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もう一人の副隊長、ヒース

 アドラルド王城の大広間に座したパラギア帝国の皇太子、グレアム・ローレンツは、次々と報告される自軍優勢の戦況を聞きながらも、その顔は硬く強張っていた。グレアムにとってこの戦いが初陣であったことや、約定に違反して同盟国を侵攻するという掟破りに対する緊張からくるものではない。今回の侵攻目的の一つとの邂逅に向け、彼は緊張を高めていた。


 ダルテ隊副隊長の一人、常人の二倍はあろうかという肩幅をした恰幅のいい禿頭(とくとう)の男――ヒース・デアロングが戦況報告を途中で遮ったのも、グレアムの異変を感じ取ったからであった。


「皇太子殿下、どうかなさいましたか。ご気分が悪そうだ」

「少しな。不安があってね」


 ヒースはつるつるの頭を右手で撫でながら、


「はあ、ご安心くださいな。王城は制圧し、王都の兵の方も、まもなくマルルカが制圧しましょう」

「そちらは信頼している」

「でしたら何を……ああ、扉のことですか」


 ようやく、ヒースはグレアムの心配事に思い至った。アドラルド王国が有する、”ナルフィアラル<死者を伺う者>”と名付けられた扉のことに。


「心中お察しします。話を聞く限り、この国でも扉を御しきっているわけではなさそうですからな」


 パラギアを発つ前、軍略会議の際に聞いたナルフィアラルの話を、ヒースは思い出していた。


 ”ナルフィアラル”——。それはこの世のどこかなのか、あるいはこの世ですらない恐ろしい場所——魔境と繋がっていると噂されている扉である。その扉はアドラルド王国の建国史とも深い関連があり、アドラルドの初代国王はナルフィアラルを通り、魔境から帰還してきた者だと言われている。


 そして、その扉はアドラルド王国が建国以来厳重に管理し、アドラルド王国では重罪人をナルフィアラルを通じて流刑にしている――それが、パラギア帝国をはじめとした周辺諸国が有している情報だった。もっとも、管理していると言えば聞こえは良いが、実態は扉を開けて重罪人を扉の先へ放り出すだけであり、扉を通ったが最後、帰ってきた者はいないと聞く。


 グレアムが、眉をひそめて唸る。


「扉の先には何があるのか、何が居るのかも分からない。そんなものは、躾けられていない猛獣を放し飼いしているようなものではないのか。いつか、飼い主の喉元を食い千切るかもしれん」


 グレアムの考えには、ヒースも同感だった。アドラルドにおける、得体のしれないものを重罪人の処罰に用いる倫理感の欠如、そして得体のしれないものを得体のしれないままに放置しておく思考の欠如が信じられない。

 依然として表情を曇らせているグレアムを見て、不意に、彼を奮起させねばという思いに駆られた。


「猛獣ならお任せを。わたくしは大型の四足獣を素手で叩きのめしたことがあります。そやつの牙は鋼をも貫くと言われたものです。対峙した奴めは、わたくしの尻に嚙みつきましてな。しかしながら、尻すら鋼の様に鍛えております故、すこし跡が残る程度で。よければお見せしましょう。たしかこのあたりに……」


「見せずともよい、信頼しているよヒース。君の尻も含めてな」


 鎧を脱ごうと手をかけ始めたヒースを、グレアムは苦笑いしながら制した。


「左様ですか。それでは、またの機会にお見せすることとしましょう」


 と言いながら、ヒースは、手で自らの頭を撫で回した。


「それで、扉は見つかったか」

「現在、部下に王城内を捜索させております。まもなく見つかるかと」

「よろしく頼む」


 扉の状況を訊ねる言葉とは裏腹に、ヒースには、扉が見つかっていないことにグレアムが安堵しているように見えた。


 もし王城にナルフィアラルが無いとすれば、今回の作戦目標はアドラルド王国の王都制圧のみとなり、こちらはほぼ完遂に近い状況にある。扉という不安要素と直接対峙する必要がなくなるという点で、ヒースはグレアムの態度が理解できた。


 一方、その安堵はじきに、一時のものになり果ててしまうことも、ヒースは理解していた。

 ヒースは先ほど、王城の地下から掘られている洞窟の奥先に、それらしき石造りの巨大な扉を見つけていたのだ。このことは今、ヒースと、ヒース直属の部下が知るのみだった。もしマルルカの知るところになれば、マルルカは持ち場を放棄してこちらに向かいかねない、と考え情報を秘匿していたものだ。

 マルルカは若くして帝国でも七英傑に数えられるほどの剣術の才があるが、いかんせん気分屋であるのが困ると、ヒースは常々思っていた。


 兵士の制圧か、王城の制圧、どちらを選ぶかとマルルカと相談していた時など、まるで見慣れぬ焼菓子に無邪気に興奮する田舎娘のようだった。そして兵士制圧を楽しそうだから、と選択したうえで、ナルフィアラルの調査は先行するなと煩く口出しをしてきたほどだった。


 マルルカが異常なまでにナルフィアラルに執着していることは明らかだった。だからこそ、同じダルテ隊の副隊長と言えど、迂闊に情報を共有することはためらわれた。


「今回の作戦は我がパラギアにとって、帝国全体の戦局を左右する戦局です。無論、扉を見つけ次第、即刻殿下にご報告します」


 ヒースは言っておいてから、僅かばかり後悔してグレアムの表情を伺い見た。才気あるグレアムに対し、作戦の重要性を改めて説くなど、愚かなことをしたと思ったからだ。


「分かっているよ、ヒース。今の我が国には資源が足りない。アドラルド、そして未開拓のナルフィアラルまで手中に収めることが出来れば、我々は今後の戦況を優位に運べるだろう。……君のような副隊長にもさることながら、一般兵にも私の不安が蔓延しないよう、大将らしく振る舞わねばならんな」


 グレアムは乾いた笑いを漏らした。


 やはり、言うも愚かな事であった、とヒースは思う。役立たずの同盟国であるアドラルドの資源、そしてナルフィアラルの資源を手に入れること、この作戦の成否はパラギア帝国の趨勢を左右する。だからこそ、この重要な作戦の指揮が自分に任せられたことを、グレアムは理解している。今はまさに、帝国の帰趨を決める重要な分岐点にあるということも。


 ヒースは、グレアムに頷きを返す。


「皇帝陛下から命ぜられましたのはアドラルドの王都制圧と、ナルフィアラルの調査でございます。この二つの完遂に、全力を注ぐとしましょう」

「そうだな……。すまないヒース。私も、皇帝陛下の信頼に応えねばなるまい」


 グレアムはぎこちない笑みを浮かべて、ヒースを見た。


「その意気ですよ、殿下」


 ヒースもまた、唇がめくり上がるほどに無邪気に破顔して、白い歯を見せた。


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