21 ちょび髭総統訪日 山本五十六-1
その後、俺たちは用意された車で駅まで移動した。
中島勝としては悲しいかな、用意された車はドイツ車である。
キャデラックなどでないだけましだが、中島勝としては正直複雑な気持ちになってしまう。
この頃の日本には、まともに高級車を作れるメーカーは存在しない。
(というか、まともに動く民生用の乗用車自体がないのだろうけどな)
ライヒも貧しいが、日本はさらに貧しい。
一人当たりのGDPはライヒがアメリカの7割程度、日本はライヒのさらに半分程度。
この時代、統計データは未来よりもかなりどんぶり勘定であり、ちょび髭の俺が入手するデータですら微妙な信憑性である。
とは言え、そこまで大きく外していることもないだろう。
厳しい現実である。
そんな複雑な俺の心境をよそに、俺の車は軍港内の駅へ移動していく。
この時代、貨物・旅客ともに移動の基本を担っているのは鉄道だ。
軍港内にも当然引き込み線が存在し、そこから汽車で帝都に向かうことになっていたのだった。
そして専用の汽車に乗り込んだのち、おもむろに山本次官が口をひらく。
「閣下は日本語がお分かりになるのですか?」
(とうとう訊いてきたか)
当然、さっきの俺のやらかしに関連した発言だ。
「聞き取る方は少しだけといったところですな。話す方はまだまだこれからですな。いやぁ、貴国の言葉は難しい!平仮名、カタカナという2種類の表音文字だけでなく、漢字という表意文字まであるとか。ひらがな、カタカナで精一杯で漢字はほとんど分かりませんな!」
『なんせ3週間も暇な時間がありましたからな』と、取り敢えず笑いながら俺は答えた。
(ぎり・・・ぎりなんとかなるか?)
先ほどのやらかし、もし俺が日本語で喋ってしまっていたら完全アウトだったかもしれないが、口から出たのはドイツ語だった。
なので、喋った当初はドイツ語が理解できる日本側の人間はぎょっとしていたが、山本次官などは『察してなにかおっしゃったのかな?』程度の認識だったようだ。
だが、あまりにも外務省担当者の発言にドンピシャな内容を回答してしまったので、『どうもちょび髭総統は日本語がわかるらしい』という結論に山本次官も至ったようだ。
「そうですか、流石は大独逸を率いる指導者といったところですね。そんな3週間ほどで日本語を聞き取れるようになるとは。是非ともコツを教えて頂きたいものです」
「いやいた、コツというほどのものは・・・」
ひとまずは『3週間の船旅で暇にまかせてある程度の日本語をマスターした』ということに山本次官は納得したのか、語学習得のコツという無難な話題(山本次官にとっては!)をしばらく続ける。
「・・・ほう。睡眠学習。そんな手法があったとは・・・。是非とも東洋人にも効果があるのか試してみましょう」
「私個人のやり方なので、あう合わないはあるでしょうな。試す分には止めませんがな」
ある種一番触れられたくないところを探られた俺は苦し紛れに『睡眠学習法』なるものをとうとうと語った。
(実験台になる海軍と外務省の人すまんな・・・。日本人もライヒの人間も・・・)
苦し紛れに語った『睡眠学習法』だが、『日本語を短期間で習得したちょび髭総統』のいう学習法である。
日本人、ドイツ人問わずにノートなどにメモまで始める始末だ。
(睡眠不足に悩まされることになる一部の人、マジですまん)
図らずも生み出してしまったっぽい犠牲者の方々に心のなかで合掌する。
「その見識高い総統閣下にお伺いさせて頂きたいのですが、独逸国が新型戦艦の建造を中止したという噂をお聞きしたのですが、真ですか?」
一気に場に緊張が走る。
(そうだろうな、航空主兵論者の山本五十六はそこが気になるよな)
俺は直接、帝国海軍の人間と話したことはないが、彼らがひっくり返り兼ねない情報をいくつも発している。
