7 幕間-1
「閣下、これはどういう意味なのでしょうか?」
「ハイドリヒこれは総統の命令だ。必ず実行せねばならん」
(わしにもよく分からんがな!)
昨日の祝賀会から総統の様子がおかしい。
突拍子もないことを言い出すのは総統の常だが、今回の方針転換はかなり無茶な部類だ。
これまで全力でユダヤ人をライヒから排除すべく動いていたのだ。
それがいきなりのユダヤ人排斥は中止ときた。
「しかし、ヒムラー閣下。これはかなりの難事です。親衛隊はみな反ユダヤです。むしろそれを売りにしていたと思います。それをなんとか抑え込めと言うのは・・・」
「ハイドリヒ、だがこれは総統の命令なのだ。諸外国の目を逸らすためと総統は仰っているが・・・本当の狙いはなんだろうか・・・何か他の狙いをお持ちだとは思うのだが・・・」
「狙い・・・ですか」
そう言うとハイドリヒは押し黙った。
親衛隊本部の執務室に沈黙が流れる。
(まぁ、この男ならなんとかするだろう)
ヒムラーはハイドリヒを非常に高く評価していた。
長身で金髪碧眼をもつハイドリヒは典型的で理想的なアーリア人の外見を持つだけでなく、飛び抜けた情報分析能力を持っている。
さらには親衛隊内に優秀な諜報組織を築きつつあり、まさに今回の案件に適任と言えた。
「総統はオリンピック開催期間中に様々な各国要人と会われていました。その交流の中で何か総統閣下に方針転換を考えさせるようなことがあったと考えるのが順当な気がしますが・・・ヒムラー閣下。何か思い当たる節はございませんでしたか?」
「うぅむ・・・」
ヒムラーはここ数週間で総統が交流した各国要人を思い返したが、特におかしな点はなかった。
(強いて言うなら・・・)
総統の昨日の祝賀会での様子はおかしかった。
正確に言うと、総統がお帰りになる寸前、明らかに一瞬総統の雰囲気が変わった瞬間があった。
全く別の人間になったような。
「オリンピック期間中に関して思い当たる節は私にはない。だが、ハイドリヒよ、昨日の祝賀会での総統は様子がおかしかった。一瞬ではあるが別の人間のように感じだ」
「別の人間ですか・・・それは一体??」
「もしかしたら総統は、高位次元の存在と交信されたのかもしれない」
「は、はぁ・・・」
ハイドリヒは困惑した声を出した。
「総統閣下ならあり得るぞ。あの方はこれまでも未来が見えているのではないかと言うような行動をされてきた」
「そ、そうですね。。ですが、ヒムラー閣下。ひとまずは親衛隊内でいかに総統のご意志を浸透させるかが問題ではないでしょうか?」
ハイドリヒは現実主義者である。
上司ヒムラーの言葉を否定はせずに、建設的な方向に話を誘導する。
「そうだな。ユダヤ人排斥を中断するのならば、他の排斥対象を与えるしかないのでないか?共産主義者どもとかな」
「その方向で煮詰めていきましょうか」
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こうしてヒムラーとハイドリヒは親衛隊内をいかにまとめるのかのすり合わせを行うのだった。
だが実はこの時、オカルト好きなヒムラーの感覚が一番真実をついていたとは2人は知る由もなかった。