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16 カルタヘナ奇襲-9


うっすら白んできた空の下、俺たちを最後の撤収作業をしていた。

既に夜空というよりは、暗い朝焼け、黎明とでも言うべき空になっている。


(ようやくスペインから出れるぜ・・・)


夜通しかかった撤収作業もいよいよ大詰めである。


大型機械の撤収は完了し、順次第1中隊所属の兵士も揚陸艇に乗り込み海岸を離れていく。

しんがり部隊の俺たちも街道からそれ、既に海岸の橋頭保まで下がってきていた。


(しかし、戦闘以外ではとことん運がないな)


俺たち第3分隊は第1小隊のなかでも最後に揚陸艇に乗る手筈となっていた。


まさにしんがり中のしんがり。


安易に見捨てられることはないと思いたいが、確実に今一番危険があぶないのは俺たち第3分隊と言えた。


味方に忘れられないと信じて、俺とトーマスは最終防衛ラインの塹壕で最後の防衛任務についていた。


「おい、トーマス。その金貨マジでまずくないか?」


俺は地獄耳の分隊長が近くにいないことを見た上で、トーマスにそうささやく。


「大丈夫だって!あくまで海岸に落ちてたものを拾っただけだって」


そう言うと、トーマスはジャケットをポンポンと叩く。

景気よくチャリチャリと音が鳴った。


「だいたい、結局全部の搬出は出来なかったらしいじゃねぇか?おいておいても共和政府の奴らが拾って軍資金にするだけだぜ?これは敵の資金源を断つ立派な戦略よ!」


(ほんと口だけはまわるやつだな)


どっちかというと小柄なトーマスは要領こそいいものの、SSの中では体力・射撃共に凡庸である。

だが、自営業の親父さんを見て育ってきたせいか口だけはよくまわる。


「そう言うクラウスも金貨は大事にポケットに・・・」


そこまでトーマスは言うと、ふと口をとじた。


(まさか?!)


俺ははっとなり自分の後ろを振り返る。


「いえ、これは違うんです分隊長・・・?」


俺はてっきり分隊長が背後に忍び寄ってきたと思ったのだが、そこに分隊長はいなかった。


『おい、トーマスおどかすなよ』


そう言おうと俺はトーマスの方を振り返ったが、その時になって俺もようやく気付いた。


キュルキュルキュルキュル・・・・


鉄がこすれる音がかすかに聞こえる。


「おい、これは・・・」


俺はトーマスにささやく。


「あぁ、間違いない」


ゴクリと唾をのみこみトーマスも俺に同意する。


(戦車だ・・・)


今この世で一番聞きたくない音が聞こえてくる。

そして俺たちは更に最悪なものを目にする。


「おい、歩兵がいるぞ」


「くそ!奴らもバカじゃないってことだ」


前回の反省を敵も活かしたようで、今回は敵も随伴歩兵を連れてきたようだ。


歩兵同伴のため、ここにたどり着くの一晩かかったみたいだが、まだ海岸に居残りを強いられている俺たちにとっては最悪といえた。


「どうする?」


「どうするったって撤退命令は出てないぞ」


トーマスからの問いかけに俺はうめく。


(最悪のタイミングだ)


本来分隊員がばらばらに配置されるなんてことはないが、撤収作業の最終段階であり第1小隊は薄く広がってしまっている。


「くそ!他の奴らはそもそも気づいているのか?」


焦った声のトーマスからそう言われ俺はハッとする。

敵も味方も誰も発砲していない。


たまたま敵に一番近く、浜から遠い位置にいた俺たちは敵戦車に気付いたが他の分隊員が気付いているとは限らない。


(もし味方が気付いていなかったら・・・)


