君のことは政略結婚で、愛すつもりなどないと言った年下夫がなぜか溺愛してくる件について
当たり前だけれど貴族の結婚は政略だ。
家名存続のため領地発展のため、あるいは権力への階をのぼるために、子を結婚させるのである。
だから、メラント子爵家の長女とはいえ妾腹の私が格上のリリエン伯爵家に嫁ぐというのは少し意外ではあった。
功績のあった部下に下賜されるというあたりがせいぜいだろうと思っていたからね。
もちろん事情があって、その多くは、
「アダルバート様との結婚はお姉様に譲るわ!」
というクソ妹のわがままに起因する。
こいつは昔から私のものを奪ったり、嫌なことを押しつけたてきたりするのだ。
せっかく編んだセーターを完成直後に奪っていって、かわりにと市販品を押しつけてきたり、自分が舞踏会に行きたくないからって、わざわざドレスまであつらえて私を代役として出席させたり。
正嫡だからってわがまま放題なのである。
「……あのねえメイリン。さすがにそのわがままは通らないわよ……」
相手は伯爵家でこっちは子爵家。格下なのだ。
そこの公子の結婚相手として、妾腹の娘を差し出したら礼を失するなんてレベルじゃない。
舐めてると思われて、下手をしたら戦争になってしまう。
「だって、あんな暗い人と結婚するの嫌なんだもん」
「暗いんだ……」
「背中にダークジェネラルを背負ってる感じ?」
「だれよそれ……」
きっとメイリンが創作したモンスターとかそういうやつなんだろうけど。
ともあれ、彼女はアダルバート公子と面識があるということらしい。宮中学術院の同期なんだそうだ。
ともに十六歳だから、釣り合いは私よりとれていると思う。
まあ、貴族の結婚なんて二十歳違いとか三十歳違いとかも平然とあるから、花嫁が二歳年上というのはかなり年が近い範囲だけど。
「そもそも、そんな理由で交代とかできるわけないでしょ」
「は! お姉様は私を誰だとおもってるの?」
「わがまま姫」
「ちょっと違うわ! わがまま軍師姫よ!」
わがままの部分は否定しないんだ。
我が妹ながらメンタルがオリハルコン並みだなあ。
「相手にも、お父様にも、向こうの家臣団にも根回し済みよ」
「その行動力とネゴシエーション能力、もうちょっと他に使いどころがあると思うのよ……」
あと、そんだけ根回ししておいて、私には一言の相談もないってどういう了見なのよ。
「サプライズてきな?」
せめて疑問符を外しなさいな。
というわけで、わがままクソ妹のしょうもない策略のせいで私はリリエン伯爵公子アダルバートの元に嫁ぐことになった。
外側だけみれば、すごい良縁に恵まれたという話になる。
周囲の反対もなく祝福されて伯爵家の公子に嫁ぐのだから。
ただ。メイリン筋の情報によると、ダークジェネラル並に暗い人だというから、そこが少し不安ではある。
あまりに陰に籠もった人間嫌いだと、夫婦の義務も果たせないのではないか。
貴族の結婚は、血を残すこともものすごく重要になるからね。結婚して何年も子供ができなかったら、夫婦揃って大変な非難に晒されてしまう。
「お初にお目にかかる、シンシア嬢。僕がアダルバートだ。対面がこんな時期までずれ込んで申し訳なく思う」
礼服に身を包んだアダルバートから挨拶を受けたのは、結婚式当日のことだった。
濃い茶色の髪、それよりやや深い瞳。背丈はそう高くはなく体格もがっしりとはしていないが、鍛え上げられたサーベルのようにきりりと引き締まった印象。一言でいって、もらっていた肖像画以上の美丈夫である。
そして秀でているのは容姿だけではない。
彼は公子という身分ながら、リリエン伯サイサリス閣下の補佐も務めており、多忙を極めているらしい。
宮中学術院で学びながら伯爵の補佐官を務めているわけだから、有り体にいって俊秀である。
そんな人物に花嫁と見込まれ、しかもそれを蹴ってしまうメイリンって、だいぶやばい人なのではないだろうか。
