第五話 偽りの笑顔
「晴明…!!晴明!!?」
「……う」
目を覚ませば、視界には顔色の悪い緋奈菊が涙を滲ませて、こちらの顔を覗き込んでいた。
緋奈菊だけでなく、うち専属の医者や侍女侍従らも皆口々に「坊っちゃん」「晴明様」と慌てた様子。
皆の心配そうな眼差しと、寝室に移されたことから察するに、余程の事が俺を襲ったらしい。
と思いつつも、慣れない場所で奥義なんて使用したからだと自負はしている。
「でも、緋奈菊が無事で…何よりだ」
はははと掠れた笑いで、見栄を張って笑顔で取り繕うもどこか意識が遠い。
初めての感覚に、違和感は感じている。
俺はそれを知っているのに、知らないふりをしてしまった。
どうやら、俺は半日程昏睡状態だったものの、身体の異変は一切見られず、医者も施しようがないため皆で頭を抱えていたらしい。
「ところで吉成。じいちゃんばあちゃんには、このこと言ってないな?」
俺ら一族をよく知る、この屋敷で一番古くから勤めている、60代の侍従に確認を取る。
「ええ…ですが坊っちゃん。お祖母様お祖父様を大事になされるお気持ちはわかりますが、お二人以外身寄りがないならば、お話するのが先決であると爺やは思いますぞ……」
「…………だからだ、心配かけたくねぇんだよ。
ヨボヨボな二人の心配する顔なんて、見たくねぇ」
説教くさい吉成にそっぽを向いた先には、緋奈菊がひたすらに俯いていた。
「吉成。ゆっくり休みたいから、皆に席を外してもらえないか?心配かけた中、悪いんだけどさ」
長年の付き合いの感で何かを察した吉成は、「あとはお若い二人に任せて…」などという爆弾発言と、何とも言い難い羞恥心を俺らに残して寝室を後にした。
シンーー、と空気が重くなる。
先に切り出したのは、俺だった。
「緋奈菊、仕事は…?」
「有給とったよ………」
有給を取らせるほど、俺は彼女に心配をかけてしまったのか。情けない、不甲斐ない。
そもそも、緋奈菊が眠れなくなった原因は、俺の歪んだ思いが呼び寄せた、意識の集合体の可能性が極めて高い。
お前が、そんなに思い詰める理由がないんだ。
そう言ってやりたいのに、いざとなると嫌われたくない、などという自分勝手なエゴの塊が邪魔をする。
「そうか……、心配かけて悪いな。お前を助けなきゃいけないのは、俺の方なのに」
「晴明は、悪くない!!私がお願いしたから……。
もし、晴明に何あったらどうしようって……心配で、不安で。すごく怖くて」
緋奈菊の声が震えて、嗚咽に耐えようとすれば籠もった悲痛な音が喉を鳴らす。
俯いたまま、握りしめられた小さな拳に、大粒の涙が一つまた一つと溢れ落ちた。
耐えられない。
そんな風に緋奈菊は立ち上がると、振り返りもせずに足早に出て行こうとする。
いつもと様子がおかしいと思い、すかさず腕を掴んでも、振り払われてしまう。
「もう、金輪際会わない。
迷惑もかけない。ごめんね、晴明」
「……いや!待て!そこまで責任感じる必要ねーよ!こうして、ピンピンしてるだろ?…ッな!」
この時の俺は、思いもしなかったのだ。
それ程までに、緋奈菊が抱えていた心の闇が大きかったこと。そして、今回の件を想像以上に自責していたこと。
それ以来連絡は一切途絶えてしまい、実家にも音信不通とのこと。会社も辞職しており、行方が全く追えなくなった。
俺は、ただただ悔いる事しかできない。
なんとしてでも、見つけ出さなければ。
見つけ出して、お前は悪くないと、しっかり伝えなければ。
昼は、陰陽師関係の依頼をこなし夜は、緋奈菊を式神で捜索する日々を送った。
緋奈菊の親御さんにも、事情を説明し警察には届出を出さぬようにと釘を刺した。
「俺が必ず、見つけ出します」
諦めない、絶対に。
そう思って、三日目が過ぎようとしていた。
二つの県境を、超えた先。
空を閉ざすものは一切ない、透き通った空気に山や田畑に囲まれた田舎の景色は、目にも心にも優しく感じた。
一つのメモを頼りに、とある農家民宿を営むご夫婦の元を訪ねた。
奥さんの方が、気持ちの良い笑顔で、素性のわからない俺にお茶と茶菓子でもてなしてくれる。
あぁ、安心した。こんな、いい人なら安心だ。よかった。
「あらやだ……!イケメンなお兄さんが、どうしてこんな田舎に?貴方も、自分探しの旅?」
「なぜ、そう思われるんですか?」
「………。
ここだけの話、思い詰めたような雰囲気の女の子がね。自分探しの旅で、うちの民泊を利用してくれているのよ。
今の若い子達は、きっと人にも言えない深い悩みを抱えているのよね……」
「そうですね。でも、自分が思っているよりも、世界のどこかにはお前のことを愛している人が、待ち望んでいる人が、居ることを知って欲しいですね、俺は」
「あらぁ!!上手いこと言うじゃない!!」
「本心ですよ?その女の子を、迎えに来たんで」
にっこりと、笑って見せる。
上っ面に、貼り付けた常識。
善良な奥さんに本心を悟られぬよう、いつもの俺のように浮ついた言葉を選ぶ。
しかし、全て本心だ。
お前へのこの気持ちは、全て。
「もう、かくれんぼは終わりだぞ。緋奈菊」




