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28 クリスタルナハト 幕間 とある突撃隊員

「ぶっ壊せ!奴らの店を全てぶっ壊せ!」


そこら中から怒号が聞こえる。

そしてその怒号に答えるように、ガラスが割れる音が鳴り響く。


半ば暴徒と化した市民が商店の打ち壊しを行ってるのだ。


ユダヤ系とみなされた商店のドアのガラスが、ショーウィンドウのガラスが片端から割られていく。


割られたガラスが街灯の灯りで煌めき、残忍な美しさをライヒの秋の夜に添えている。


(やつらは、奴らはやっぱり許せねぇ!)


ちょび髭党突撃隊員であるヨハンも暴徒と化した市民の1人だった。


もともとヨハンは男ばかりの4人兄弟の末っ子で、父はベルリンで靴屋を営んでいた。

そんなに大きな店では無かったが、通りに店を構え馴染みの客もつきヨハンが幼い頃は日々の暮らしには何不自由ないライヒの典型的な中間層の暮らしを送っていた。


たが、戦争で全てが変わってしまった。


ヨハンの父と1番目の兄が前大戦で戦場のつゆと消えたのだ。

職人気質で厳しい父親だったが、息子のヨハンから見ても一本スジが通った男だった。


そんな父に似たのか兄も寡黙でやるべき事を粛々と確実に進めるタイプの男だった。


恥ずかしくてそんなこと面とは言えなかったが、ヨハンにとって自慢の父と兄だったのだ。


そんな2人を失った後、ヨハン一家は必死に働いた。


幸い2番目の兄は父から技術の初歩を叩き込んで貰っていたから、苦しいながらもなんとか靴屋をまわせたのだ。


そんなヨハン一家にとどめをさしたのが世界恐慌であった。


日々の食事が危ういのに靴に金を使う人間などいない。


金持ち相手の商売だったら話は別だったかもしれないが、ヨハン一家は庶民を主な顧客としていた。


まさに坂道を転がり落ちるように事態は悪化した。


最終的にヨハン一家は店を奪われたうえに家を追い出され文字通り路頭に迷う事になった。


(あの時の、あの時のあいつらの仕打ちだけは忘れねぇ)


靴屋の倅のヨハンには難しい事はわからない。

たが、自分達の店を取り上げて家から追い出したのが誰か位は分かる。


(ごうつくばりのユダヤ人どもが!)


ヨハン達の店もアパートもオーナーはユダヤ系だった。

不気味な山高帽を被った彼らは『もう暫く支払いを待ってくれ』と懇願する兄と母を無視して無理やり追い出したのだ。


それからの事はよく覚えていない。


親戚の家や、よく分からないおじさんの家などを転々とした。


ヨハンも大きくなってからは家計を助けるためにどんな仕事でも選り好みせず応募したが、現実は非情だった。

失業率30パーセントを超えるライヒで低学歴未経験の若造を雇ってくれる職場はどこにもなかった。

自分で起業しようとしても、先立つものが何もないヨハンには不可能だった。


そんなヨハンにとって、目抜き通りでキラキラ輝くショーウィンドウを見せびらかすユダヤ系の商店は目障りで仕方なかったのだ。


そんなヨハンにとって今回の駐仏ドイツ大使館をユダヤ人が襲撃したのはまさに僥倖だった。


ユダヤ人への反感を持つヨハンはちょび髭党突撃隊に所属していたのだが、ベルリンオリンピックからこっちは党の方針が変わり以前ほどユダヤ人に対してライヒは融和的でありヨハン達突撃隊員は不満を募らせていたのだ。


「これで上の連中も目を覚ますに目を覚ますにちげぇねぇ」


ヨハンは辺りに散らばるガラス片を見て満足げに頷く。

周りの突撃隊員の仲間達もニヤニヤしながら頷いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんでだよ、お前達も同じちょび髭党員だろう?!なんで俺たちを逮捕するんだ!」


翌日、ヨハン達は昨日の続きでユダヤ人を襲撃しようとしたが、そこで待っていたのは軍隊の銃口だった。

よく見れば同じちょび髭党の親衛隊の連中も取り締まる側にいる。


「うるさい!総統閣下の演説はお前達も聞いただろう!お前達がやっていることは国家への反逆だ!」


ヨハンの抗議を軍の兵士は一蹴してヨハンの身柄を警察に引き渡す。


一晩経って、街の様子は一変していた。


朝一に総統閣下の緊急ラジオ演説があり、急速に暴動は収束した。


従わない者は警察が容赦無くしょっぴいていき、ヨハン達のように徒党を組んでいる者は午後から出動してきた軍が取り囲み容赦無く鎮圧していったのだった。

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― 新着の感想 ―
この事件の後始末を、いったいどうするのか、対応によって歴史が大きく変わるわけで。
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