「お初にお目もじいたします、アダルバート閣下。お望みいただけたこと、とても光栄に存じます」
軽くスカートを掴んで一礼する。
するとアダルバートがちょっと渋い顔をした。
「シンシア嬢、結婚の前に言っておきたいことがある」
「なんなりと」
頷きつつ、私はそらきたと思った。
見た感じダークジェネラルとやらを背負っている印象はないが、人は外見では判断できない。
メイリンが暗いと断じていたのは内面的な部分なのだろう。
「まず、僕のことはアルと呼んでくれ。僕も君を呼び捨てにする」
「承知いたしました」
夫婦だからね。嬢だの閣下だのをつけて呼び合うのもどうかと思う。ただ、愛称で呼べとは少しばかり性急な気もするかな。
ぐっと顔を引き締めるアダルバート。
なんというか、敵陣に斬り込む直前の武人みたいな顔だ。
「シンシア」
「はい」
「君のことは政略結婚で愛すつもりは一切ないから、そのつもりでいてくれ」
「承知しております」
言い放たれた言葉に低頭する。
わざわざ宣言されるまでもないんだけどね。
政略だから愛するつもりはないなんて。
正直、貴族の夫婦にはいくらでもいる。
私とアダルバートの結婚だって、結婚式当日にはじめて顔を合わせたくらいなのだ。愛を育む余地なんてどこにもない。
リリエン伯爵家とメラント子爵家の双方に利益があったから婚姻が結ばれた。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
好きでもない相手と夫婦生活を送り、周囲には仲睦まじく振る舞って見せないといけないなんて、普通に考えたらちょっとした地獄だろう。
だからこそ貴族は心の飢えを満たすために、複数の愛人を作ったりするんだよね。
で、私みたいな妾腹の子供が生まれるわけ。
「私のことは気にせず、アル様はご自由に愛人を作っていただければ思います。嫉妬して意地悪などいたしませんので」
「あ……」
困ったようなな顔でアダルバートが頭をかく。
「そう解釈されるのか……しまったな……」
なんか聞こえない声でぼそぼそ言ってるし。
「アル様?」
心配して声をかけるも、ぶつぶつ呟きながら部屋を出て行ってしまった。
なんだこのダークジェネラル?
何考えてるのか判らないぞ。
結婚式は滞りなく終わった。
お葬式もなんかもそうだけど、こういうのは手順が決まっているからね。よほどのことがない限りつつがなく終わるよ。
昔の婚約者が突然式場に乗り込んでくるなんて珍事は、そうそう滅多に起きない。
結婚式のあとは初夜とかあるけれど、さすがにここは割愛させて欲しい。
ぺらぺら喋るようなことじゃないしね。
ただまあ私もちゃんと覚悟はしていたんで、痛がる以外の抵抗はしなかったとだけ言っておきます。
で、そのへんはべつに良いんだ。
良くないのは、アダルバートの態度なのよ。
あのダークジェネラル、愛する気はないとかほざいたくせに、やたらと私にかまってくるんだ。
学業と執務で多忙を極めているはずなのに、足繁く私の居室を訪れる。
「シンシア。入って良いかな」
ノックと同時に声がかかる。
ほら、今日もきた。
朝からきた。
自分の奥さんの部屋に行くのにいちいち使いを立てる人はいないと思うんだけど、だからといって容儀が軽すぎ。
居留守を使ってやろうかと思ったけど、永遠に扉を叩き続けられても迷惑だし。
「どうぞ、アル様。あなたに向けて閉ざすドアを、私は持っておりませんよ」
「おはよう、シンシア」
「うげ」
私が言い終わるより早く入ってきたアダルバートを見て、思わず変な声を出してしまった。
彼がまとっているセーターに見覚えがありすぎる。
数年前、私が父に編んであげたやつで、完成直後に妹に奪われたというエピソードのあるしろものだ。
あと、中年の父のためのものだから、色使いが十六歳の若君にはまったく似合ってない。
「アル様……それは……?」
震える手で指をさす。
「すごいだろ? とある筋から入手したシンシア手作りのセーターだ」
ほほう?
とある筋とな?
