25 ちょび髭総統と首脳会談-2
「では独日伊三国同盟は締結に向けて調整する方向でよろしいですな?」
「ええ、帝国はそれで問題ありません。いやぁ、総統閣下と直接お話しできてよかった。」
さすがは外交畑出身とでも言うべき笑顔を浮かべながら、廣田首相はそう言う。
(元から締結に向けて動いていたのだから何の進展もないってことだがな)
俺はあれから廣田首相と様々なことを協議した。
協議するにはしたのだが、アテが外れた。
というか、自分で勝手に廣田首相を高く評価して、勝手に失望したと言った方が正しいのだろう。
確かにこの政治的難局に際し、首相を務めているだけでもすごいと言えばすごいがそれだけだった。
(おそらく、この人はこの人で想いはあるのだろうが・・・)
時勢が悪すぎるのだろう。
何かにつけて歯切れが悪い。
この時代の日本の政治家は発言が命取りになる。
政治生命とかではなく、物理的に命取りになるのだ。
そして、それ以外にも首相の行き足を鈍らせているものがある。
財政運営の失敗だ。
訪日してから俺も初めて知ることになったのだが、廣田内閣の大蔵大臣である馬場大臣はかなりの積極財政を意図しているようなのだ。
実際膨大な軍事予算を捻出すべく、大量の新規国債を低金利で募集を昨年からかけていたらしい。
それが消化できていれば問題なかったが、消化できなかったようで国債が事実上売れ残ってしまったそうだ。
(ライヒもある種似たようなものだがな)
俺はそれを駐日大使から聞いた時、自嘲しながらそんなことを思ったものだ。
ちなみにその時ライヒの駐日大使は『この国ヤバいっすヨ、マジで同盟結ぶんですか?』と言いたげな顔をしていたが、ライヒはズルをして問題を先送りにしているだけで内実は日本と同じようなものである。
ライヒはMEFO手形という市場に対する詐欺まがいなことをして今のところ乗り切っているが、日本はまともに国債を発行。
その身の丈を超えた財政出動は見事に市場からNOを突きつけられる形となった。
普通だと国家予算の4割を占める予定の軍事費を削れば万事解決しそうなものだが、それはこのご時世の政治家としてできるはずがない。
普通に殺されることになるだろう。
(これに関しては俺も廣田首相と似た立場か)
一応国内を掌握している独裁者かそうでないただの政治家かの違いはあるが、俺もライヒの財政状態がやばいからといって安易に軍縮はできない。
ちょび髭が数年前に『ナイフの夜』というちょび髭党内の粛清を実行できたのは、軍部との仲が良好だったことが一因としてある。
軍を再建する強力な指導者という虚像があるからこそ、ちょび髭は軍と国民とちょび髭党員に支持されているのだ。
自らの政権維持や保身のためにも軍事費を削れない点は、完全に同じ立場といえよう。
だが、一応は関係各所を持ち前のカリスマ(?)とパワハラで説得し、予算を成立させている俺と違い廣田首相は予算案を未だに成立できておらず、その見込みすらも不確かだ。
ぶっちゃけ、『独逸国のトップが訪日する』というイベントをこなすためだけに内閣が維持されているというのが専らの噂らしい・・・
(そら歯切れも悪くなるわけだ)
目の前で外交スマイルを浮かべている首相に同情の念すら湧いてくる。
「しかし、閣下は本当によく日本のことを高く評価していらっしゃる。かくも多岐にわたる技術交流を提案されたのは独逸国が初めてですぞ。」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、そう廣田首相は言葉を続ける。
そう語る廣田首相の顔には外交辞令には収まらないような笑顔が浮かべられていた。
「いえいえ、日本の技術者の方々は非常に優秀です。やはり古来より貴国は高度な技術を多く花開かれておられる。多々良製鉄に代表される冶金技術や磁器製作のセラミック技術。もろもろの高度な工芸を発達発展させてこられた貴国の民は、血脈のなかに技術者の本懐が受け継がれているのでしょう。」
『それにです』と、俺は一呼吸おいて言葉を続ける。
「貴国の真に素晴らしいところは、外からの文化を柔軟に受け入れるところだ。古代においては中国の文化・技術を受け入れ、独自の高度な文明を築かれた。そして、現代においても西洋技術を取り入れ更なる飛躍をされようとしている。我々、ライヒもその飛躍にあやかりたいと考えているのですよ」
そこまで言うと、その場のライヒ日本を問わず、面々に顔に驚きが広がる。
「・・・そこまで言われてしまいましては、我が国も誠意を示さないわけにはいきませんな。先ほどの学術・文化交流のお話、この廣田が出来る限りの協力をさせて頂きます」
この時代の日本人は、現代日本よりある意味では西洋に対する劣等感が強い。
戦後の日本のような卑屈さ(アメリカに対しては特に!)はないが、劣等感自体はかなりある。
事実、衰えたとは言えまぎれもない先進国である前世の日本とちがい、軍事以外はまぎれもなく発展途上国の一国にすぎないのだ。
そんな日本人が西洋人にべた褒めされると、ついつい嬉しくなってしまうのだろう。
流石にこの場の日本人は高官ぞろいなので、露骨ににやけている者はいないが、表情が緩んでいる者は多い。
廣田首相も相変わらず言ってる言葉はなんの面白味もなく、なんの言質にもならない言葉だが、言い方に加わる熱量が増えている気がする。
反対にライヒからの随行員は、『ここまで東洋人に言う必要があるのか?』とでも言いたげな怪訝な様子の者が多い。
(そこまで言ってでも、俺は技術交流を成功させたいのだよ)
そんな事を俺は内心ぼやく。
本当はトップ会談でなんらかしらの成果をあげたかったが、先方にそもそも国内をまとめる力が無いのだったら何を話そうが無駄である。
唯一の成果といえば、意外なことに内閣も軍部も中国での戦争を望んでいないことが分かったくらいだ。
別に前世で歴史家でもなんでもなかった俺は、内閣はともかくして軍部は中国との戦争を望んでいたと思い込んでいたのだが、どうも実態は違ったようだ。
(まぁ謁見という鬼札はまだ残っているがな…)
出来れば使いたくなかった鬼札が頭をよぎる。
使い方を間違えれば、全てご破算となりかねない鬼札。
(しかも何と無くだけど、陛下はちょび髭を嫌ってそうな気がするんだよなぁ)
根拠はない。
根拠はないが、前世で俺が情報として接した昭和天皇の人物像としては、ちょび髭総統のことを気に入られるとは考えにくいのだ。
(まぁ、これも全ては俺の想像か)
俺は前世の情報に引っ張られる自らの想像(もしかしたら妄想)は一旦封印する事にする。
(取り敢えず、技術交流だけは確実に行う必要があるな。)
そう考えを切り替えた俺は廣田首相と適当な会話を交わしつつ、ライヒと日本の技術交流の実現に向け気合いを入れ直すのだった。
忙しい!
なんか久しぶりに仕事が忙しい!
しばらく2日か3日に一回の更新ペースとなりそうです汗