23 幕間 山本五十六とちょび髭総統
(とんでもない方だったな・・・)
宿泊先へ向かう車の中で、山本は半日前の邂逅を思い出していた。
本来、山本は東京駅までちょび髭総統を送った後、横須賀に蜻蛉返りする予定だったのだが、なんやかんだで東京に一泊することになった。
(これに関しては自業自得か)
独逸国国家元首との二人きりでの対談は、外務省・海軍省から派遣されていた随行員達により、すぐに各省の知ることとなった。
当然、大変な騒ぎになる。
米内海軍大臣はもとより、外務省はもちろんのこと最終的には首相官邸にも呼び出された。
首相もちょび髭総統との会談を明日に控えていることもあり、無理くり予定を調整して今日中の事情聴取もとい会談が設定されたのだった。
(そっちの会談はつまらんものだったな)
色々と訊かれたが、あえて山本は無難なことしか言わなかった。
『どのみち明日ちょび髭総統と首相達も会うのだからその時に自分で聞けよ』という思いもあったし、山本は今の内閣のためにある種『個人的会話』のちょび髭総統との会話内容をわざわざ伝える気もイマイチ起こらなかったからだ。
今年に入って早々、『割腹問答』と言う事件があった。
昨今の言論統制の流れの中で声を上げた国会議員と陸軍大臣が揉めに揉めた事件だ。
廣田総理自身はこの事件に関し、直接の関係はなかったのだが廣田内閣にとっては致命的事件となった。
国会に激昂した陸軍大臣は国会の解散を首相に迫ったが、閣内でも複数の大臣が解散に反対。
いよいよ、臍を曲げた陸軍大臣が辞任をちらつかせたのだ。
辞めるだけなら内閣にとって致命的ではないが、問題は陸軍から新大臣を出さないようにするというのが致命的。
軍部大臣現役武官制(陸軍、海軍大臣は現役の軍人でないと就任出来ない制度、このせいで史実日本は軍事政権化をひた走ることになった)を既に復活させた廣田内閣は新陸軍大臣の目星をつけられず完全に立ち往生。
あわや内閣の空中分解となりかけたのだが、ここに待ったがかかったのだ。
『4月に控えるちょび髭総統との会談はどうするんだと』
このタイミングでの解散だと、新内閣は新顔も新顔となる。
諸大臣の候補も定まっていない。
『新顔でも、各大臣兼任でもいいから俺が首相をやってやる』という気勢は陸軍の中からでたが、ヨーロッパの大国の指導者との会談を控える中で、『流石にそれはあんまりだろ』という雰囲気が、最後の元老西園寺を初め首相選定に関わる関係者、世論、さらには軍部の間にも広がったのだ。
果てには天皇陛下もこの政局に関して憂慮しているらしいとの噂も出回る始末。
ことここに至っては、陸軍大臣もひとまずは矛を納めるより他はなく『独逸国との会談が終わったのち決着をつけさせて頂く』とのすて台詞と共に留任することに落ち着いた。
そんな事情の中だから、廣田内閣はとりあえず首の皮一枚で延命されたとはいえもう内実はガタガタとなっている。
山本も独逸国の情報に関しては報告するのは義務と割り切ったが、今後の世界情勢への考えなど『個人的な会話』の部分については一々報告する気が湧かなかったのだ。
(衝突は避けられない・・・か)
山本は改めてちょび髭総統とのやり取りを思い出す。
『英米とどう対峙するおつもりか?』と山本は外交的に孤立化する独逸国を念頭にちょび髭総統にきいたのだ。
だが、それはブーメランになって帰ってきた。
『日本は英米とどう対峙するつもりか?』と。
続けて総統は言った。
『ライヒはその気になれば、英米とは結べる余地はある。対ソという点ではライヒに存在価値を英国は見出しているし、米国はライヒを倒したところで得るものは何もない』
『仏はどうしようもないが』そう苦笑しながら総統は言った。
総統閣下の中では、独仏の戦争は避けられないと考えているようであった。
『だが、日本はどうですかな?英国はともかく。米国とは対立が避けられないのではないかね?』
そう言ってその時、ちょび髭総統は山本を試すようにジッとみた。
それに対して山本は咄嗟に答え得れなかった。
山本は基本的に軍人であり、経済学者などではない。
英米と戦うべきでないという考えは持っていたが、どうすれば戦わずに済むかを積極的に考えていた訳ではなかった。
だが、そんな山本でも一つ心当たりはあった。
『中国・・・ですか』
そう答えた山本にちょび髭総統は満足げにうなずいたのだった。
