8 新型エンジン
「・・・なんだこれは?」
俺は、駐機場から見覚えのある会議室に場所を移していた。
見覚えのある会議室のはずなのだが、前回と違い部屋の中にはいくつか物が増えていた。
(黒板・・・・?)
大学の講義で使用するような馬鹿でかい黒板が壁に掛けられている。
そしてルフトバッフェかどこかのメーカーの人間か分からないが、(担当の?)人間が黒板に何やら書き込む構えだ。
レジェメでも黒板に随時書こうとしているのかもしれない。
「いえ、前回のトライアルの際に多くの指示を頂いたのですが、遠くで聞いていた者から内容の確認が多かったもので・・・。今回は総統閣下のご意向があまねく伝わるよう用意させて頂きました」
そうルフトバッフェの将校が答える。
神経質そうな眼鏡をかけた将校だ。
おそらく事務方なのだろう。
(・・・メモを取り忘れたゲーリングにブツブツいわれたのかな)
そんな事をふと思いながら傍らのゲーリングをみると今回はメモ帳をばっちり握りしめている。
まわりの人間を見渡しても皆メモ帳を握りしめていた。
「・・・そうか、まぁ良い。用意したからにはきちっとまとめるように」
そう俺が言うとなぜか黒板の前の人間がちょび髭党式敬礼をしてきた。
「う、うむ」
とりあえず鷹揚に頷いておく。
「・・・、それでゲーリング、トート。エンジンの共同開発の件はどうなっている」
「「・・・」」
ゲーリングとトートがまたもや顔を見合わせる。
「お前たちのにらめっこを見るために場所を移したわけではない。早く言わんか!」
流石に二人のにらめっこを見るのも二度目ともなると、ちょび髭を演じているからではなく普通にイラついてくる。
『ええ加減にせえや』という圧を込めて二人をしかりつける。
「率直に申し上げてあまりうまくいっておりません」
今度のにらめっこに負けたのはトートだった。
「それはなぜかね?」
と一応きいてみるが、その答えはうすうす分かっている。
メーカーにとって技術とは命だ。
戦時ならともかく、一応平時の今この段階で虎の子技術の公開は渋ること間違いないだろう。
「総統閣下。それはこういう事情でございまして・・・。かくかくしかじか」
「トート。それは要するに各企業がまともに協力をしないからではないかね?」
「・・・」
トートは俺にあれこれ言った。
やれ、部品の規格がだとか。
やれ、設計思想がだとか。
だが、結局のところお互い自分の技術を出したがらないだけだろう。
(半年無駄にしてしまったな)
正直これに関しては失敗した。
ちょび髭総統のカリスマ神通力に俺もすがり過ぎていたのだろう。
なまじっかメーカーの自主性にゆだねすぎてしまった。
戦時でもない現時点で、そこまでの自主的協力を求めるのは流石にむりがあったのだろう。
「もうよい。共同開発は中止でよい。」
そう俺が言うと各メーカーの一部の技術者の顔があかるくなる。
『これでようやくもとの体制にもどれる』という安堵が色濃く顔に出ている。
「ただし、ユンカースは軸受けのオイル循環機構について、ダイムラーは加圧冷却システムについて相手の会社に公開すること。それが条件だ。それが守れないならBMWのエンジンにライヒは集中投資する」
『え?』という顔でとびあがるのはBMWの担当者だ。
BMWといえばつい数年前まではV型12気筒エンジン BMWⅥ(倒立ではない!!)で世界でもそれなりの立場を築いていた会社だ。
過給機の開発に失敗したBMWⅨでBMW社は最先端液冷エンジンメーカーとしてはその存在感を一気になくしていた。
そのせいかどうかは俺も知らないが、現在では星形空冷エンジンを精力的に開発している。
今後開発が史実通りにいくなら、星形空冷14気筒エンジン BMW801を開発しライヒの空をまもる一角となるのだ。
「ダイムラー社、ユンカース社の諸君。これはお願いではない。ライヒ総統でありちょび髭党党首でもある私からの命令である。そこを肝に命じるように」
2社の面々をねめつけるように言うと、『『承知いたしました・・・』』とそれぞれの技術者がか細く声をあげる。
ちなみに俺が話している間、ずっと黒板にカリカリと書き込みが順次されている。
そしてその板書の内容を皆メモに映しているのだ。
まるで大学の講義さながらである。
「あぁ、それと過給機は側面ではなくエンジン背面に持ってくるように。モーターカノンの装備は考慮に入れずに良い。」
「「「え?」」」
色んな所から声が上がる。
モーターカノンを設置するべく涙ぐましい努力をしてきたエンジンメーカー一同とシュミット博士が声の発生源だ。
「ラインメタルにきいたら実用化の目処がまだ全然だそうではないか。そんなものを前提に設計するのはやめろ。そんな余裕があるなら1馬力でも高い出力を目指せ!」
「「分かりました」」
そう答えるユンカース、ダイムラーの技術者の顔色は明るい。
これまでの労力が一部無駄になるが、設計上の障害が減るのは純粋に有り難い事なのだろう。
「し、しかしそれではあまりに軽武装になってしまいます」
「ウーデット、それはBf109の話であろう。だからBf109は補助戦闘機だと言っているのだ!だいたい対重爆戦闘は重戦に任せれば良いではないか!」
俺はちょび髭ぶしでウーデットを叱りつけるの
『そんなぁ、、、』と言いたげな顔でシュミット博士が倒れそうになっている。
Bf109の設計構想がひっくり返ってしまうから無理もないだろう。
モーターカノン。
これはライヒの悪い癖がモロに出てしまったブツと言える。
発想は素晴らしい。
プロペラシャフト内を銃身が貫通するように倒立V型エンジンの間に設置される機関銃。
それこそがモーターカノンだ。
安定性に優れる機体本体に設置する事で高い命中率を狙える。
それでいて同調装置の故障でプロペラを誤射する心配もないので、大口径の機関銃を遠慮なく仕込めるのだ。
まさに完璧なアイデアと言える。
うまくいけば。
エンジンの間とはどういう場所か?
