推しの顔面は凶器、発言は狂気
「……今、なんと申した?」
魔王ゼノスの声が、低く、地を這うように響いた。
森の空気が一瞬でマイナス40度くらいまで冷え込んだ気がする。
私は、自分のパジャマ(毛玉付きのスウェット)の裾をぎゅっと握りしめた。
ここで引いたら、私の人生は「階段から落ちて変死」という中途半端なところで終わる。それに何より、目の前の推しが一年後に塵となって消えるのを黙って見てるなんて、オタクの風上にも置けない。
「ですから! あなたは一年後、この世界に現れる『勇者』に心臓を貫かれて死ぬんです。あ、ちなみにその勇者、いま隣国の王立学校で『最近、急に魔力が目覚めたんだよね』とか言いながらモテまくってる時期ですよ」
ゼノスが細い目をさらに細めた。その瞳に宿る殺気が、物理的な圧力となって私を襲う。
……ひえ、かっこいい。死ぬほど怖いけど、死ぬほど顔がいい。
「未来を知る者か、それとも狂人か……。どちらにせよ、これ以上生かしておく理由は——」
彼がゆっくりと右手を上げた。その指先に、ドス黒い魔力の渦が収束していく。
死ぬ。今度こそ死ぬ。
私は反射的に、人生二度目の全力叫びをかました。
「待って! 証明できます! あなた、右の腰のあたりに三日月型の痣があるでしょ! あと、冷酷なフリしてるけど実は寝る時に動物の毛皮がないと落ち着かないし、本当は甘いベリーのタルトが大好きなんですよ!!」
ピタッ、と。
魔王の動きが止まった。
指先の魔力が霧散し、静寂が訪れる。
ゼノスの顔が、見たこともないほど複雑に歪んだ。驚愕、当惑、そして……かすかな羞恥。
「……なぜ、それを」
「設定資料集で読み込みました。……あ、いえ、予知夢です。ええ、予知夢」
嘘ではない。ある意味、画面越しに100回以上読んだ公式設定だ。
ゼノスは無言で私に歩み寄った。
高い。デカい。そして、いい匂いがする(これも公式設定:高貴な香木の香り)。
彼は私の顎をクイッと持ち上げると、逃がさないようにじっと見つめてきた。
「……私の痣のこと。そして、好みのこと。それを知っている者は、この世に一人もいない。死んだ私の母上ですら、知らなかったはずだ」
「それは、その……」
「お前は一体、何者だ? 私の影にでも潜んでいたのか?」
ゼノスの赤い瞳が、熱を帯びたようにドロリと濁る。
あれ? これ、もしかして「怪しい奴め、殺す」じゃなくて、「お前……私をそこまで見ていたのか(ゾクッ)」みたいな、別のスイッチ入っちゃった?
「面白くなった。予言者かストーカーかは知らぬが……その首、私が飽きるまで繋いでおいてやろう」
「えっ、あ、ありがとうございます……?」
「城へ連れて行く。お前の言う『未来』とやら、一から十まで全て吐き出してもらうぞ。……逃げようなどと思うな。お前のことは、毛玉の数まで把握したからな」
魔王様、私のパジャマの劣化具合まで見ないでください。
こうして私は、不在票を手にすることなく、推しの魔王様に(物理的に)捕獲された。
しかも、なんだか彼の手が私の腰を抱きしめる力が、さっきよりやけに強い気がするんですけど!?
「あ、あの、魔王様? ちょっと近すぎませんか?」
「黙れ。逃げられたら困るからな……私の『運命』を握る女よ」
あ、これ、死ぬルートは回避できそうだけど、別の「重すぎる愛」ルートに突入した音がした。
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