26 ズデーテン併合-2
「残りの地域ですか?」
ノイラート大臣が口を挟む。
『拡張は終いだ』というさっきの俺のセリフと矛盾する俺の発言に困惑した声を上げる。
「ノイラート大臣。もちろんライヒが請求する領土はズデーテンが最後だ」
疑問を呈したノイラート大臣を見て俺は言葉を続ける。
「だがな、大臣。ハンガリー、ルーマニア、ポーランドがチェコスロバキアをそのままにしておくかな?」
「・・・まぁ、動くでしょうな」
この時代のバルカン半島を筆頭に中央ヨーロッパは係争地だらけだ。
オーストリア=ハンガリー二重帝国が崩壊したのち、列強国の机上の調整で国境を策定した事で国境・領土に納得がいっていない国は多い。
英仏に庇護してもらえない事が明白となったチェコスロバキアは格好の草刈場となってしまうのは明々白々と言えた。
「その通りだ大臣。そして他に選択肢がないかの国はライヒに仲裁を依頼してくる事だろう」
国家分解のきっかけを作ったライヒに仲裁を頼むことはチェコスロバキアにとって屈辱以外の何物でもないことだろう。
だが、工業地帯かつ要塞地帯であるズデーテン地方を取られたチェコスロバキアは国力的にも戦争できる状態ではないし、国内情勢的にも各地方の分離独立の機運が高まり戦争以前の問題としてそもそも国家として意思統一をすることすら難しくなる。
史実通り間違いなくライヒを頼ってくる。
そしてライヒも史実通りウィーン裁定を行い周辺各国にチェコスロバキアを切り売りすることになる。
中央・東ヨーロッパ諸国とライヒ経済は今や密接に結びついている。
ライヒからは各種工業製品を輸出し、相手からは各種資源を輸入するという経済圏が出来上がっている、というよりそうライヒが仕向けた。
英仏と緊張が高まるライヒは彼らの勢力圏からは勿論のこと、彼らの勢力圏を通って資源を輸入することすら出来るだけ避けるべく貿易の相手国を変えていっていたのだ。
これは当然(と言ってしまえるのがこの時代の闇だが)相手国への圧力を伴っている。
ライヒ以外から工業製品を輸入しないよう圧力をかけ、同時にライヒ以外に資源を売らないように圧力をかけている。
そんな状態であるから中央・東ヨーロッパ諸国にそっぽを向かれるのは非常に不味いのだ。
ライヒの懐が痛まず、彼らに飴をやれるのならやらない手はない。
だからウィーン裁定自体は切り売りされるチェコスロバキアには申し訳ないが史実通り実行させて頂く。
(だが、ライヒへの併合に関しては史実から変えさせてもらう)
史実ではチェコスロバキアの他国へ切り売りした残りも事実上ライヒに併合し、かなり苛烈な統治を行った。
目の前にいるノイラート大臣が総督を勤め実権を握っていた頃はまだ穏健だったが、『統治がぬる過ぎる』として大臣から実権が奪われてからは苛烈の一言に尽きる統治がなされたのだ。
この世界線においても併合はする。
だが、オーストリアと同様に国家という単位は分解し各州が直接ライヒ中央政府の直下に入る状態にする。
ライヒ本国の他の州と同様、地方法の制定権限や、地方税の徴税権限も国法が許す範囲であれば自由に行えるものとする。
唯一他の州と違う点は今後10年間は国会に議員を送れないという点だ。
(まぁ、この点に関しては実態としては送ってきても何の意味もないのだがな)
この時期のライヒがとんでもないことに、『全権委任法』なる法律が施行されている。
これは立法権を国会がちょび髭個人に委任するというトンデモ法だ。
つまりちょび髭こと俺は行政権、立法権を合法(※これにはいろんな捉え方があります)的に掌握しているのだ。
そして行政権、立法権を握ってしまえば裁判権も自ずとついてくる。
裁判で裁こうにもその基となる法律を俺はやりたい放題できるのだ。
