5 閣議-3-1
「「総統それは本当なのですか!」」
この反応、すごいデジャブ。
ちょび髭党の3人組との(仲はさほどよくないが)会談から数日、またしても俺は似たような反応を目にすることなった。
ただし目の前にすわっているのはちょび髭党3人組とかなり毛色がちがう3人である。
喜びの声をあげているのは経済省大臣にしてMEFO手形の生みの親であるヒャルマル・シャハト。
反対に訝しげな声をあげているのは財務相たるクロージク伯爵。
そしてだまっているのはアウトバーン建設の監督者であるフリッツ・トートだ。
「そうだ。外国の連中の目を逸らすためにユダヤ人排斥は一旦中止とする。党や国民への対応はヒムラー・ゲッベルスが行うことだろう。」
「それは非常に良いと思います。産業界、特に金融界は好意的に受け止めることでしょう。」
シャハトは非常に安堵した顔をしている。
1933年からライヒは4か年計画は実施し、失業者対策、景気対策に励んできた。
その成果は失業者の劇的減少、経済の劇的な回復といった形で表れており、表面上は非常にうまくいっている。
だが、実際はステルス債務を負うことで将来の需要を先取りし国内市場に大きな需要をぶち込んだ結果に過ぎない。
確かにアウトバーンの建設をはじめ、後の世の中でも一般的に行われるインフラ投資もおこなっている。
だがこの次期のライヒはインフラ投資だけを行っているわけではない。
莫大な軍事投資も行っている。
この軍事投資というものはいくら行っても経済の成長には繋がらない。
勿論、軍事目的であるからこそ、民間だと死の谷(基礎理論から実用化・商業化に結びつかないこと)に落ちてしまうような科学技術を拾い上げ、ひいては経済の成長に繋げれることもある。
だが、われらがライヒは軍事支出が多すぎる。そして性急すぎる。
シンプルに現状の水準だと経済に悪影響しかない。
現にライヒは実は深刻な外貨不足とインフレに直面しようとしている。
ここでのシンプルな解決策は軍事費の削減だ。
過剰な軍事支出を止めて、その分経済にまわせばいい。
だが、それは無理なのだ。
今のライヒは完全にいけいけモードだ。
なぜちょび髭が政権をとれているかというと、3つの要因がある。
一つは「背後からの一撃」の犯人としてユダヤ人を排斥し、第1次大戦敗戦から続く国民の鬱憤をはらす。
一つは失業者の減少などに代表される経済の復活による市民からの支持。
そして最後の一つは、昨年1935年での再軍備宣言などからの軍部の支持。
このうちユダヤ人排斥は既に一旦中断すると決めた。
これ以上自らの支持要因を削ると本当に政権が崩壊し暗殺されかねない。
だからこそ軍事費は下手に削減できないのだ。
「シャハト、これでロスチャイルド、ゴールドマン・サックスから金を引っ張ってこれるだろうな!もし金を出し渋るようだったら分かっているだろうな」
(まぁ、出さなくても特に何もしないけどな。この件は党のやつらにいうつもりはないし、フリーハンドだ)
「承知いたしました。総統。彼らも便宜を図ってくれると思います。軍事費の削減もできれば」
「それはなしだ。ライヒは再び偉大にならなければならない!それは鉄と血によってなされるのだ!」
と言うと、シャハトが眉を顰めるのがみえた。
(まぁ、君はそういう反応になるよね)
このシャハトという人間は普通の人間だ。
ライヒのなかでは従来からのブルジョア階級であり、最新の経済学を学んだインテリである。
例の3人組とちがい、ちょび髭とちょび髭党が今のライヒに必要だと考えているものの、心酔まではしていない。
雑に取り扱えば亡命などを検討してしまうような人間なのだ。
そういう意味では、ちょび髭にとっては扱いづらい人間と言えよう。
だが、今のライヒには彼のような人材こそ必要としている。
中島勝がちょび髭と同じ末路をたどらないようにするには、彼のような人材こそ身近に留めおくべきなのだ。
「シャハト、君は新4か年計画のことを聞いているかね?」
俺がそういうとシャハトはさらに露骨に嫌な顔をして答えた。
「ええ、総統。なにやら次の四か年計画はゲーリングに任せるそうですね」
あんな素人に務まるものか!とでも言いたげな顔である。
(実際務まらないんだがな)
中島勝が歴史として知っている事実からするとゲーリングには務まらない。
というか、言い方は悪いが一介の元パイロットに一国の経済のかじ取りを任せるのは無謀だろう。
「ゲーリングに任せるのはやめだ。シャハトおまえがやれ。実務はトートも使え」
「「「な」」」
あんぐりと口をあける3人がいた。