37 ちょび髭総統と転生チート-2
「引っ越すとはどういうことでしょうか?」
『お前がきけよ』『いやお前こそ』
そんなダチョウ俱楽部を彷彿させる心の声が聞こえてきそうな沈黙の後、一人の技術者が恐る恐る声をあげた。
「総統閣下のご指示に疑問があるのか?!!」
傍らに控えていたヒムラーが暴発しかける。
「ひっ!」
『やっぱこうなるじゃねぇか!』と言いたげに、けしかけた仲間をにらむ技術者。
「よい、ヒムラー。この者の疑問も当然だ。彼ら技術者はライヒの至宝だ。敬意をもって接したまえ」
(やはりヒムラーをメンバーにいれるのは危険が危ない)
忠誠心が高いことは独裁者にとって助かることなのは間違いない。
だがヒムラーに関してはもはや狂信とでもいうべきだろう。
「は!承知いたしました!」
と返事はいいヒムラーだが、技術者たちを睨んだままだ。
「分かったなら構わん。トート。詳しく説明したまえ」
「承知いたしました。では、今回の『引っ越し』について詳しく説明させていただきます」
(詳しい説明はトートにかぎる)
こういった細かい手配はトートが優秀だ。
流石はテクノクラート。
権力さえ渡せば辣腕をふるってくれる。
今回の『引っ越し』とは文字通りの引っ越しも伴うが、それは本来の目的のついでだ。
目的はライヒ中の電子産業界の主だった技術者を召集しレーダー開発に励んでもらうというものだ。
現状、ライヒは対水上レーダーの卵まで開発ができており、この時点では米英よりもむしろ進んでいる。
なんと波長50㎝、600MHzクラスのレーダーが実用段階手前まできているのだ。
恐るべしライヒの技術力。
レーダーは英国というイメージがあったのだが、どうやらライヒも全く負けていないらしい。
そもそも高周波用真空管の理論を考え、生産したのはライヒの方が先という衝撃的な事実をこの前知った。
どうやらライヒのレーダー開発で現在進行形でつまずいているのは、高出力で電波を発振することだそうだ。
となると一つの可能性が浮かんでくる。
(日本と連携したら万事解決じゃね?)
俺は転生者である。
転生もののネット小説などを愛読していた。
となると俺も知っているのだ。
マグネトロンを日本人が世界に先んじて発見したことを。
マグネトロンの仕組みは残念ながら俺には分からないが、日本で近日発見されるそのマグネトロンを入手することは簡単に出来るだろう。
ドイツ製の工作機械というニンジンをぶら下げたら喜んで教えてくれるに違いない。
マグネトロンという高出力高周波発生装置をライヒが手に入れたら、俺が特段なにかしなくとも英米なみの高周波レーダーをライヒの技術者は容易に開発するだろう。
それだけのポテンシャルがライヒの電子技術者にはある。
となるとだ。
少し悲しい現実がでてくる。
(ゲルマニウムトランジスタそこまで役にたたないんじゃね?)
勿論、無線機や近接信管にはつかえるがレーダーに関してはどうも思ったより活躍の場がすくなそうだ。
長距離監視レーダーは低周波なので活躍できるはずだが、高周波レーダーはライヒの従来からの技術に任せることになりそうだ。
しかしそう考えると皮肉なものだ。
高性能レーダーを構成する要素である「八木・宇田アンテナ」「高周波用多極真空管」「高出力マグネトロン」。
この全てが枢軸国側で開発されているのだ。
だが、結局英米にレーダー技術で先を行かれるのは史実が証明している。
史実ではライヒは高出力マグネトロンの開発失敗と凝り性(もはやライヒの技術者の病とでもいうべき)によって高周波レーダーの実用化に失敗。
日本は軍部の無理解と電子産業界の貧弱さにより、高周波レーダーはそもそも開発すら出来ていない。
(だがこの世界線では決して負けない)
詳細な仕組みはその道のプロではない俺には分からないが、開発の方向性は分かる。
正しい方向性とマグネトロンがあればライヒはかなり早期にSバンドレーダー(3GHZ以上の高周波レーダー)の実用化に成功するだろう。
(日本の方は・・・電子産業界が貧弱すぎるからな・・・)
日本に関しては産業の裾野が小さすぎてSバンドレーダーの実用化ができるか未知数だ。
なにせこの高周波用真空管は1日と経たず交換が必要になるような代物になっていく。
というか、通常だととても製品化できないレベルの代物を戦時ということで無理やり使用するといった感じだ。
ライヒの産業界レベルでぎりぎり実用化出来るかどうかといったところだろう。
