28 独日防共協定-1
「初めましてだ武者小路大使、大島武官」
「お初にお目にかかる。総統閣下。」
「初めまして!ちょび髭総統閣下!」
転生してから初めて俺は日本人と今話している。
(・・・日本語喋ってやろうか)
唐突にいたずら心が湧き上がってくる。
転生してしばらくしてから気付いたが、ちゃんと俺は日本語を喋れるし読める。
ちょび髭の記憶があるので当然ドイツ語はネイティブだが、今でも考えをまとめる時などは日本語でメモを取りがちである。
そもそも俺の思考は常に日本語で行っている。
誰かと話す際はもちろんドイツ語ではあるのだが、強いて言うならこれは丁寧語と日常語を使い分けるのに近い感覚だろうか。
そしてこの日本語で思考しているという事は、それ即ち俺自身がちょび髭ではなく中島勝である事の自分への証明となっている。
言語というのはパソコンでいうところのOSだと俺は考えている。
思考はそれぞれの母国語で行われ、その母国語の語彙や構文に影響を受ける。
母国語にない概念を思考するのは非常に困難であり、だからこそ英語やドイツ語などの概念を日本語に帰化させた明治の諸先輩方は凄いと思う。
例えばInfomationの和訳は「情報」だが、その「情報」という日本語なんてそもそもなかったのだ。
それ即ち「情報」という概念そのものが欠けていたということ。
だが「情報」という言葉が明治の時期に作られたことで「情報」という概念が日本語に生まれたのだ。
日本人というのはそこまでする民族である。
ちょび髭となった俺ではあるが、ぜひ日本人とは仲良くお付き合いしたいものだ。
ちょっと横道が長くなってしまったが、日本語というOSで思考している以上俺は中島勝だと思うのだ。
ちょび髭としての記憶と知識を使って仮装OSのような形でちょび髭をトレースできるが、あくまでそれを動かしているのは中島勝の意識だと考えている。
そんな俺のモノローグはいざ知らず、武者小路大使はのほほんと、大島武官はキラキラとした目でこちらを見ている。
(武者小路大使というのは前世の記憶にもほとんどないが、お公家さんらしいな。お飾りということなのだろうか?)
あまり中島勝の記憶にもない大使に関しては申し訳ないがあまり興味が湧かない。
一方でこの大島武官はかなりの有名人だ。
あまり良くない方で。
駐独独逸大使なんて陰口を叩かれるほどライヒびいきなのだ。
ライヒを率いる側としては扱いやすくいい人間だが、大日本帝国側としてはたまったものではないだろう。
全ての情報をライヒに好意的に解釈して本国に送るのだからな!
(まぁ、何はともあれライヒにとっての重要人物に変わりはないがな)
この大島武官(数年後には大使になっている)のもとで三国同盟が締結されていくことになるのだ。
「お二方も驚かれたことでしょう!当初の予定にはございませんでしたが、総統閣下が直々に東方の友人たる大日本帝国の特使たるお二人に是非お会いしたいとのことでしたので、急ではございますがこのように手配させて頂きました!」
大島武官と同じくらいキラキラした目で熱く語っているのは我らがリッベントロップだ。
(お前は駐英大使だろうが!自分の仕事をしろ!)
この場の手配を頼んどいてなんだが、思わずツッコミを入れそうになる。
この男、大英帝国の方々にはその尊大な態度も相まって総スカンを喰らっており、駐英大使としての仕事にやる気をなくしつつある。
(ノイラート大臣に他の者を手配させるか・・・)
うんざりしながらそんなことを思わず考える。
「いやぁ、さすがはリッベントロップ殿!小官こそ総統閣下に謁見することができ恐悦至極にございます!独日防共協定書にも閣下が直々に著名して頂けるのでしょうか?」
(謁見て・・・流石ですな)
もしかしたらドイツ語の言葉えらびを間違えたのかもしれないが、もの凄い言いようである。
(まぁ、これが駐独独逸大使と呼ばれる所以だろうな。さて、そんな事よりも本格的に歴史改変といきますか)
ここから先はいよいよ筋書きのないドラマとなってくる。
ちょっとやそっと兵器をいじったくらいではライヒの結果は変えられないだろう。
不確実性の海に漕ぎ出す必要があるのだ。
「うむ、その件なのだがな大島武官どの、防共協定締結は見直すものとする」
リッベントロップと大島武官の心臓が・・・止まった。
いよいよ本格的に動き出せます。
仕込みが長かったです。