1 ドゥーチェとの邂逅
1937年3月 イタリア王国 トリエステ
「久しぶりですな、ドゥーチェ!やはりイタリアはあったかくていいですな!」
(これが我らがドゥーチェか!思ったより小柄だな)
ちょび髭は3年ほど前にドゥーチェに会っているが、勿論俺は初対面だ。
ドゥーチェといえばどこか番長的なイメージをもっており、なんとなくちょび髭よりも背が高いと思い込んでいた。
実際のところは白色人種としては小柄なイタリア人の例にもれず、ドゥーチェも案外小柄だった。
俺は今、転生して初めてライヒを出ている。
本当はもう少し早めに出たかったのだが、この時代冬の間ヨーロッパはあらゆる動きが鈍くなる。
雪の影響がやはり大きい。
ライヒからイタリアに向かうとなると特に雪の影響が大となる。
なんせアルプス山脈が両国の間には横たわっているのだ。
フランス国内を通れば冬でもイタリアに鉄道でいくことが出来るが、ライヒの一番の仮想敵はフランスである。
民間人ならまだしも、ちょび髭総統専用列車に通行許可がおりるとはとても思えない。
そんな訳で、雪解けを待ちオーストリア経由でイタリアに向かうこととなった。
(窓からウィーンの街並みを見ると、やはり過去に来たという実感がしたな)
俺がウィーンに滞在していた1980年代と違い、高層ビルなどは全くない。
そしてなにより街が小さい。
未来では旧市街地を出ても街並みがかなり続いていたのだが、今はわりとすぐ牧歌的な風景にかわっていくのだ。
そんな転生したことを実感させる人の営みの風景と、50年後と変わりがないアルプスの山並みの対比にどこかノスタルジックな感傷すら呼び起こされつつ、俺はイタリアはトリエステに到着したのだった。
「よくぞ参られた!友よ!良い気候とうまい食事には我が国が恵まれている!是非とも堪能していってくれ!」
(うん?これはいきなりジャブを打たれているのか?)
この時期、ライヒはイタリアにしょっちゅう独伊同盟のラブコールを送っている。
国際的に孤立しつつあるライヒにとって、友好的な国の存在は実利としても心理的なものにしても欲しくてたまらないものだったのだ。
だが、このドゥーチェは愚かではない。
むしろ現実主義者だ。
現実主義者のドゥーチェはイタリアの国力、特に工業分野の立ち遅れを実感しておりライヒとの同盟、特に戦争に巻き込まれかねない軍事同盟に関しては消極的だったのだ。
(良い気候とうまい食事は農業に由来するものだからな)
『良い気候とうまい食事は』ある。
つまりイタリアはまだまだ農業国なのだといいたいのかも知れない。
「なにをおっしゃるドゥーチェ!イタリアには他にも素晴らしいものがあるだろう!」
そう言って俺は郊外の造船所に目をやる。
ここトリエステはイタリアきっての造船の町である。
名だたる戦艦がここで生まれ、今も現在進行形で新型戦艦の建造中だ。
俺の視線の先にあるものに気付いたドゥーチェはかすかに顔を強張らせる。
(やはりな)
先ほどのドゥーチェの発言は、やはりちょとした牽制球だったようだ。
「・・・ほう、それはなんでしょうかな?」
少し間をおいてドゥーチェが尋ねてくる。
「ドゥーチェ!そんなもの決まっているではないか!いい気候、うまい食事、そして何よりいい女!イタリアにはすべてがあることは西欧人なら誰でも知っておりますぞ!」
「これはしたり!私としたことが一番肝心なものを忘れておりましたな!イタリア女よりいい女は世界におりませんな!マンマにどやされてしまいますな!」
一瞬唖然とした顔をしたドゥーチェだったが、さすがはカリスマの塊。
陽気に答えを返してきた。
(まわりの将校や高官連中は絶句しているがな)
ちょび髭総統の口から『いい女』などという単語が出てくるのは余程意外だったのだろう。
ライヒ側、イタリア側問わず周りの者は絶句していまっている。
「ドゥーチェそれは聞き捨てなりませんな!ライヒの女性陣も負けておりませんぞ!」
衝撃からいち早く立ち直ったゲーリングが小気味よくジョークを飛ばす。
「それもそうですな!いやぁ、我々は幸せものだ!さ、さ、こんなホームでの立ち話も無粋だ。一席用意しておるので場所を移すとしましょう!」
イタリアには全てがある。最高の気候。最高の食事。最高の女性。あまりにも優遇し過ぎだと反省した神はイタリア人を作ったのだ。
筆者がどこかで聞いたスラングです笑