36 ちょび髭総統と転生チート-1
『転生と言えばチートがつきものである。』
俺も前世ではよく転生ものを読んでいた。
昭和生まれの身としては、すこしこっぱずかしくて妻や子供に隠れて読むといった具合ではあったが・・・
それはともかく、世には星の数のごとき量の転生ものの小説が存在するわけだがその共通事項はチートと断言できる。
かく言う俺も未来を知っているというとんでもないチー
トをもっている。
だがちょっとそれだけだとしょっぱいってのが本音だ。
そんなのは転生者なら標準装備である。
何か革新的な知識を持っているとかこそのチートだと思うのだが、残念ながら俺は航空技術者でも化学者でもない。
そして世界恐慌前に転生していれば空売りでもして丸儲けも出来ただろうが、残念ながら今は1936年だ。
(ライヒの金欠はマジでやばい。)
技術はあるので金さえあれば出来ることは沢山あるが、いかんせん金がない。
だから史実と同じか少々規模を縮小した国家予算をどうにかこうにかやりくりしていくのが現状である。
ともあれ歴史を知っていること以外には、技術チートも金融チートもまともに出来ない俺なのだが、一つだけチートができる。
俺は前世、大手電機メーカーに勤めていた。
就職した当時はMSDOSを使用していた位の時代だ。
(あの頃の電機メーカーは輝いていた)
俺の晩年には見る影もないどころか、いくつかの会社にいたっては倒産してしまったが、その時は日本の電機業界の黄金期だった。
電機屋に行って並んでいる製品はすべて日本製。
サムスン? LG? ハイアール?
そんなもの影も形もないまさに黄金期。
世の中がアナログから次第にデジタルに移行していく、そんな時代だった。
そんな時代で俺が電機メーカーで研究していたのは、LEDというものだ。
別名、発光ダイオード。
もともと大学・大学院では材料工学を研究していたが、海外の博士課程修了者などというピーキーな存在は日本の電機メーカーには扱いが分からなかったらしく、当時は海の物とも山の物とも分からなかった発光ダイオードの研究部に配属されたのだ。
(※中島勝は実はウィーン大学博士課程を修了しています。なにか運命がありますね!)
ここまで言えばなんのチートが使えるのか分かって頂けるだろう。
俺の頭の中にはダイオードを作るための知識が詰まっている。
それこそ純度が高いシリコン結晶の作成方法なども一式つまっている。
(とは言え今のライヒの技術力ではメサ型トランジスタ位が限界だろうがな)
とてもじゃないがLSIどころかICも無理だろう。
製造する為の理論は分かるが、その製造装置の作成までは流石に分からない。
おそらくシリコン結晶を使用するトランジスタの製造も厳しく、ゲルマニウム結晶を使用するトランジスタの製造が限界だろう。
メサ型ゲルマニウムトランジスタだと動作周波数もさほど高くなく、レーダーへの応用だとせいぜい500MHZ帯までしか扱えない。
波長に直すと60cmあたりが限界だ。
3GHZまで高周波化がすすむはずの次の大戦の後半では真空管にもしかしたら戻る必要があるかもしれない。
だが、ゲルマニウムトランジスタには真空管にはないメリットがある。
それは小型・低電力化と耐衝撃の強さだ。
無線機器の大幅な小型・軽量化につながる。
機上無線機の軽量化は数キロ単位の軽量化にしのぎを削る戦闘機にとって有利に働くだろう。
現状では大きくてとても歩兵が一人で持ち歩けない携帯型無線機も、分隊単位での持ち運びが可能になる。
分隊同士が密に連携し、かつてないほど有機的に戦うことができ、歩兵小隊の戦闘力の底上げにつながるに違いない。
そして耐衝撃性能の高さは近接信管の生産に役立つだろう。
近接信管とウルツブルグレーダーの組み合わせで米英の重爆撃機に地獄を見せてやることが出来る。
ICまで到達出来ない以上決定的なチートではないが地味〜に、ライヒの力を底上げしてくれるだろう。
(というわけでだ)
俺は目の前に並んでるメンツに目をやる。
(見事なまでの不安顔と警戒顔だ)
総統官邸の大会議室にはライヒの電波関係を得意とする企業の技術者が顔を揃えている。
GEMA、シーメンス、テレフンケン、ローレンツ、AEGといったそうそうたる面子だ。
電子産業界の人間も馬鹿じゃない。
航空業界・自動車業界に吹き荒れている中央からの統制の嵐はきいているはずだ。
警戒して当然というべきだ。
(まぁ彼らの警戒は正しいけどな)
彼らの警戒に答えを与えて楽にしてやるべく、俺は口を開いた。
「諸君の主だった技術者はこれから引っ越してもらう」
技術者達の目が死んだのが見えた。