その場合最悪だ。

橋頭保に奇襲攻撃を受けることになる。


「おい、クラウス」


改まった声でトーマスが声をあげる。


「お前は橋頭保に知らせに行ってくれ、俺はあそこの機関銃座につく」


そう言って、トーマスは少し離れた塹壕に据え付けられたヴィッカース重機関銃を指さす。

万が一の為に機関銃手が最後までおいていったものだ。


『敵からの鹵獲品だ、そのまま置いて帰っても構わんらしいからこっちにしたぜ』


そう言ってサムズアップしていた機関銃手の顔をふと思い出す。


「おい、何を言って」


「誰かが銃声で警告して、誰かが詳細を伝える必要があるだろうが!」


小声でトーマスがそういう。

そんな事を言うトーマスの手は震えている。


「・・・だが」


「議論してる時間はねぇ、図体が馬鹿でかいお前は機関銃座からはみ出るだろうが。なに、心配するな一箱打ち尽くしたら俺もさっさと橋頭保にもどるからな」


そう言うと俺の背中をたたき、こちらの返事を待たずにトーマスは銃座の方へ向かっていく。


「くそ!死ぬなよ」


俺はそうトーマスに声をかけ、塹壕を橋頭保に向けて中腰で駆ける。


そうして俺が橋頭堡までの道のりを半分消化したときだった。


タタタタッ


MG34と違い、やや遅めの銃声が辺りに響く。


「くそ!」


トーマスが敵に発砲を始めたようだ。


こうなったら俺ももう遠慮はいらない。


「敵襲!敵襲!」


叫びながら、俺は橋頭堡まで一気に駆ける。


ヒュン!


耳元をなにかが通った気もしたが、そんな事お構いなく俺は駆ける。


(頼む!頼むから!)


さらに何かに尻を蹴られたようにバランスを崩してこけてしまうが、すぐ立ち上がってそのまま駆ける。


俺は銃声が途絶えないことを一心に祈りながらとにかく駆ける。

そして永遠に近い数十秒を経て俺は橋頭堡にたどり着く。


まさに最後の揚陸艇が接岸したところで、最後の撤収が始まろうとしているところだった。


「小隊長殿!」


「敵襲か?規模は?」


「詳細は不明です、ですが敵は歩兵を伴った戦車部隊であります!」


「・・・」


小隊長は押し黙る。


「小隊長殿!トーマスが!トーマスが食い止めてくれております!今のうちに迎撃の準備を!」


「クラウス・・・」


いつの間にか近くにいた分隊長が声をだす。

『いや、いい』と言って小隊長は俺に諭すように語りかける。


「クラウス伍長。お前からみて敵は撃退可能か?」


そう言われて俺は返事に詰まる。


「で、ですが・・・」


この前戦車部隊を撃破できたのは、運がよかったのとなにより随伴歩兵がいなかったからだ。

歩兵を伴った戦車部隊の撃退出来るだけの火力が今の第1小隊にない事など俺にもわかっていた。


(なにか、なにかないのか?!)


俺は必死に考える。

遠くに響く機関銃の音が俺の焦燥感をあおる。


俺たちは今、朝焼けを背に立っている。

朝焼け特有の強烈な日差しにトーマスはまぎれることが出来ているようだ。


(だが、それも時間の問題だ!)


不意に銃声が途切れる。


最悪事態が頭をよぎるが、しばらくしてまた銃声がひびく。


(あの野郎!一箱撃って引くんじゃなかったのかよ!)


そしてふと俺は、2隻の揚陸艇がビーチングしていることに気づく。


そして乗り込む揚陸艇以外の一隻の荷台に目が行った。


「小隊長殿!あの銃座は使えないのでしょうか?」


揚陸艇の荷台には20mm対空機関砲が鎮座していた。

後で聞いた話だと、敵航空機へのせめてもの抵抗として大尉殿が設置させたらしい。


「クラウス、あれは対空用だ。徹甲弾は装填されていない。敵戦車の装甲に通用するかはわからんぞ」


「ですが!ですがそれでも自分はトーマスを見捨てれません!俺だけ!俺だけ置いて行ってもらっても構いません!トーマスと俺はこの揚陸艇で戻りますから!」


自分でも無茶苦茶言っていることは自覚している。

自覚しているが俺は自分を止めることが出来なかった。


(ここでトーマスを見捨てるなら死んだ方がましだ)


なんのてらいもなく、そう考えれる自分がいた。


「クラウス!」


分隊長が俺に怒鳴る。


ッ!!


