10 幕間-2 揚陸艦
1937年1月某日
今日も今日とて俺はトートと視察に来ている。
先日はベルリン郊外だが、今日はちょっと遠出だ。
俺はライヒきっての軍港都市、ヴィルヘルムハーフェンに来ていた。
駅で専用列車を下車し、総統特別車に乗り換える。
「歓迎はいらないと言ってたはずだがな」
ズラッと並んだ水兵たちに答礼をしながら俺は思わずぼやく。
今回視察するのは、いわゆる機密に属する兵器だ。
防諜面からもあまり大袈裟な視察になるのは良くない。
(まぁ、前世の感覚が残る俺にはこそばゆいというのが本当だけどな)
どこに行ってもある程度かた苦しい歓迎を受ける。
歓迎を受けるのも小っ恥ずかしい気がするし、わざわざ当事者達に負担をかけるのも申し訳ない心地がする。
「そうはおっしゃられても、なかなか担当者としてはそうもいかないでしょう」
となりに座席に座ってたトートが宥めるような声をあげた。
それから俺たちは軍港のとあるドックに移動したのだが、
(わざわざ艤装工事中のところを見せるとは・・・無言の抗議だな)
先導する海軍車両は、艤装工事中のシャルンホルストの横を通るようにしてドッグにむかう。
気持ち車の速度も落としていた気がする。
(まぁ、無理もないか・・・)
戦艦は海軍の華だ。
新型戦艦の建造を中止したことは、既に発表済である。
こうやってシャルンホルストの横を通ることで無言のアピールをしているのだろう。
レーダーとデーニッツは俺が説得したが、末端の兵士はそんな話はしらない。
むしろ、航空機の優位性が広まるのはライヒ的にまずい。
ライヒの海軍上層部がそうだと困るが、他の皆が『戦艦こそが海軍力』という幻想に浸っていてくれる方が都合がいい。
(まぁ、後世の人間に俺の先進性は評価してもらう)
そうこう思いにふけっているうちに俺たちは目的のドックにたどり着いた。
「総統閣下!お待ちしておりました!」
車から降りると、海軍の技術士官達が駆け寄ってきた。
服装はパリッとしているが、よく見ると目の下にクマがある。
「ご苦労様。改造の進捗はどうかね?」
「艦内部改修工事は完了しております。艦尾のゲートも水密検査などの必要はありますが、概ね完了しております」
「結構、結構。月末までの引き渡しが必須となる。是非ともよろしく頼む」
そう言うと、俺は別の車で同行してきたSS将校に目くばせをする。
「ハイルちょび髭!」
話が終わったことを察すると、技官はちょび髭党のいつもの挨拶をした。
これからSS将校との実務者同士での打ち合わせが控えているようだ。
(まぁ、色々とダメ出しされるだろうが頑張ってくれ)
おそらく残業続きになるであろう技官に心の中で合掌する。
「閣下、あちらに揚陸艇なるものの先行量産品をご用意させて頂いております。ご覧になられますか?」
「あぁ、もちろん視察させてもらおう」
別の技官に俺は返事をすると目の前の船を見上げる。
そこには俺の肝いりで改造している輸送船が鎮座していた。
(この存在を日本帝国陸軍が知ったらたまげるだろうな)
既存の上陸作戦は洋上で兵員が揚陸艇に乗り込み、海岸近くでおりて上陸するといった流れで行われていた。
(洋上で小舟に乗り移るとかゾッとするな)
当然、そんなことをしていては揚陸艇への乗り込みに時間がかかって仕方ない。
そして事故も多く発生することになる。
目の前の揚陸艦は既存の上陸作戦を過去のものにする画期的なものだ。
この艦を上陸作戦に使用することで、母船の中で揚陸艇に乗り込めるようになる。
これは上陸作戦の迅速化、安全性の向上を意味する。
さらには従来上陸作戦を行えなかった気象条件でも作戦実施が可能となる。
まさに革命だ。
仕組みは案外単純で、乾舷の低い位置に設けられたゲートからスロープで上陸艇を海に滑り落とす。
逆に、母船に戻ってくるときはスロープから引き上げる。
(滑り落とすから一定のリスクは残ってはしまうが・・・)
流石に技術的にも時間的にも前世の最新型の強襲揚陸艦のようにウェルドックの設置はできない。
既存の輸送船を改造するにも限度がある。
だが、それでも従来と比較すると十分以上の効率化が見込まれる。
「総統閣下、こちらが新型上陸艇となります!」
技官の案内で上陸艇の先行量産品のもとにたどり着く。
(ザ・上陸艇って感じだな)
俺が細かく仕様を伝えたことで前世の上陸艇に非常に近いものになっている。
「技官、これは安定性や装甲はどうなっているのか?正面の扉は水漏れしないのかね?」
同行していたSS将校が口をはさむ。
(まぁ、不安になるわな)
俺からしたら見慣れた形だが、今の人間(とくに陸軍国ライヒの人間にとっては)にとって正に異形に写るだろう。
迅速な上陸を実施するための、タラップを兼ねる大型ゲートを正面に装備。
スムーズなビーチングを実施するためのW型の船底。
ビーチングと離岸を浅瀬で行う為の、アルキメデス型のスクリュー。
全てがこれまでの上陸艇とは異なる。
実戦部隊が不安を覚えるのも無理もない事だ。
「こちらに関しては、既に水上での試験及び接岸離岸試験を実施しております。現時点におきましては、こまかい修正が必要な箇所はあるものの十分実用に耐える完成度となっております」
「それは結構!流石は我がライヒが誇る技術者諸君だ!まさに賞賛にあたいする!」
俺はそう技術者達を褒め称えた。
「「ありがとうございます!」」
技官達の顔が誇らしげにゆるむ。
それに対して隣のトートが『あーあ』という憐みの目を向けている。
「そんな諸君には申し訳ないが、月末までに20隻の製造をなんとか間に合わせてもらうぞ。」
「「え。。。」」
技官達の表情が止まった。
(すまんな、だがライヒには揚陸艦と揚陸艇がすぐに必要なのだ)
俺は心の中で詫びをいれつつ、技官達をちょび髭節で激励するのであった。
後ほど日本帝国陸軍はえらいことになるでしょうね・・・