「・・・というわけで、機密保持の観点から諸君には引っ越してもらう。詳細については担当官から連絡させるが、家族諸共すぐに引っ越してもらうことなる。急なことで諸君らとご家族には負担をかけるが祖国の為だ、是非とも協力して頂きたい」
トートがひとしきりの説明を終えたようだ。
技術者の方々には申し訳ないが、これから研究開発を行うものは国家の最重要機密となってくる。
機密保持の観点から全ての研究は、先端技術研究所内で全て行う形となる。
メモ帳一枚すら持ち出せないよう、徹底的に情報の流出防止を行う。
他国の諜報員の接触の可能性を最低限とすべく、住居も指定の集合住宅への入居を義務付ける。
家族ぐるみでの引っ越しも一種の人質に近い意図がある。
(中島勝としては非常に申し訳ないが・・・)
前世では彼らと同じく技術者だった俺としては非常に申し訳ない気持ちがある。
だが、前世技術者だったからこそ情報流出には神経質になる。
日本は20世紀末、電機産業界は黄金期を迎えていた。
しかし、21世紀初頭から急速に衰えていくことになる。
円高のせいや、バブル時期に本業以外に手を出し大損をくらい、その挙句研究開発費用をケチった産業界自体にも問題があることは否定しない。
とはいえ、やはり情報流出により競争力を失った例は非常に多い。
液晶テレビなどその最たるものである。
これは直接的には東京のとあるメーカーが悪い。
だが間接的には大阪のとあるメーカーが悪い。
大阪のとあるメーカーが液晶ディスプレイの納品を東京のメーカーに約束していたのだ。
だが、そのメーカーは自社のテレビが飛ぶように売れるなかで約束を反故にした。
こまったのは東京のメーカーだ。
テレビは電機メーカーの看板商品といえる。
そのテレビが欠品するなど、電機メーカーとしては有り得ないことだ。
そこで東京のメーカーは代わりに生産してくれるメーカーを探すのだが、国内メーカーはどこも液晶テレビの売り上げが好調で自社への供給を優先し応じてくれない。
そこで手を挙げたのが某半島の某メーカーだ。
そことタッグを組んだのが終わりの始まり。
全ての技術をもっていかれ、日本のテレビ産業は完全に世界から駆逐された。
今でも日本の電機メーカーがテレビを売っているが、肝心のディスプレイを作っているのは全て某半島である。
テレビのケースだとまだある種正面から技術をもっていかれたのだが、技術者のヘッドハンティングにより技術を盗まれるケースもめちゃくちゃ多い。
かく言う俺も前世では某半島の某メーカーからヘッドハンティングをうけた。
俺は断ったが、後日その某メーカーもLEDを作り始めたのだ。
当時何人か同僚がやめていたので、まぁそういうことだろう。
(その某メーカーも結局、中華には価格競争で勝てずLEDは諦めたがな)
技術流出が致命的なのは民間企業・国家を問わず同じだ。
だからこそ強権的ではあるが、必要な措置をしなければならない。
今日各社の社長だけでなく技術者も連れてこさせたのは、このまま連れていくためだ。
それぞれの技術者の家族も事前に名簿に書かせており、今頃移送の段取りをしている。
あまりにも強権的だとは思うが、ここで時間を与えると良くない。
他国の諜報員がそれこそ察知して接触を図る可能性がある。
いや、むしろこうやって一同に集めていること自体が注意をひいてしまうのだ。
技術者にも諜報員にもなにかする時間を与えない。
これが重要だ。
(だからこそ早期退職募集とかはホントに愚かの極みだったんだ)
本来従業員を辞めさせるなら、一切のデータの持ち出しをさせないように秘密裡に解雇対象を絞り込み、通知する当日には一切の社内データにアクセスできない状態にすべきなのだ。
早期退職制度なんて本当に愚かだ。
解雇を会社として検討していることを従業員にわざわざ教えてあげ、さらには退職金を上増しして送り出してあげるのだ。
本当に愚か。
(申し訳ないがここは独裁者に徹っさせてもらう)
完全に顔が死んでいる技術者達に心の中で合掌しながら俺は口を開く。
「トートが今言った通りである。諸君らの通信と行動の自由はしばらく制限させてもらう形となるが、ご家族を含め最大限心地いい空間を提供できるよう努力することを私は諸君らに約束する。どうかライヒの為頑張って欲しい」
(ん・・・?なにか変な目線を感じるな・・・)
どうやらこの時俺は過去(前世)の事を思い出し過ぎていたらしい。
頭を深々と下げるちょび髭総統の姿がそこにあった。