俺は思わず分隊長を睨んでしまう。


「落ち着けクラウス!お前ひとりで何ができる!」


「ですが!」


「まわりを見ろ!クラウス!」


そう言われて俺は周りを見る。


そこには多くの仲間がいた。

みな目に恐怖を宿している。

だが、恐怖を上回るなにかも目に宿していた。


「俺たちはSSだろ?」


そう分隊長は俺に話しかける。

俺は小隊長を見る。


「『誰も後に残さない』これが俺たちSSのモットーだ」


小隊長はそう言って頷く。

俺は思わず立ち尽くす。


「ほら、クラウス!ぼさぼさすんな!お前が言い出したことだ!さっさと銃座に指示出してきやがれ!」


すでに20mm対空機関砲の銃座には操作員がついており、打ちやすいようにゲートも下していた。


「承知いたしました!」


(もう少し耐えろよ!トーマス!)


俺は急いで銃座に向かうのだった。


----------------------------------------------------------------------------------


「いやぁ、死ぬかと思ったぜ」


そう言って、トーマスはヘラヘラ笑った。


「お前ってやつは・・・」


あれから俺たちは敵に対空機関砲の水平射撃をお見舞いしてやったわけだが、敵は意外な事にあっさりひいていった。


戦車に効果があったのかどうかは分からなかったが、近くにいたトーマスによると『人が半分になって吹っ飛んでいったぜ!』とのことだ。


(歩兵が先にビビッてひいたのかもな)


機関砲の砲火に追い打ちをかけるように、俺たちも一斉に制圧射撃を行う。

勿論、照準なんてまともに出来ていない目くら撃ちだ。


だが、それでも敵を一旦退却されることはできたようで、いつの間にか橋頭堡まで戻ってきたトーマスを回収して俺たちは揚陸艇に乗り込んだのだ。


「でも、やっぱり残り物には福来たるだっただろ?」


「・・・」


どうやら俺は走っている間に敵に撃たれていたらしい。

尻を蹴られたような衝撃は銃弾をくらったときのだったようだ。


だが、トーマスが別れ際にこっそり俺の尻ポケットに入れた金貨のおかげで打撲ですんだのだった。

金貨は綺麗に折れ曲がっていた。

よくこんな邪魔なものを尻に入れて走れたものだ。


一周まわって自分に感心してしまう。


『俺が死んだら、これで親父に重機を買ってやってほしかったんだ』


あとで問い詰めたら、トーマスはケロッとした顔でそう言ってのけた。


(ほんとに大した奴だよこいつは)


他の分隊員や小隊の連中に口々に話しかけられているトーマスをみて俺はそう思った。


ガチャン!


揚陸艇に衝撃が走る。


気付いたら俺たちが乗っていた揚陸艇は母船にたどり着いていた。


「もう二度とスペインには来たかないな」


俺はそうつぶやく。


「あぁ、まったくだ」


いつの間にか隣に戻ってきていたトーマスがしかめっ面でそう言う。


思わず、俺は吹き出す。

トーマスもゲラゲラ笑い出す。

そして徹夜明けのテンションもあいまって分隊、小隊に笑いが広がり揚陸艇中が馬鹿笑いに包まれる。


そして馬鹿笑いに包まれた揚陸艇はドン引きした母船の操作員のウィンチで船内に引き込まれていく。


こうして後の世で言うところの、俺たちが参加した『カルタヘナ強盗作戦』は幕を閉じたのだった。








長かった・・・

危うく2話にするところでした。

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― 新着の感想 ―
なんか、ついてないカタヤンネンを彷彿させる。
このコンビ、もう1~2回ぐらいは見たいです。
タヒ神「トーマスはもう少し長生きして貰おう」
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