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31 西安事件-1



(どういうことだ?)


張学良は困惑していた。


(なぜ機関銃が据えられているのだ)


軽防備のはずの迎賓館が機関銃を装備する兵で守られていることに、張学良は困惑しきっていた。


当初の予定では今頃容易に門を突破し、蒋介石を捕まえているはずだったのだ。

軽防備の迎賓館を、ただの歩兵とはいえ120人もの数で攻略するのは造作もない作戦のはずであったのだ。

だが、現実にはもう夜が明けつつあるのに門に取り付けてすらいない。

機関銃の銃口がこちらに向けられており、不用意な動きをすると制圧射撃がすぐにとんでくる。

今も不用意に頭をあげた兵が機関銃に射すくめられ、もんどりうって倒れていった。

それを見てますます配下の兵の動きが鈍くなるのに張は悪態をつきそうになる。


(いったいなぜなのだ?)


少人数の憲兵が守っているだけのはずの迎賓館の猛烈な抵抗に張は困惑を隠せなかった。

そしてその困惑はすぐに猛烈な嫌な予感にとって変わっていく。


(まさか、計画が露見していたのか?)


今回の計画は極秘で進められた。

なにせ国民党政府のリーダー蒋介石を拉致しようという計画なのだ。

『暗殺ではなく説得(拉致を伴うが)』ということでまだ部下達も納得しやすい作戦にはなっていたが、失敗すれば間違いなく首謀者とその側近は処刑を免れ得ぬだろう。


だが、そのリスクを背負ったとしても張は動いたのだ。

いや、張としては動かざるを得なかったのだ。


(蒋介石は日帝にぬるすぎる)


蒋介石は満州事変を経て、緊迫する日中関係に弱腰だ。

少なくとも張から見ると弱腰にうつった。

張の派閥の支配領域であった満州をともすれば切り捨てようとすらしているのだ。


日本には妥協の態度で、思想は違えど同じ中国人である共産党をとことん追い詰め撃滅する。


張には本末転倒な動きをする蒋介石が許せなかった。

中国は抗日で団結すべきだ。


(そう考えて秘密裏に動いたはずなのだがな)


だが、現実は目の前の立ち塞がる機関銃だ・・・

しかもただ機関銃が備え付けてあるだけではない。


機関銃を構えている兵は憲兵の制服を着ているが、憲兵にしては機関銃の扱いに慣れすぎている。

制圧射撃の仕方などは手慣れており、明らかに機関銃を扱う訓練を十分受けている様子だ。

断じて、念のためにたまたま持ってきた機関銃をおっかなびっくり扱っているとかそんな雰囲気ではない。


(守備している兵士は訓練を受けている兵士。それもかなりの精鋭だ)


ここ西安は中国全土の中では共産党の支配領域に近い方ではあるが、戦略的には国民党が掌握している都市である。

機関銃で武装した精鋭が迎賓館を守っているのは違和感がありすぎる。


「張閣下!張閣下!」


「どうした、突破したか?!」


部下の将校が息を切らして飛び込んできた。

つい30分前までは綺麗だった服が泥だらけになっている。

機関銃の制圧射撃を避けるためにうつ伏せになったせいだろう。



「いえ、残念ながら機関銃に射すくめられ一歩も前進できない状況であります。それどころか敵の増援が近づきつつあるという情報もございます・・・」


「そうか・・・」


(もはやここまでか)


周りの兵士を見渡すとほとんどの兵士は戦意喪失しているようだ。

むしろ戦意喪失しているだけならまだいい。


少なくない数の兵士が不穏な目をこちらに向けてきている。


今回の作戦は身内相手に行われている。

同じ中国人同士であり、一般の兵士は命までは取られない可能性が高い。

そればかりか今回の襲撃の首謀者である張学良を捕えれば無罪放免を勝ち取れるかもしれない。


「閣下、ここは一つ・・・」


「そうだな、もはや襲撃は失敗した。不幸中の幸いだがここは共産党支配領域に近い。我々の襲撃が他の部隊に露見する前に急ぎ撤退するぞ」


(くそ、このままでは終われん。目にもの見せてくれるぞ日帝め)


皮肉なことだがここでこれまでの敗戦の経験が生きた。

士気崩壊する兆候に敏感になっていたのだ。

逃走の段取りももはや練達の域に達しつつある。

部下も慣れたもので、既にトラックをまわしてきている。


いい部下を持ったものだと自嘲気味に思いながら、張はトラックに乗り込んだ。


トラックを見て張が逃げることに気づいた配下の兵がなにか叫んでいるが、迎賓館側の機関銃の射線のせいで身動きが取れないのだろう。恨みがましい目を向けるにとどまっている。


(しかしなぜ露見したのだ?)


張学良は最小限の人間のみで企てたこの計画の露見に終始首を傾げながら、身の回りのわずかな側近を伴い延安の共産党司令部を目指すのであった。


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