が詰まる。


「どうした」


「変」


 短い言葉。

 だが本音。


「何が」


 七瀬は鏡を見る。


 笑っていないのに、笑っている顔。

 遅れて、表情が動く。


「私、みんなを落ち着かせてる」


「知ってる」


「でも」


 呼吸が浅くなる。


「自分も、落ち着きすぎてる」


 電話の向こうで、零が息を呑む気配。


「感情が、平ら」


 やっと出た言葉。


「怒れない」

「泣けない」

「嬉しいのも、薄い」


 胸が締め付けられる。


「零」


 初めて、はっきり言う。


「私、中心になってる」


 沈黙が落ちる。

 重い。


 だが逃げない。


「助けて」


 その一言は。


 均されなかった。


 震えている。

 本物の揺れ。


 零の声が、低く響く。


「待ってろ」


 短い返答。


 通話が切れる。


 七瀬はその場に座り込む。


 部屋は静かだ。

 世界も、静かだ。


 だが今。


 七瀬の胸の奥に、小さな波がある。


 怖い。

 消えたくない。

 全部を平らにしたくない。


 尖りが、痛みが、欲しい。


 涙が、やっと一粒だけ落ちる。


 床に染みる。


 小さな波紋。


 広がらない。


 だが確かに、揺れた。


 七瀬は、その波を見つめながら呟く。


「均されたくない」


 外で、足音が近づく。


 零が帰ってくる。


 世界が凪いでいる中で。


 初めて。


 七瀬の中だけが、揺れていた。


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