当然、山本次官のみならず帝国海軍関係者なら誰しもが俺に真相を確かめたいところだろう。
(だが、普通はしないだろうがな)
国家元首の発言は重い。
しかも俺は良くも悪くも独裁者ちょび髭だ。
普通の国家元首の発言よりもより重い、というか危険性が高い。
俺の気を損ねれば独日友好に決定的なヒビが入りかねない。
(だが、それでも訊いてくるのが博打打ち山本五十六といったところか)
国家元首と海軍次官の立場にあるとはいえ、いち海軍軍人がこんな密室で話す機会なんてまずない。
リスクとメリットを天秤にかけ、山本五十六の天秤はメリットに傾いたようだ。
「山本次官!さすがに・・・」
外務省の人間が制止に入る。
ちなみにここまでのやり取りは日本語で、ライヒの人間は急に変わった場の雰囲気に目を白黒させている。
「いや、よい。既に公式発表の内容だ。その通りだ山本次官。ライヒは新型戦艦の建造は中止した」
そう俺がドイツ語で話すと、今度はライヒの人間の顔つきが変わった。
「閣下・・・」
そう、ライヒの海軍随行員の一人が口を開きかけるが、それを俺は遮る。
「構わん。すでに英米にも知られた内容だ。それより航空主兵論者の山本次官にはいろいろとご意見がありそうだ。折角の機会だ、世界3大海軍の一角を占める帝国海軍の提督が語る話をお伺いしようじゃないか」
通訳がそれを日本語に訳すと、帝国海軍関係者にどよめきが走る。
『この調子だと一号艦の情報も本当に・・・』などといった囁きすら聞こえる。
(こういうところでそんな情報言うなよ・・・)
そういう防諜意識の低さだぞ!っと、他人ごとながら心配になる。
そんなどよめきの中、ふいに笑い声が響く。
「閣下の耳の良さには脱帽ですな。どうです?もう腹を割って話しませんか?どうやったのか、諜報において浅学の私には皆目検討つきませんが、閣下の耳には帝国海軍の新型戦艦計画を含めあらかたの情報が入っておられるのでしょう?」
「や、山本次官それは軍機です!」
帝国海軍関係者の悲鳴じみた声があがる。
「もう、構わんではないか?新型戦艦の主砲口径まで知られているのだ。俺が航空主兵論者であることまで調べがついてるときた。俺が甘党な事まで知られているんじゃないか?どうです?総統閣下?」
(ほう、これが山本五十六か)
博打打ちらしく、山本次官は腹をくくったらしい。
最大のリターンを得るべく、フルベットを決めたようだ。
「山本次官の心意気には敬意を表しよう。いいだろう。腹を割って話そうじゃないか。全員外に出たまえ。山本次官以外は日本の人間、ライヒの人間どちらもだ」
「閣下!それはあまりにも」
ライヒの外務省の人間が今度は悲鳴をあげる。
「くどいぞ!この車両からは全員退去させろ!ぼやぼやするな!」
その旨を通訳すべきか、通訳が外務省の人間と俺とを交互に見る。
「早く・つ・た・え・ろ」
俺はそう通訳に端的にいう。
通訳が渋々その旨を言うと、日本側でも『あまりに急だ!』などの声があがるが、山本次官が黙らせようとする。
「しかし、次官!本当に軍機が・・・!」
コソコソとした声が聞こえる。
独裁者の俺と違い、流石に山本次官はしぶとい抵抗にあっているようだ。
(仕方ない、手助けをしてやるか)
俺はとっておきの爆弾を投下してやることにした。
「そういえば、次官は故郷長岡の水まんじゅうがお好みだそうですな」
そう日本語(ドイツ語訛りにするのに逆に苦労した)で言ってやると、『ほらな?』という顔で山本次官がさらに声を大にして笑いだす。
それに対して日本側で抵抗していた人間は膝から崩れ落ち、床に溶ける。
それはまるで水まんじゅうに砂糖が溶けていくようであった。
どこまで日本語が話せることを隠すのか考えましたが、このタイミングでした汗