29 独日防共協定-2
「うむ、その件なのだがな大島武官どの、防共協定締結は見直すものとする」
それを聞いたリッベントロップと大島武官の心臓が・・・止まった。
そう思えるくらい二人は硬直した。
完全なフリーズ状態。コードミスで無限ループにおちいったプログラムのようだ。
「総統閣下、それはなぜなのでしょうか?」
むしろ一番冷めた雰囲気であった武者小路大使はフリーズしなかったようで、真っ先に口をひらいた。
「そ、そうです、総統閣下。り、理由をお聞かせ頂きたい!締結当日にもなり、今さら中止など大日本帝国としても到底受け入れられませぬ」
なんとかフリーズから再起動を始めた大島武官が口火をきる。
「リッベントロップ大使!これはどういったことですか!大使はこのことを知っておられたのですか!」
流石にちょび髭に直接怒りをぶつけることは思いとどまったようで、その怒りの矛先は哀れにもいまだにフリーズしたままのリッベントロップにむかった。
大島武官は般若のような形相でリッベントロップをにらみつけている。
「い、いえ、私も全く存じ上げておらず、、そ、総統閣下!いったいなぜなのですか?!中華民国よりも大日本帝国との友好をとおっしゃっていたではありませんか?!」
(そんなこちらの内部情報をホイホイいうなよ・・・)
ノイラート大臣との3人で話した内容はトップシークレットであり、部外者には、ましてや他国の者などに言っていいはずがないものだ。
(まぁ、それだけショックだったんだろうが)
リッベントロップは見ていてこちらが哀れに思えてくるほど狼狽を極めている。
「皆は勘違いしているようだ。私はこの協定の方向性に反対しているのではない。この協定の中身を問題としているのだ。この協定は一体なにを約束しているのかね?公開部分に関してはなんの意味もないことは勿論のこと、非公開部分についてもなんの意味もないでないか!」
「い、いえ、ですが我が方も大日本帝国側も内部調整の上作り上げたものでございまして
・・・」
「この協定は一言でいうとなにかあったら明らかな敵対はせずに話し合いましょう。という腑抜けた内容ではないか!こんなものなんの意味もないではないか!」
この防共協定というものは、背骨なしの協定と世に馬鹿にされてしまうとおり、なんの意味もない協定だ。
『共産主義が広まらないよう協力しましょうね』というままごとのような協定である。
世界にたいするポーズという意味でしかない、そんな緩々のものだ。
「総統閣下はこのような協定の内容だと結ぶ価値もないと、それゆえ協定は白紙に戻すとおっしゃっておられるのですか?もしそうでありましたら一度本国に持ち帰らせて頂きますが」
武者小路大使が話をまとめようとする。どうやらこの御仁は協定締結に反対の立場のようだ。
(ふむ、だがそうはさせない)
「大使、あまり焦らないで頂きたい。ライヒは大日本帝国と友好を深めていきたいと考えている。それこそそちらの陸軍がご希望の軍事同盟すら締結したいと考えている。だからこそこんな曖昧な協定は不要だと考える。ライヒが仮想敵と考えるのはあくまでソビエトだ。それはそちらも同じだろう?」
「・・・帝国としてはあまり過度にソビエトを刺激するような条約は・・」
「甘いですな、武者小路大使。かの国は条約や国際ルールなんて屁とも考えていない。昨年、共産化のターゲットをラインと大日本帝国とすると自分達で宣言していたではないですかな。そんな国にはまどろっこしいアプローチなど不要ですぞ!」
(まぁ、半分真実、半分嘘だがな)
近攻遠好は外交の常だ。
大日本帝国と権益がバッティングする事もないライヒは(前大戦で植民地を奪われたからだが)手を結ぶことの直接の不利益はあまりない。
だが、この2か国が手を結ぶことで警戒を強める国がそこそこ出てくるのが問題であり、それゆえに両国国内で慎重派も多い。
(だがライヒの世界戦略には大日本帝国が必要だ。それに遅かれ早かれ今のブロック経済体制に入れていないこの2か国は手を結ばざるを得なくなる)
で、あればだ。
ライヒにとっての同盟国候補筆頭の大日本帝国が疲弊するのは望ましくない。
特に日中戦争なんていうバカバカしい泥沼に足を踏み入れるのは一番の無駄だ。
それならソ連とがっつり緊張状態になってくれる方がむしろ望ましい。
(その為には大量の布石を打つ必要があるけどな)
日本が領土的野心から中国に攻め入った。
と、歴史の教科書では簡単に教わるがそんな単純なことではないのだ。
現地の日本人の商人が殺されたりなど、戦前の段階から微妙な空気感にはなっていたのだ。
また、中華民国の指導者である蔣介石もゆくゆくは日本と対決する腹積もりであったとのことも本人の日記に書かれていたりもする。
日本と中国が戦争をするのは大きな流れとなってしまっている。
この流れを断ち切るためには色々と工作するほかないだろう。
「軍事同盟の件、再考頂けるのですか?!」
大島武官が先ほどとは一転、一気に明るくなった顔で尋ねてくる。
「勿論いきなりというわけにはいかないがな。ライヒとしてはこのような条件と要望を持っている。持ち帰り検討されたい」
そう言って俺は事前にノイラート大臣と作成した覚書を手渡す。
「これは・・・なかなか踏み込んだ内容ですな」
「・・・総統閣下、これは・・・・」
「すぐに返事をとは言わん。持ち帰り大陸情勢を見極めた上での回答で構まわん、良い返事に期待している」
「・・・ではそうさせて頂きます」
そう言うと、日本人ふたりは執務室を後にしようとした。
「そうだ、親愛のしるしに耳寄りな情報を一つお伝えしよう」
「なんでしょうか?」
いぶかしげに振り返る武者小路大使におれは告げる
「かくかくしかじかと、海軍にお伝え頂きたい」
「???承知致しました。伝えておきます」
『全く意味が分からない』二人とも言いたげではあったが、日本人二人組は今度こそ執務室を出ていった。
「・・・それで私には説明して頂けるのでしょうか?」
後には完全にいじけたリッベントロップと俺が残されたのであった。
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独日防共協定 骨子(ちょび髭加筆は3条のみ)
1条
締結国は共産「インターナショナル」の活動に付相互に通報し、必要なる防衛措置に付協議し且緊密なる協力に依り右の措置を達成することを約
2条
締結国は共産「インターナショナル」の破壊工作に依りて国内の安寧を脅さるる第三国に対し協定の趣旨に依る防衛措置を執り又は本協定に参加せんことを共同に勧誘すべし
3条
締約国の一方がソビエト連邦より挑発によらず攻撃・攻撃の脅威を受けた場合には、相互に防衛の義務を負うものとする。
4条
本協定は日本語及び独逸語の本文を以って正文とす。本協定は署名の日より実施せらるべく且つ五年間効力を有す。締結国は右期間満了前適当の時期に於て爾後に於ける両国協力の態様に付了解を遂ぐべし