2 ドゥーチェとちょび髭 2巨頭会談-1
俺はドゥーチェと会食をしていた。
流石は食の王国イタリア。
港町のトリエステらしく、様々な魚料理が出てくる。
また、オーストリア・ユーゴスラヴィアとの国境付近の町なだけあり肉料理も非常に美味しい。
当然、チーズも美味しい。
ちょび髭は独裁者である。
それもまずまずの大国ライヒの独裁者である。
当然、俺をもてなす料理は前世ではお目にかかれないようなクオリティとなっている。
前世で食べたことのある料理もあるが、流石にただの民間人だった中島勝が食べたものとは、物が違う。
そしてこうなると、俺の中である思いが湧き上がってくるのだ。
それはもうどうしようもない衝動だ。
(酒が飲みたい!)
中島勝は前世で酒を飲んでいた。
むしろ酒はそこそこいける口であった。
いや、正直に言うとかなり酒が好きであった。
(だがちょび髭は酒を飲まないことになっているのだ・・・)
ちょび髭は酒を飲まないことで有名だったし、実際俺の中のちょび髭の記憶でも人の前で酒を飲んだことはほぼ皆無といっていい。
(だがこんなうまい料理に酒を併せないなどむしろ罪ではないのか?)
俺は迷っていた、酒を頼むか頼まないか迷いぬいていた。
だが、勿論ドゥーチェはそんな俺の葛藤など知る由もなく、軽くワインをあおりながらきいてきた。
「それは友よ。本当だとしたら我が国にとって真に有益な情報だ。だが、あまりにそれは荒唐無稽ではないかね?特に油田があるという情報は手元にないのだよ?ドゥーチェたる私の手元にすらだ」
(そら情報の出所は疑われるわな)
俺はテンパロッサ油田の話をドゥーチェとしていた。
勿論100年後の未来からの情報なんて言える訳がないので、『ライヒちょび髭党の独自の調べによると』などという、日本のテレビ番組のお株を奪うような出所不明の怪しい情報源となってしまっている。
「ドゥーチェ、これに関しては我がライヒの調査力を信用してもらうしかない。だが、実際過去文献や地元住民への聞き込みでタールなどの存在は確かにあるそうだ。まったく荒唐無稽というわけではないと、私は考えておりますぞ」
「・・・タールが出てくるところは案外多いものだぞ、わが友よ。現状だと情報不足ではないかね?」
「ドゥーチェには迷惑をかけんよ。試掘はこちらで手配させて頂く。試掘に関しては全てライヒがその費用を負担しよう。産油に成功したら改めて合同会社を立ち上げようではないか!」
「そこまで言うなら構わんが・・・油が出なくともわが祖国の土を恨んでくれるなよ友よ」
「感謝するドゥーチェ!なに、ドゥーチェは朗報を楽しみにしてくれたまえ」
(なんとか許可してくれたな)
ライヒの人間と話す分には最終、鬼のパワハラとちょび髭節の大演説のコンボでどうにかなる。
だが、流石に相手が一国の指導者ともなるとその手は使えない。
むしろ、ドゥーチェはファシズムの生みの親であり、ある意味ちょび髭の先輩にあたる。
気を遣う必要がある相手なのだ。
今回の話はドゥーチェ側としてはなんらリスクもない、うまい話だ。
だが、国と国との話でうまい話なんて存在しないのだ。
うまい話には裏がある。
国を率いる者として、とういうか社会人としては常識の感覚だ。
ドゥーチェも相当怪しみながらも、石油が採れる可能性の方が有益と判断したようだ。
遠い植民地の話ではなく、イタリア本土南部での採掘の話である。
いざとなれば接収も可能と踏んでいるのだろう。
「ドゥーチェあともう1箇所石油が採れる心当たりがあるのだが」
「リビアは我々も把握しているとも友よ。あちらは我々だけで開発するつもりだ。勿論、開発が成功した際には友人価格で売ることもやぶさかではないがね」
「ほう!さすがはドゥーチェ!すでにご存知でしたか!釈迦に説法ですな。無粋な真似を申し訳ない!その際はぜひライヒに売って頂きたい!なにしろバクー油田なみの埋蔵量らしいですからな!」
(流石に知っているよな)
リビアで石油が採れるっぽいことは、実はこの時代でも知っている者はよく知っている事実だ。
史実においても、ドゥーチェはリビアで石油を採掘すべく動きをかけていたはずだ。
(だが、なんらかの事情で採掘に失敗してるんだよなぁ)
何故採掘に失敗したのかは分からないが、もしかしたら熱意不足だった可能性もある。
もしかしたら石油があるのはあるが、日本の秋田県のような貧弱な埋蔵量しかないと勘違いしていたのであれば、そこまで熱意が湧かなかったとしても無理はないだろう。
(取り敢えず、大油田かもしれないとドゥーチェの頭に刷り込めただけでも良しとするか)
「・・・そんな大油田であれば我が国も100年安泰であるな。だが、友よ。我々は未来の油田の話よりも喫緊の問題があると思うのだがいかがかね?」
ドゥーチェは傍の者になにやら小声で指図したのち、おもむろに別の話題を語りだすのであった。