もはや裁判権など言葉上の意味以外の何の意味も持たなくなる。
絶対王政の立派な完成と相なるわけだ。
「・・・閣下。それはぬる過ぎはしないですか?それではすぐに分離独立を叫ぶ輩が出てきます。それに我が党内からも様々な意見が出るかと」
俺の方針を聞いたヒムラーが控えめに抗弁してくる。
「ヒムラー。党内をまとめるのがお前の役目だ。それにだ。そこまで私も甘くしろとは言っていない。分離独立を叫ぶ者は徹底的に弾圧しろ。」
「それはいけません閣下!我々がこれまでの行動を正当化してきた民族自決という理屈を正面から捻じ曲げることになります」
ノイラート大臣が声を上げる。
それを3馬鹿トリオはすごい顔で睨みつけるが、大臣の懸念は当を得ている。
これまでも大概ライヒは好き放題してきたが、何とか一応言い訳がつく範囲でやってきた。
『他国にいる分離独立を望むドイツ系民族を援護する』という理屈でズデーテン地方の併合をやってのけたのだ。
独立派を弾圧するのはこれまでの自分たちの行動の真反対をいくことになる。
「わかっている、大臣。だからこその国会参加までの猶予期間だ。」
「・・・どういうことでしょうか?」
ノイラート大臣が困惑した顔をする。
「それはだな大臣。私は今回ライヒが併合する地域に関しては合法的に分離独立をする道を残しておこう思う」
「「か、閣下?!」」
ヒムラーとゲッベルスが目を剥いて声を上げる。
いならぶ閣僚達の多くも仰天した顔をしている。
(まぁ、そうなるわな。だが、どちらかだけではどこかで躓くぞ)
統治に欠かせないものが二つある。
それは飴と鞭だ。
そのどちらかだけでは統治はうまくいかない。
今回の場合、急進的独立勢力に対する弾圧が鞭で、将来での合法的独立への道が飴だ。
具体的には、国会投票と国民投票及び地方議会の投票結果次第では分離独立を許容する旨を盛り込んでおく。
勿論すぐ独立されると困るので、併合から10年後以降で発議可能と設定しておく。
さらに10年後当初は国民投票にて90パーセント以上などといったハードルが高いものとしておく。
だが、これだと『実際は独立させる気がねぇじゃなねぇか!』と思われ何の意味もなくなってしまうので、
年次が進むにつれ必要な賛成比率が減って分離独立がしやすくなるように調整をしておく。
10年ごとに再発議ができるようにしておき、10年経つごとに10%づつハードルが下がっていき最終的には50%以上の賛成で独立が出来るように調整する。
(これがどの程度効くかはわからんがな)
結局のところこの飴は併合される地域の市民がこちらを信じてくれないと何の意味もない。
武力を背景に無理やり占拠してきた他国の言うことを『なるほど!それは素晴らしいですね!』と受け入れるほど市民達も甘くはないだろう。
だが、大半の人の意思とは弱いものだ。
追い詰められた人間は自らを顧みず闘うが、逃げ道を用意されるとほとんどの人はそちらに進んでしまう。
『もしかしたら約束を守るんじゃね?』と市民達が思い始めたら十分だ。
独立運動は遵法派と急進派に分断されその力を大きく減じることになるだろう。
問題の先送りに過ぎない気もするが、とりあえずはこの先10年が大事だ。
俺は現実主義者だが、別に虐殺者になるつもりもないから10年後に分離独立の声が高まったとて苛烈な弾圧を加えるつもりはない。
加えるつもりはないが、ぶっちゃけその先は核さえ持っていれば何をしたところで他国から物理的に干渉される心配はない。
「分断して統治せよ。ですか」
ぼそっとシャハト大臣が声を漏らす。
「その通りだ、大臣。占領地統治の基本中の基本だ」
昏い笑みを浮かべ、俺は閣僚達に言い放つのだった。