「……そおですか……」
私はゆうらりと立ち上がり、壁に飾ってあった装飾用の剣を手に取った。
「……よし」
「よしじゃない! なにをするつもりだシンシア!」
アルバートが私を羽交い締めに制止する。
「あのクソ妹を叩き斬って、腐りきった目に首のない自分の姿を見せつけてやりますわ!」
「おちつけって! その剣はただの飾りだから! 人どころかタマネギも切れないから!!」
「アル様! メイリンをかばうんですか!」
「ひとこともかばってないじゃないか!」
紆余曲折はあったが、私はソファに腰掛けて事情をきくことになった。
といってもたいした事情なんかない。
メイリンが隠し持っていた私の編んだセーターを、アダルバートが高値で買い取ったというだけの話だ。
平民階級の年収分くらいふんだくられたらしい。
なんて阿漕な商売をしやがるんだ、あのクソ妹は。
「そもそも、どうしてアル様はそんなものを買い取ったんですか?」
「シンシアの手作りというのに興味があったんだ」
貴婦人たちには刺繍などの手仕事を趣味にしている人が多いけれど、セーターやマフラーなどの実用品を作ることはあんまりない。
そういうのは仕立屋に頼んだ方が、ずっと立派なものを作ってくれるからね。
部屋着にするならともかく、貴族が手編みのセーターを着て外出なんてできるわけがないもの。
これだって、冬の執務室が寒そうにしていた父のために編んだものだ。
屋敷の中くらいでしか着れない。
まあ、父は袖を通すことなくメイリンに奪われてしまったわけだけど。
「正直、あまり似合ってないですよ。色合いが中高年の方に向けたものですもの。アル様には別のものを編みますね」
「本当だな? 言質を取ったぞ」
なぜか念を押してくる。
「あまり期待しないでください。しょせんは素人の手仕事なんですから」
私の言葉にまたまた難しい顔をするアダルバートだった。
プロ並の技術があるわけではないのです。
「……そういうことではないのだがな」
そしてやっぱり聞こえないくらいの小声でなんか言ってる。
この人、頻繁にそういうことがあるのだ。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
そして明くる日、私は毛糸だのなんだのを買おうと町に出ていた。
市場を冷やかしながら歩いていると、ものすごい勢いでアダルバートが走ってくる。
全力疾走だ。
帯剣までして、護衛の兵士を二人も連れて。
何か凶事でもあったのかと足を止めて待つ。
「シンシア!」
「アル様、なにかあったのですか?」
「なにかじゃない! だまって屋敷からいなくなるなんて! 誘拐されたのかと思ったじゃないか!!」
「ええぇぇぇ……」
怒られた。
私、怒られた。
子供じゃないんだから、一人で買い物くらいいける。護衛をつけるとか行き先を告げておくとか、貴人じゃあるまいし……。
と、考えたところで、はたと気がつく。
そういえば私、貴人の仲間入りしていたんだった。
子爵家の令嬢と言っても妾腹、という立場から、伯爵公子の奥方、に。
たしかに誘拐などの心配がある立場でした。
「申し訳ありません、アル様。つい今までのクセでふらっと出てしまいました」
「頼むってシンシア。寿命が五年は縮まったよ」
大げさな。
でもまあ、心配をかけたのは事実だ。
しおらしく頭を下げる。
「これからはちゃんと屋敷の方に付き添いをお願いするようにします」
「ダメだ。常に僕が一緒に行く」
「アル様いそがしいじゃないですか」
「妻のために割く時間がないくらい忙しい仕事なら、そんな仕事はくそくらえだ。とっとと辞めてしまった方が良い」
うっわ。
天下の往来できっぱり宣言しちゃったよ。
時ならぬ寸劇に驚いていた群衆が、誰からともなくアダルバートに対して拍手を始めた。
男の中の男だとか、うちの亭主に爪の垢でも煎じて飲ませたいとか、喝采つきで。
なるほどね。
これもまた政略か。
見事な人気取りだ。
貴族に平民からの人気は必要ないと主張する人もいるけれど、嫌われるより好かれた方が良いのはたしかだからね。
「ではいこうか。シンシア」
「はい。アル様」
軽く開いたアダルバートの腕に、私は自らのそれを軽く絡める。
民衆がほうと息の飲むのを視覚以外のもので捉えながら。
礼儀作法も完璧なんだよな、この公子さまは。
「見事に人心掌握しましたね、アル様」
相手にだけやっと聞こえる声で話しかけた。
ちらりとこちらを見たアダルバートの顔は、いつものなんともいえない微妙な表情である。
「……で、何を買いにきたんだ?」
言葉の前に、なぜかため息を挿入したりして。
