13 幕間-3
執務室を後にしたデーニッツは、帰りの車の中で押し黙っていた。
同乗者であるレーダー提督と乗り合わせていたが、何から話したものかと考えていた。
「航空機と潜水艦か・・・」
意外なことに先に口を開いたのはレーダー提督だった。
「・・・総統閣下は戦艦が好きだと思っていました」
「・・・わしもだ」
総統閣下が、デカい、強い、大きい(あえてダブって表現)ものが好きというのはライヒの皆が知っているところだ。シュペーアをはじめとする、建築家どもが提案し採用される建築物を見れば総統の好みがわかるというものである。
「可潜艦ではなく潜水艦を作れという話でしたね」
総統が指示した新型というより新世代潜水艦に必要不可欠な要素はいくつかあった。
一つ目は、艦型自体の見直し。
水上航行を重視した艦型を取りやめ、水中航行に適した艦型とすること。当分は胴体を延長し重油搭載量を増加させたVII型を繋ぎとして建造せよとのことだが、20隻を上限に打ち止めということだ。
(設計部が泣くことになるな・・・)
必死に水槽でVII型の模型と格闘し、造波抵抗などを調べていた設計部のことを思うと気の毒になる。
二つ目は、大量の電池の搭載による潜航時間の大幅な拡大と、高出力モーターの搭載。
水中航行を重視した流線型の艦形と相まって、水中での高速力を目指す。とりあえずは水中速力13ノット以上とし、最終的には20ノットの発揮を目指す。
また、潜水状態での連続航行距離は400キロを目指す。
従来の潜水艦からは考えられないほどの水中での行動力の拡張を目指すことになる。
(電機メーカーがこれに関しては泣くことになるな、いや結局設計部もか)
これだけの水中での行動力を実現する為には大量の電池を搭載し、かつ高出力モーターを駆動させる為に高電圧高電流に耐えうるよう艦内配線を行わなければならない。
そんな電気設備を潜水艦という限られた容積の中で実現をする必要がある電機メーカーもそうだし、電池のような重量のある装備を大量に積むということは潜水艦自体のバランスも根本から考えないといけなくなる。
これまでの潜水艦設計の知見とは大きく異なるアプローチが必要となるかもしれない。
三つ目は各種新機構の搭載だ。
これは今から開発することになるので、新型潜水艦の初期生産型においては、将来的に搭載する場所を設けておくといった処置にはなるだろう。
搭載する新機構は三つある。
1つは目はシュノーケル装置。
潜望鏡深度でバッテリーの充電や、内部空気の入れ替えをできるようにする装置だ。
これの搭載により、潜水艦がもっとも無防備になるバッテリー充電の際での被発見性が大きく下がる。
敵が制海権を握るエリアでも比較的安全に作戦行動をとれるようになるだろう。
2つ目は対空レーダー及び対水上レーダー、そして逆探知装置とのことだ。
総統曰く、対空レーダー等のレーダーは可能であればとのことだが、逆探知装置は必須ということだ。
(これは私にも分かる)
双方目視であるなら、こちらが発見するのと敵がこちらを発見するのとは乗組員の腕の問題もあるがそこまでどちらが有利ということもないし、概ね船が小さい潜水艦の方が有利だ。
だがレーダーを敵が装備すると目視が難しい荒天時や夜間においても捕捉される危険性が高まる。そんな時に逆探知装置を装備していないと敵に捕捉されたことにすら気付かずに奇襲攻撃を受けることになる。
隠蔽性が命の潜水艦が、その隠蔽性がなくなったことに気付きすらしないなど悪夢そのものだ。
(絶対に逆探知装置だけは搭載せねばならんな)
3つ目は魚雷の自動装填だ。
これに関しては総統はそこまで熱心に押してはおらず、できればといった雰囲気であった。
「デーニッツよ。・・・総統についてどう感じた」
レーダー提督が周りを気にする素振りを見せながら問うてきた。
「・・・これまでにない総統だったと思います。」
私も慎重に言葉を選びながら答えた。
最近、総統閣下は警察機構の掌握や、親衛隊内の諜報機関の拡充を通じて多くの情報を収集しているという噂だ。
この車内にはレーダー提督と私と運転手しかいないので大丈夫だとは思うのだが、自然と声が小さくなる。
「ですが、総統のおっしゃるコンセプトは非常に説得力のあるものです。レーダー提督のお考えとは反することを承知で申し上げますが、ロイヤルネイビーと正面からやりあえる海軍を我がライヒで早晩に整備するのは非常に困難です。だとすれば、潜水艦を主力におくという戦略は正しいと私は考えております」
総統の描く海軍の姿は、戦艦が航空機に太刀打ち出来ないようになる等、今でも眉唾ものと思ってしまう内容はあるものの、『潜水艦が主力』という考え方自体は当初から私が考えいた戦略と非常に近い。
(そういう意味で私は受け入れやすいが、レーダー提督は難しいところだろうな)
レーダー提督はもともと大西洋艦隊を志向していた。
今回の総統の話はレーダー提督の思想を真っ向から否定するものだ。
(部下たちを抑えるのも大変だろう・・・)
この時私は一つ勘違いをしていた。
レーダー提督は総統の語る海軍の姿について語っているのだと私は考えていたのだが、それは違っていた。
「総統のおっしゃることは非常に正しくきこえた。実際、私も総統のお話を聞くにつれ潜水艦を主力に据えることが正しいと思えてきた」
そう言うとレーダー提督は再度小さく周りを見回した。
「だがねデーニッツ、わしはそこに違和感を抱く。全く違った海軍の姿を考えていたわしが考えを変えてしまうほどの説得力があること自体おかしいと思わんかね?総統の口ぶりには全く迷いがない。この方向が正しいと考えているといった雰囲気ではない。まるでこの方向が正しいと知っているとでも言わんばかりだ。予想や想定などといった生易しいものではない。そうなると確信しておられる。何故そこまでの確信を持っておられるのか・・・そこにわしは違和感を抱かずにはおれん」
「・・・最近総統閣下が拡充しておられる情報機関によるものでしょうか?」
「分からん。だがわしは今日総統のことを改めて恐ろしいと感じた」
私は改めて今日総統の指示された内容を思い返す。
(確かに総統の指示にはある種の確信が込められている気がする。。だがな。。。)
「とは言え、総統の指示は実行しないといけないですし、実際海軍の進む方向としては正しいと思います」
「で、あるな・・・」
そう言うとレーダー提督は口を閉ざし、別れ際まで口を開くことはもうなかった。
「総統は本気で大英帝国ともう一度やりあうつもりなのだろうか・・・」
海軍省に戻り、自分の執務室にもどった私は小さくつぶやいた。
戦艦には潜水艦にはこなせない大きな役割が一つある。
潜水艦では決して出来ない大きな役割。
それは抑止力だ。
だだその抑止力という身を完全に捨て、戦力という実をとる。
それは平時ではなく、戦時の発想。
(総統はすでに戦争を決意されているのかもしれない。それも局地戦ではなく全面戦争を)
そんな漠然とした不安を抱きつつ、、私はハンブルクの造船業者に発注がキャンセルになった旨を伝えるべく、貧乏くじを引く羽目になる海軍の担当者を呼びつけるのだった。