『その通りです山本次官。米国は中国市場を切実に欲している。かの国は過剰な生産能力を抱えてしまっており、その捌け口を探している。その膨大な過剰生産力を消費できる先というのはごく限られているのですよ。その筆頭格が世界最大の人口を誇る国、中国という訳ですな』
『そして我が国はその邪魔だてをする存在という訳ですか』
『その通り、既に貴国は大陸への野心を露わにしてしまいましたからな』
そう言って、ちょび髭総統は肩をすくめた。
そして更に言葉を続ける。
『それに近年米国が行なっているニューディール政策なる経済対策をご存知ですかな次官?ルーズベルト大統領は政策の成果を盛んに喧伝していますが、その実態は案外お寒いものだそうですぞ?しかもです。どうもルーズベルト大統領というのは中国との貿易で財を成した一族のようですぞ。』
『とは言え、米国を敵にまわして勝つことは難しいでしょう。総統閣下』
山本はちょび髭総統の言い分に理を覚えながらも最大の懸念を伝える。
『その通りです。次官。だからこそライヒも貴国も慎重に振る舞わなければならない。米国が参戦してこないよう注意深く振る舞わないとならない。彼の国のモンロー主義を最大限利用しないといけないですぞ。』
そこまで言うと総統は一息入れてから語る。
『だが、いずれ米国は参戦してくるでしょう。彼の国の国民はそうでもないかもしれないが、米国の産業界と政治家は戦争を欲するでしょうな。そうでもしなければ過剰投資された生産設備の減価償却が満足にできますまい。』
その後も暫く総統閣下は色々語った。
驚いたことに、総統が語る戦略思想にはあまり政治思想は存在しなかった。
日本人である山本に語っているせいかもしれないが、噂に聞くちょび髭党の過激な考え方は全く出てこなかった。
むしろ、ちょび髭総統の視点は全て経済に立脚していた。
イデオロギー同士のぶつかり合いなどではなく、純粋に経済的、地政学的観点からアメリカと日本の衝突は避けられないと。
そして、独逸は経済的な要因と、民意の側面から仏国との対決は避けられず、仏国との対決は英国との対決をイコールで意味するのだと。
3国同盟を結ぶから接近するのではなく、英・仏そして潜在的には米と対立するからこそ3国は自ずと接近することになるのだと。
『貴国がアメリカの属国になるまでの覚悟がおありなら、衝突はせんでしょうがな』
『ライヒは英仏の都合の良い盾に甘んじる気はないですがな』といって、肩をすくめるちょび髭総統の姿が印象的だった。
『それにそんな難しい経済的なことを抜きにしても、どのみち我が国も貴国も衝突は避けれんのですよ。豊かな資源・国土を持たざる我々は、世界経済がおかしくなると真っ先に割を食う。それでも英米を筆頭に「持つ国」が一定の配慮を見せてくれればいいが、こんな世界経済だとどこの国も自国優先です。そうなると貴国も我がライヒも国民が我慢ができなくなる。「あいつらだけいい目をしやがって」とね。もしくは国家上層部が悪いと断定し赤化革命だ。どのみち修羅の道ですな』
そして最後に総統はこう言った。
『それにです、次官。戦争は間も無く出来なくなる時代がきますぞ。これまでのような陣取り合戦は出来ない時代が来る。そうなると現状の固定化がなされる。これまでのような帝国主義がまかり通る時代でもなくなるが、代わりに武力にすら訴えられず大国の言うがままに従わざるを得ない時代がきますぞ』
『戦争が出来なくなるとはどう言うことですか?』
と、その時山本は尋ねたのだが、丁度そのタイミングで列車は東京駅に到着した。
『もう、到着ですか。いやぁ、もう少しお話ししたかったですな』
などと言いながら、総統は席をたった。
そして、随行員のもとに向かうべく列車内を移動し始めたが、途中で山本に振り返ってこう言った。
『次官、戦争できなくはないですよ。ですが、その次の大戦では我々は棍棒を持って戦うことになるでしょうな』
『次の大戦で文明が崩壊してしまいますのでな』と、空恐ろしいことを最後に山本に告げ、総統と山本の会談は終わったのだ。
万博に行ったりして、投稿が遅れました。
あの時代に戦争が必須だったのか、それともちょび髭という存在が世界を戦争に向かわせたのか。
調べれば調べるほど、筆者も結論が出ないというのが正直なところです。
ただ、昨今の世界情勢を見ていると、結局は何らかしらの形で戦争は起きたんだろうなとも思ってしまいます。