たまにというか、頻繁に謎行動を取るよね。この人。
「アル様に編むセーターの毛糸をと思いまして。考えてみれば、一緒に行くのは正解かもしれませんね。好みの色とかきけますし」
にっこりと私は笑ってみせる。
若草色と白をベースにして、初々しさと優しさが同居したような良い感じのセーターが完成した。
アダルバートも気に入ってくれて、屋敷での執務の時はいつも着用しているようだ。仮定形なのは、私が執務室には入らないから。
そこはね、家族といえども踏み込んで良い場所じゃないから。
「シンシアは慎み深いな。あれの母親などは執務室だろうが宮中だろうがぐいぐいきたものだ」
一日、サロンでお茶を飲んでいたら、義父のサイサリス・リリエン伯爵がひょこっと顔を出し、同席することとなったのだ。
あれっていうのは、もちろん私の夫であるアダルバートのことね。
「お義母さまってそんなに積極的だったんですか?」
楚々とした貴婦人って印象なんだけど、人というのはわからないものだ。
「私がモテモテだったから、心配だったんだそうだよ」
自慢たっぷりに美髯をしごいている。
アダルバートがそりゃもう美丈夫だもの、父親のサイサリス卿の男っぷりだってなかなかのものだ。
奥方としては浮気しないかと心配だろう。
平民だったらね。
貴族の結婚なんて政略だもの、浮気もへったくれもない。愛情に基づく恋愛結婚なんて夢物語でしかないのだ。
だから結婚は形だけで、夫婦ともに愛人がいるなんてケースは珍しくもなんともないのである。
「シンシアも、もっとぐいくい行っていいんだぞ」
「私のような身分の者はあまり破天荒な真似はできませんよ」
軽く肩をすくめてみせた。
子爵家の令嬢といったところで伯爵家からみたら格下だし、そもも私自身が妾腹だからね。
日陰者とまではいわないけれど、なにか粗相をしたらこれだから下賤の出はって後ろ指さされること万に一つも疑いない。
「堅いな」
「お父様が柔らかすぎるのではありませんか?」
良い人なのは事実。
伯爵閣下も令夫人も、私にすごく良くしてくれる。
気安すぎる部分はあるけど。
「ちなみに、あれが仕込まれたのも執務どぶらぐ!?」
セリフの途中で、突然背後に現れたアダルバートにチョップされ、椅子ごとひっくり返るサイサリス卿。
私は目が点だ。
ちょっと事態についていけない。
「妻にちょっかいを出している悪漢がいると聞いて飛んできたら、なんと父上だったのですね」
はっはっはっと笑いながら、父親の背中を踏みつけてるし。
「ちょっとアル様……」
あまりの仕打ちに制止しようとしたその瞬間、サイサリス卿がアダルバートの足首を掴み、くるりと返した。
「へぶっ!?」
顔面から床にたたきつけられるアダルバート。
い、痛そう……。
「やりやがったな小僧。来年の今日がお前の一周忌だ」
「いってろクソ親父。来年の今日を僕の伯爵就任一周年にしてやる」
取っ組み合いが始まってしまった。
なんだこれ?
「奥方様、ここにいると巻き込まれます。お部屋に避難しましょう」
「いや、ちょっと待って。二人を止めないと」
私の腕を掴んだメイドに抗議する。
私のことより当主と公子のケンカを止める方が先でしょうが。
「いつものじゃれ合いです。おなかがすいたらやめるでしょう」
ひっどい言い草ですね!
いまさらなんだけど、すごいところに嫁いじゃったなぁ。
妹から手紙がきた。
内容としては他愛もない近況報告がほとんどだったけど、なにやら頼み事があるという旨の記述もあった。
近々、リリエン伯爵領を訪れるらしい。
「またか……」
昔から頼み事が多いというか、なんでも私のものを欲しがるのだ。
服でもお菓子でも小物でも。
今度は何をよこせといってくるのやら。
「いまさらになってアル様を私に譲ったのが惜しくなったとか」
譲ったのではなく押しつけたのだが、メイリンの中では譲ったことになっているはず。
でも、さすがにここから花嫁交代ってわけにはいかない。
顔を潰すなんてレベルじゃないからね。
「まあいいわ。私から奪ったセーターをどうして転売したのか、責任のアル説明をしてもらわないとね」
にやりと笑った私は手紙を丁寧に折りたたみ、机の引き出しにしまうのだった。
結婚して三月あまり、クソ妹とはいえ家族の顔を見るのも悪くないなどと考えながら。
窓の外に目を向ければ、庭の木々にも青々とした若葉が芽吹いていた。
遅い春の訪れを告げるように。
おわり
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なにとぞ! なにとぞ!!




