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32 西安事件-2

「まさか、本当に襲ってくるとは・・・」


蔣介石は衝撃を受けていた。

先ほどから断続的に機関銃の射撃音が迎賓館中に響き、時おり襲撃してきた兵の悲鳴が聞こえてくる。


「襲撃してきたのは張学良で間違いないか?」


「まだ辺りが薄暗く確かではありませんが、状況からいたしますと・・・」


(一体なぜなのだ?!)


張と蒋はそこまで悪い関係ではなかったはずなのだ。


張は欧州から帰って以来、蒋介石を国民党のリーダーといて推してくれていた。


欧州視察で、ムッソリーニやちょび髭などが率いるファシスト勢力の勢いを間近に見て張はその考え方に共感したらしい。


この時代を乗り切る為には強力なリーダーシップが必要だと事あるごとに語っていた。


そしてそのリーダーとして蒋がふさわしいと考えていてくれていたはずなのだ。


(中華統一はもう目前だったというのに)


国民党の長年のライバル共産党は陝西省・甘粛省の2省にとうとう押し込むことに成功した。

これまで4度失敗してきたが、今回はとうとうあと一歩で共産党の息の根をとめることが出来るところまできたのだ。


そこにきての今日の張の襲撃だ。

一体なにがしたいのか蒋には分からなかった。


(日本に対する考え方は確かに違ったが・・・)


満州をかすめ取り、おなじアジア人のくせにわが中華を蚕食する日本は蒋にとっても到底ゆるす事ができるものではない。

だが、蒋は現実が見えないほど愚かでもなかった。

日本に留学したこともある蒋は日本の強大さが良く分かっていたのだ。


確かに日本は小さな島国であり、中華からすればここ数十年を除けば、ずっとせいぜい弟分と考えていたくらいの存在だ。

いまでも国家としてみれば、見た目は中華のほうがずっと大国であろう。


だが中身が違いすぎる。


確かに日本は欧米には今一歩及ばないところも多々ある。

欧米にも住んだことがある蒋には、日本が欧米よりもかなり貧しいこともよくわかっている。

だが、いまだ近世でくすぶっている中華とは比較にならない程の近代国家であることも確かなのだ。

科学技術もそうだが国民一人一人に国家の意識が宿っている。


最近になってようやく中華の人々にも中華という一つの国家という意識が芽生えてはきた。

だがまだまだ表層的なところに過ぎず、ともすれば地方軍閥が群雄割拠する状態に逆戻りしかねない状態だ。

群雄割拠は物語としてはロマンがあり面白いが、現実には遠慮願いたいというもの。


こんな状態で今日本と全面衝突したところで勝つことは非常に難しいだろう。

よしんば勝つことが出来たとしよう。

その結果中華の国土は疲弊し、それこそまたしても地方が勝手な動きをして分裂することになりかねない。


鉄道や通信技術の発達(発達具合は世界からだいぶ置いていかれているが)の結果、中華は昔より小さくなった。

だが、それでも戦争で弱体化した政府が掌握するには大きすぎる。


だからこそ蒋は、先に中華内をまとめることが先決だと考えていた。

腹立たしいことではあるが日本にならい富国強兵を成し遂げることこそが、真っ先に行うべきことなのだ。


その為には人民が納得する範囲という但し書きつきではあるものの、日本への妥協というのも現時点では必要と蔣は覚悟を固めていたのだ。


(おそらくそれが張には許せなかったのだろうな)


父、張作霖を殺され、自らの勢力基盤の満州を奪い取った日本。

憎し日帝。

張も日本軍から過去援助を受けていたこともあって、日本軍の強大さは理解していたはずだ。

だが、理解していたとしてもやはり許せなかったのだろう。

とてもじゃないがこれ以上に日本に妥協して我慢していくことは出来なかったのであろう。


(だがこれは全中華の行く末の問題だ)


張の気持ちは痛いほど分かるが、今日本と戦争するわけにはいかない。

これ以上、中華の時計の針をとめる訳にはいかないのだ。


「報告します!捕虜にした者から裏付けが取れました!襲撃者は間違いなく張学良です!」


「そうか・・・、分かった。直ちに近隣の全軍に追撃させろ、決して逃すな」


気付けば夜が明け、すっかり銃声もやんでいた。

遠くから響くエンジン音は予め近くに伏せていた部隊のトラックであろう。


「今回の遠征は一旦中止でしょうか?」


どこか諦め顔の将校が話しかけてきた。

指示を仰ぐというよりも確認の為といった雰囲気だ。


「そうだな、これは一旦党内をまとめる必要があるな・・・。」


今回襲撃してきたのは張学良だったが、他に同じことを企んでいる連中がいないとも限らない。

そんな状況下のなかで、もとよりゲリラ戦を得意とする共産党軍相手に戦闘を継続するのはあまりにも危なっかしい。


実際、今回の襲撃も事前の情報が無ければあっさりと蔣は捕まってしまっていただろう。


(本当にあと一歩だというのに)


もうあと一歩。もうあと一歩なのだが蔣はリアリストだ。

これ以上のリスクはおかせなかった。


(しかしなぜあの国がこの計画を察知できたのだ?)


蔣は今回の襲撃を警告してくれたかの国の老将軍に思いを馳せるのであった。



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