第三点
最初の異変は、数値だった。
翌朝。
零の配信アーカイブの再生数が、不自然に伸びている。
海外比率が急増。
同じ時間帯、同じ秒数で再生が止まり、戻り、繰り返されている。
七瀬が画面を覗き込む。
「切り抜き?」
「違う」
零はスクロールする。
コメント欄に混じる、短い英単語。
《align》 《vector》 《synchronize》
理論用語。
七瀬が眉をひそめる。
「何これ」
「分析されてる」
その瞬間。
通知。
ライブ配信開始。
配信者名:tri_axis
視聴者数、開始三十秒で一万。
異常な伸び。
零と七瀬は顔を見合わせる。
再生。
画面は暗い。
中央に白い点が三つ。
やがて声が響く。
『こんばんは、零』
変声機。
性別不明。
だが若い。
『そして七瀬』
七瀬の指が止まる。
「……私の名前」
コメントが爆発する。
《誰?》 《何者》
『実験、見たよ』
三つの点が、ゆっくり動く。
『君たちは干渉を起こした』
線が引かれる。
三角形。
『二点は不安定だ』
声は穏やかだ。
『だが三点なら、固定できる』
零の背中が冷える。
「設計してる」
七瀬が小さく言う。
tri_axisは続ける。
『単語は、選び方が甘い』
画面に文字が浮かぶ。
静か
強い
止まる
『抽象度が高すぎる』
三角形が回転する。
『だから融合する』
零は黙って聞く。
理屈は正しい。
『単語は“方向”だ』
白い点が増える。
無数の点。
『揃いは“ベクトル”』
線が一斉に伸びる。
『ならば、設計できる』
七瀬が息を呑む。
「まさか」
tri_axisが言う。
『今から、やってみよう』
零が叫ぶ。
「やめろ」
だが向こうは止まらない。
『単語は三つ』
画面に浮かぶ。
固定
圧縮
内側
零の血の気が引く。
「七瀬、配信切れ」
「もう遅い」
視聴者数が五万を超える。
tri_axisのコメント欄が一色に染まる。
《固定》 《圧縮》 《内側》
揃いが速い。
異常な速度。
「ボット……?」
「違う」
零は理解する。
設計されている。
事前に。
外の空気が変わる。
屋上ではない。
今は教室。
だが窓ガラスが、内側へわずかに歪む。
「圧が……」
七瀬の声が震える。
耳鳴り。
鼓膜が内側へ押される感覚。
スマホの画面が微細にひび割れる。
『ほら』
tri_axisの声。
『三点目が入ると、安定する』
違う。
安定ではない。
閉じ込めている。
教室のドアが開かない。
内側に圧がかかっている。
誰かが叫ぶ。
「開かない!」
窓も同じ。
内側に吸われるように固定。
七瀬が零を見る。
「これ、私たち狙いだよね」
「中心を潰す気だ」
tri_axisが笑う。
『君たちは象徴だ』
三角形が完成する。
『象徴は、崩れた方が拡散する』
圧が強まる。
息が苦しい。
零は歯を食いしばる。
「七瀬」
「うん」
「同時にやる」
七瀬がうなずく。
「単語は?」
零は即答する。
「“外”」
七瀬は一瞬考え、
「“解く”」
二人同時に配信を開始する。
tri_axisの流れに割り込む。
「単語は“外”!」
「“解く”!」
コメントが割れる。
《外》 《解く》
三方向衝突。
教室の空気が震える。
内側への圧と、外へのベクトルがぶつかる。
窓ガラスが悲鳴を上げる。
七瀬が叫ぶ。
「揃えて!」
視聴者が迷う。
tri_axisが静かに言う。
『無駄だ』
《固定》 《圧縮》
再び強まる。
零はカメラに顔を近づける。
「死ぬぞ」
低い声。
「このままだと、ここにいる全員が死ぬ」
沈黙。
コメントが止まる一瞬。
七瀬が続ける。
「お願い、外に向けて」
《外》 《外》 《外》
流れが変わる。
圧が緩む。
窓ガラスが外へ弾け飛ぶ。
爆発音。
風が一気に流れ込む。
ドアが開く。
圧が抜ける。
零は膝をつく。
耳鳴り。
視界が揺れる。
tri_axisの画面。
三角形が崩れる。
『……なるほど』
声がわずかに楽しげだ。
『抵抗するか』
通信が切れる。
教室は混乱。
割れたガラス。
泣き声。
だが死者はいない。
七瀬が零の肩を掴む。
「今の、わざとだよね」
「ああ」
「殺せた?」
零は答えない。
可能だった。
設計が完成していれば。
スマホが震える。
偏差。
『確認した。』
『あいつは何だ』
『設計者だ。』
短い沈黙。
『第三の中心は、感情で動いていない。』
零は立ち上がる。
割れた窓の向こうを見る。
街は何も知らない顔で動いている。
七瀬が呟く。
「三角形、完成させる気だよ」
零は小さく言う。
「なら、潰す」
その瞬間。
零の配信に、非通知のリクエストが届く。
差出人:tri_axis
メッセージは一行。
『次は公開実験だ。』
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