2 重爆撃機と航空機エンジン
「「「おおぉ」」」
離陸した4発機を見て寒空の下、男たちのどよめきが上げる。
まったく狭くない飛行場の駐機場がその刹那、公園の砂場サイズにせまくなったと錯覚するほどだ。
「総統閣下!これでライヒも重爆撃機を手に入れることができますな!」
そう興奮した声をあげているのはゲーリングだ。
高速爆撃機論者のウーデットも四発爆撃機の威容には感じるものがあったらしく、ゲーリングの隣でしきりに首を縦に振っている。
俺たちの目の前でようやく試作型の開発が終わり、制式採用が決定されたドルニエ社の4発爆撃機がゆったりと空を舞っている。
『ウラル爆撃機計画』の続行と、要求仕様の修正を伝えて丸2年。
ようやく形になった。
他にもハインケル社であったりユンカース社やフォッケウルフ社であったりがトライアルに応募してきていたが、ウラル爆撃機計画に参加していたことで一歩先んじていたのと、高翼機の設計に一日の長があったことでドルニエ社がトライアルに勝利した形だ。
制式採用が決定した機体は飛行艇メーカーの作品らしく、高翼配置に縦長の胴体を備えている。
(まぁ、要はライヒ版B24だな)
液冷エンジンを採用している点や、単尾翼を採用している点、普通の爆弾倉扉(シャター先ではない)が異なるが、それ以外はB24にそっくりだ。
当初は爆弾搭載量を優先する案もあったが、航続距離と生存性に能力値を割り振っている。
行動半径1500キロは確保しているのでイギリス全土はもちろん、当初の計画どおりウラル地方の工業都市もウクライナあたりまで進出すれば狙えるだろう。
(とは言え戦力化はまだまだ先だがな)
この規模の機体を量産するとなると工場の建設から始めないといけない。
これまでもライヒで大型機の生産がなかった訳ではないが、それは少量生産だ。
生産ラインを組んで行うという大量生産の基本形ではなく、家の建築や船の造船のように組み立て現場に部品を持ち込んで組み立てるという形式であり、『組み立て中の製品が組み立て現場に流れてくる』というライン生産方式には至っていないのだ。
その確立からしないといけない以上、本格的な量産は来年以降となってしまうだろう。
ちなみに前世の記憶がある俺からすると、『4発機にしては小さいな』というのが最初に見た時の感想だったりもする。
前世で俺が見たことがある、なんなら乗ったことがある4発機はボーイングB747でありエアバスA380である。
A730に至っては最大離陸重量500トン越えの化け物だ。
50トンではない。
500トンだ。
目の前のDo20の20倍近くの重量を誇る真の化け物だ。
(流石に前世の大型機と比べるのは性格悪すぎか)
皆があまりにも感動していることへの反動もあるが、無意味すぎる比較と言えるだろう。
「そうだな、ゲーリング。Fw187もJu88も早々に本格生産開始だ。ようやくルフトバッフェにまとまった数の新鋭機が配備されるな」
そう俺が言うと、ゲーリングの笑顔がややぎこちなくなる。
(別に嫌味のつもりではなかったんだがな)
俺にその意図はなかったが、関係者は遠回しに俺が責めているともとれるだろう。
なんせ、ルフトバッフェは昨年満足に新鋭機を受領出来ていない。
発注はすでにしているが、納品がされないという状態だ。
その理由はシンプル。
生産の遅延。
遅延している理由もシンプル。
エンジンの生産が全く追いつかないということだ。
ただ、史実とは少し様相が異なる。(はず)
俺がダイムラーとユンカースに命じて行わせた技術交流は、失敗と成功をもたらした。
DB601の改良は失敗したと言っていいだろう。
高精度の部品、特に高精度ベアリングを多く必要とする設計を改めさせるべく、すべり軸受の採用などを検討させたのたが結論的にはうまくいかなかった。
モーターカノンの取りやめで、補機スペースが多く取れたり、設計の若干の単純化を図れたりもしたが、そこまで大きな効率化は図れなかった。
もともとが小型高性能をバリバリに狙っていただけあって設計変更に耐えうるだけの柔軟性が残っていなかったのだ。
一方でjumo211の改良は成功した。
加圧型冷却水循環システムを搭載した事でエンジンの冷却性能が劇的に向上すると共に、冷却水タンクの容量の小型化などによりDB601に比肩するまでに小型化する事に成功したのだ。
これを受けてDB601とJumo211の評価は逆転する。