機体で1番振動が激しい場所だ。
そんな場所に機関銃という精密機器を設置するのだ。
開発、調整が難しくて当然である。
だが難しければ一層燃えてしまうのがライヒ魂だ。
ライヒ産業界は気合いと執念と技術力でなんとかモノにしてしまう。
だが、流石のライヒ産業界でも時間がかかってしまった。
史実においてモーターカノンがモノになったのは大戦中盤以降だ。
しかも、モーターカノンの設置スペースを空けておくという事は代わりになにかのスペースが圧迫される事になる。
その被害者の一つが過給機だ。
過給機と言えば今後のエンジン出力向上競争の最重要パーツである。
そんなパーツのスペースを圧迫してまで設置する価値がモーターカノンにあるのか?
俺はそうは思わない。
だからこそちょび髭節を使ってでもモーターカノンは廃止させるのだ。
「私からはそれぐらいだが、他何か言いたいことがある者はいるかね?」
しょげかえるシュミット博士に流石に憐憫を覚えつつ、一同にそう尋ねる。
ぐるっと見渡すと、物言いだがな顔をしてる一団がいた。
俺の問いかけをきき、『えっと・・・』という顔をしているのはBMWの技術者だ。
さきほどの『集中投資』の件を聞きたいのだろう。
(うーん、判断にこまるところではある)
確かにBMWは近年、最先端水準の液冷エンジンの開発・生産能力に関しては疑問符を突き付けられている。
実際、次期主力エンジンのトライアルでBMWが提出したBMW116エンジンは敗北を喫している。
今、ライヒの航空機用主力エンジンを担うメーカーはユンカースとダイムラーが2強体制となりつつあると言っていい。
ではBMWの液冷エンジンに全く芽がないのか?
実はライヒとは違う国でBMWⅥエンジンの兄弟分がそのポテンシャルを開花させているのだ。
その名はミクーリンAM-35。
赤い国版のBMWⅥ型エンジンといえる。
T-34やII-2など、史実でライヒを苛め抜いた兵器の心臓部として使用されたエンジンだ。
BMWⅥ自体は1920年代後半には世に出ていたエンジンであり設計はさほど新しくない。
新しくないのだが、それはある意味熟成された技術ともいえる。
今すぐ安定してまとまった数のエンジンを手に入れたい俺としては、『熟成されたエンジン』というのはそれなりに魅力的だったりもする。
今のライヒには40L超えの実用ガソリンエンジンはBMWⅥしか存在しない。
他のDB600は30L級だし、Jumo210は20L級だ。
史実ではDB603とBMW801が実用域の40L超え高出力エンジンとして登場することになるが、それらの登場にはもうしばらくの時間が必要である。
そう考えると、BMWⅥエンジンの改良を進めさせたい誘惑に駆られる。
(ん~、とはいえなぁ)
史実でBMWⅥエンジンがライヒで改良が進まなく、結局DB603エンジンが新規開発されたのには何らかしらの理由があるはずである。
政治的な原因で改良が中止されたのならいいが、そもそもエンジン自体に問題があるなら本質的に素人の俺の横やりはマイナスになってしまう。
『なんで俺は前世で電機メーカーに勤めたんだ』というあべこべな事を思わず思ってしまう。
自動車メーカーでエンジン開発にでも携わっていれば出せたかもしれないが、残念ながら内燃機関は俺の専門外だ。
(仕方ない、基本的には史実路線でここはいこう)
「次期戦闘機エンジン候補の空冷エンジンこそがライヒが貴社に期待するなかでは本命である。そこを履き違えないように」
俺はBMW一同の方を見据えはっきりとそう告げる。
Fw190の心臓部は必ず軌道に乗せる必要があるからだ。
「わかりました」
『ですよね・・・』という雰囲気でBMWの担当者が答える。
エンジンの新規開発は金がかかる。
せっかく開発してきた液冷エンジンがお蔵入りになると思い、担当者の顔がくもるのも無理はない。
だが、俺の次の言葉で一気に顔があかるくなった。
「だが、大型エンジンとしてのBMWⅥエンジンは捨てがたい。また戦車に積むエンジンなどへの流用もV型エンジンだと目途がつくだろう。開発の継続は許可しよう。」
「ありがとうございます!わかりまし・・・た?」
最後に疑問符をつけながらBMWの担当者はそう答えを返すのだった。