35 ちょび髭総統と国民自動車 幕間 ポルシェ博士
(総統閣下には満足して頂けたようだ)
とりあえずポルシェ博士はほっとしていた。
統制型自動車のトライアルでの閣下の沸騰ぶりはポルシェ博士も風の噂できいていた。
そして様々な新兵器のトライアルが中止や延期になり、要求仕様も大きく変更となるといったこともここ最近よく流れてきていたのだ。
今回の国民車プロジェクトも大ナタを振るわれるのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。
(アウトバーンの敷設計画も先送りになるようだしな)
どうやら総統閣下は堅実路線に舵をきったようだ。
アウトバーン自体は計画は続行され、土地買収は順次すすめていくみたいだが、工事のペースは落ちるとトートがぼやいていた。
(個人的にはアウトバーンをビートルが時速100キロで駆け抜ける姿をはやく見たいのだがな)
とは言え、総統閣下のご指示だ。
軍用のビートルと『ケイトラ』型のビートルを設計しなければならない。
十分にまだ煮詰まってはいないが、ある程度の妥協をすれば量産は早期にこぎつけることもできるだろう。
(また新大陸にいく必要があるな・・・)
設計はできるが量産となると私にはノウハウがない。
幸いなことにアメリカのヘンリー・フォードはちょび髭党に同情的であり、技術指導をしてくれそうな雰囲気だった。
ライヒ国内のオペル社は既にトラックを量産しているが、あの会社はアメリカ資本だ。
総統閣下も今の情勢では量産技術を公開させることが難しいと、悔しそうな顔をしていた。
(というかビートルってなんだ?)
まだ名前など付けていなかったはずだが、総統閣下の頭の中ではビートルという名前で決まっているようだ。
(ピッタリの名前ではあるが)
目の前のコロンとしたフォルムは確かにどこかカブトムシなどの甲虫を思わせる形だ。
名が体を表せていて、親しみも湧く良い名前だと思う。
そんな親しみの湧く名前が総統の口から出てくるのは意外だったが、総統閣下の意外な一面を知ったようで何故か嬉しくなった。
(それに対して『ケイトラ』ってな一体全体なんなのだ?)
ケイトラ型の車体のメリットは十分理解できる。
このタイプの車体はワゴンタイプにも出来るし、ちょっとしたものを運ぶのにとても重宝するだろう。
これまで大型トラックに手が出なかった小規模な商店も購入することが出来るようになる。
地方の農村でもトラックを持てる農家が今よりかなり増えるに違いない。
ケイトラ型のメリットは私にも痛いほど良くわかる。
むしろ当初から計画に盛り込んでいなかった自分に恥じ入るくらいだ。
(だがケイトラってなんだ?)
ケイトラという単語をポルシェ博士はきいたことがなかった。
ラテン語でもなんでもなく、響き自体ヨーロッパの言語っぽくない。
(そういえばインドにはマントラという言葉があったな)
ふと、そんなことをポルシェ博士は思い出した。
とは言え総統閣下とインドの繋がりが見えない。
そしてここでポルシェ博士は天才的な閃きをする。
(そういえば最近総統閣下は日本びいきだそうだ。案外日本語から取っているのかもしれないな)
ポルシェ博士は思いもかけず正解を導きだすのであった。
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後になってキャブオーバーの小型トラック『ケイトラ』型の起源が、日本にあるのかドイツにあるのか論争を呼ぶのはまた別の話である。