15 ベルリン航空ショー-2
「総統、それはなぜなのですか?」
ゲーリングが顔をあからめて詰め寄ってくる。
「閣下。もし宜しければその理由をお聞かせ頂きたい」
シュミット博士は流石に口ぶりはゲーリングよりも丁寧だが、承服しかねるといった表情だ。
また、Bf109派の空軍将校達の中にも不平が顔に出ている人間もいる。
(ヒムラー呼んでなくてよかったー)
ここにヒムラーがいればもうそれは悲惨である。
『総統閣下へのその態度は何事か!』
といった具合になり、ヒムラー劇場が始まってしまったことだろう。
とは言え、ここは一発かましを入れる必要があるだろう。
なんせすんごい空気になってしまっている。
『空を飛んだこともないやつが偉そうに』とでも言いたげな空気だ。
俺が電機メーカー勤務の中島勝であればそれこそ空気を読んで、妥協したり援軍を求めたりするところだ。
だが、ちょび髭としての俺がとる手法は違う。
「諸君は空でのことしか考えていない!一介のパイロットなら構わん!だが諸君らは司令官だろう!諸君らは何か?新型戦闘機を新しいおもちゃか何かだと勘違いしているのではないか!」
独裁者ちょび髭の取る道は正面突破。
舐められたら終わりなのが独裁者なのだ。
「し、しかし、総統閣下。Bf109は他のどの試験機よりも優速で生産性に優れています。Bf109の優位性は明らかです!」
独裁者ちょび髭の圧におされつつもゲーリングが反論してくる。
確かにBf109の現状での完成度は高い。
気密型ではなく、開放型のキャノピーを採用していたり、主翼構造が煮詰まっておらず無駄に重いHe112よりも完成度が高いことは皆が認める事実だ。
だがな、ゲーリング。
このままのBf109だと次の大戦戦い抜けんぞ。
「では聞くがゲーリング。航空機を操縦するとき一番危険な瞬間はいつだ!」
「そ、それは。。。着陸時です。。。」
流石は元空の英雄とだけあってその辺はすっと出てくる。
後の世ほどきちんと統計を取っている人間がいないので、この当時はデータとしての確たる裏付けはないが、パイロットであるならば皆が経験的に知っていることだ。
「Bf109の着陸脚を見てみろ!なんだこれは!鹿の足ではないか!こんな脚で軍用機が務まるか!」
「お言葉ですが、総統閣下。我がルフトバッフェのパイロットは優秀です。着陸時に脚を折る半端者はおりません!」
そう言って、もう黙ってはいられないという口調で反論してくるのは、部下を貶されたと考えたウーデットだ。
「ウーデット、貴様は何にもわかっておらん!貴様が言っているのは平時の想定だろうが!敵と交戦して疲労困憊となったパイロットに貴様はこんな細い足で地上に降りてこいというのか!機体が被弾して通常通りの着陸が出来ない場合すらあるだろう!ルフトバッフェのパイロットは優秀だ?当たり前だ!こんな平時でそうそうミスをする奴などおらんわ!」
「し、しかし総統閣下。着陸脚の強度をあげると機体重量が重くなります・・・その・・・、現状の着陸脚はやむを得ないと言いますか・・・」
間近で見るちょび髭総統閣下のブチギレに、圧倒されつつも設計者であるシュミット博士が口をひらく。
「シュミット博士。君はスペック至上主義すぎる。ライヒに必要なのは競走馬ではない。軍馬なのだ。いくら速いからと言って競走馬を軍馬にする者はおらん!」
(すまんなタンク博士、本来は君のセリフだが)
視界の端でタンク博士がビクッと反応するのが見えた。
「軍からの要求事項全てに応えろとは言わん。翼面荷重が軍の要求を大幅に超過していることや、着陸速度が速いことには文句は言わん。技術者ならではの知見が軍のコンセプトより優れていることもあるだろう。だがな、表面上のスペックに現れないことにも気を配らないといかん。戦闘機は敵機を撃ち落とすことも大事だが、パイロットを無事基地まで連れて帰ってくることこそ重要である!」
シュミット博士は目を白黒させており、反対にタンク博士は我が意を得たりといった感じで顔を輝かせている。
(だがな・・・現実を見なければならないのも事実だ)
本当はBf109は全面見直しをさせたい。
翼の形も大幅に変更し、着陸脚の取り付け方も変更しとしたい。
さらにはライヒ独特の倒立V型エンジン文化も改めさせたい。
倒立V型エンジンがどう悪いのか、エンジン専門家でない俺には表層的なことしか分からない。
だが、戦後倒立V型エンジンなど生産する会社が存在しないのが一つの答えだろう。
と言うか、生産性整備性などを考えるとそもそも星形空冷エンジンを主軸に据えた方がいいのではないかとも思う。
本当は色々と根本から変えたいのだ。
(だがそれを待っていては時期を逃すのだ)
そんな根本的な変更を行なっていては1939年までに十分な数の戦闘機を揃えることができない。
翼の形などすぐに変えられるものではない。
コンピューターもないこの時代、風洞実験などを繰り返し最適な翼の形をちまちま探っていかないといけないのだ。
だからもうこの試作機達の中から取り敢えずは制式採用しなければならない。
ライヒの基本戦略は先行逃げ切りしかない。
すでに準戦時体制としてスタートダッシュを切り始めているそのリードでそのまま突き放すしかないのだ。