同程度の性能であれば高度すぎる設計を施し生産性に劣るDB601と、生産が容易い(ライヒ基準で!)Jumo211では後者に軍配が上がるのが当然の結果である。
(とはいえDB601の生産も継続はしているがな)
He112やFw187、Ju88にはJumo211が使用されることになったが、Bf109には史実通りDB601が搭載されることになった。
これは不足する航空機エンジンの供給の都合から、DB601の既存の生産ラインを止めるのは事態を悪化させるだけなことは明白であったのでいずれかの機体にDB601を搭載する必要があったという生産体制側の事情もあるが、何よりDB601の特性とBf109の特性がピッタリだったというのも無視できない要因だったのだ。
確かにDB601はボールベアリングを多用する構造で生産性が良くない。
だが、この構造が『潤滑油に頼る割合が低い』エンジン特性を生み出した。
具体的にいうとオイル温度を上げるための暖気運転が不要、もしくは短くて済むという特性だ。
そしてこの特性とBf109の『出力重量比に優れる小型機体=上昇力に優れる機体』という特性が組み合わさると理想的な迎撃機の出来上がりというわけだ。
そんなわけでDB601はBf109専用となり、Jumo211はその他主力機に搭載されることになった。
そしてそれぞれ去年から生産が本格化していたのだが、昨年はそこまで生産数が伸びなかった。
理由は単純。
各社の新工場の生産体制がすぐには軌道にのらなかったからだ。
膨大なルフトバッフェからの発注に答えるべく各社とも生産体制の拡充を急いでおり工場の拡張も急ピッチで行っていたが、工場を拡張したからといってすぐに全力生産できるわけではない。
工員が熟練するまで時間がかかるし、工場全体の作業工程が煮詰まるのにも時間がかかる。
大量生産に慣れている海の向こうの超大陸ならともかく、どちらかというと高品質少量生産タイプのライヒ産業界が大量生産用の生産ラインを稼働させるには時間がかかったのだ。
そんな訳で、昨年は生産数が伸び悩んだが今年は各社の工場も生産体制の確立が完了し、Jumo211で年産
6000台、DB601で年産2000台に達する予定だ。
そして今後も生産規模の拡大を続け、とりあえず今の計画ではJumo211は年産2万台ペースまで拡大できるよう指示を出し
が、この俺の指示は軋轢をうんでいる。
『そんな数がいるのですか?』とトート達経済省の面々は勿論の事、『そのペースで生産すると機体数よりエンジンがだいぶ多くなるですが・・・』とゲーリングをはじめルフトバッフェの将校達も『ありがたいですが、やりすぎでは・・・』といった様子であった。
エンジン生産の為に大量に工作機械を購入、生産している事を聞きつけた海軍などは『そんな金があるなら戦艦を』とブツクサ言っているらしい。
(でもこれでも全然足りないくらいなんだよなぁ)
平時と戦時ではエンジンに対する考え方がまるで異なる。
平時では壊れるまでエンジンを酷使する事は滅多にないが、戦時では違う。
壊れる寸前までエンジンを酷使するなんてザラになるのだ。
エンジンなんていくらあっても足りないくらいだ。
だから現状の計画以上の生産体制構築も研究させている。
それこそ計画の計画、またの名を取らぬ狸の皮算用といった具合であるが年産6万台の生産体制構築の算段もつけさせているのだ。
ちなみに研究を命じられたトートは『正気ですか?』と言いたげな顔をしていた。
だが、その正気とも思えない規模のエンジンの量産をしないと次の大戦では戦い抜けない。
俺も年産6万台はかなり欲張った数字だとは思うが、海の向こうの大国はその倍以上の数を作ってくるのだ。
目標値としてこれくらいは設定し、事前に研究しておかないと後手後手にまわりすぎるだろう。
そんな俺の思考を読んだ訳ではないだろうが、ゲーリングが言った。
「えぇ、閣下のご指導のおかげで各社の生産効率はかなり上昇したと聞き及んでおります。まとまった数の機体が納品されるのもひとえに閣下のおかげでございます」
「いや、私は何もしておらんよゲーリング。私が行ったのはキッカケづくりに過ぎん。真に偉大なのは現場の工員の方々だ。ゲーリングよ、軍も工場も現場の声を大事にせねばいかん。現場にこそ問題とその解決策の両方が眠っているのだ!」
『貴様ら将校も現場の声はくれぐれも軽く見ないように』と俺は居並ぶ将校にそう訓示するのだった。