24 ズデーテン危機
ズデーテン地方.
ライヒ南東の隣国、チェコスロバキアの北西に位置する山岳地帯(平野が基本のドイツ人にとっては)だ。
その麓では有力な工業地帯が広がり、多く軍需産業もそこに工場を構えている。
チェコスロバキア自体、あまり馴染みがない地域ではあるが、前世ではみんなのアイドル『ヘッツァー』の出身地だったりもするそんな地域だ。
そして今、世界中の注目が集まっている地域でもある。
(まぁ、集めたのは俺だが)
今年の3月にオーストリアをライヒは併合した。
600万人もの人口と多くの産業地帯を手に入れたが、ちょび髭党員を筆頭にライヒの人々の熱意はとどまるところを知らなかった。
ヴェルサイユ条約から後、世界中で叫ばれる『民族自決』のスローガンを武器に、全ドイツ民族の統合を求める声は日増しに高まっていった。
そしてこれはライヒ内にとどまらず国外に住むドイツ系の人々も同様だった。
ズデーテン地方のドイツ系の人々はその典型例であった。
かの地には多くのドイツ系の人々が住んでいた。
そしてもともとチェコスロバキア政府がドイツ系の人々を公務員から除外するなどといった差別を受けていたこともあって、分離独立の芽が存在はしていたのだ。
その芽を俺が率いるちょび髭党ライヒは育てることにした。
ラジオ、プロパガンダ映画を使い民意を煽りにあおったのだ。
その結果・・・。
「ちょび髭総統、これが最後ですな?」
俺は疲れた顔をしたチェンバレン首相に念押しで確認されていた。
「首相、民族自決の原則は守られる物だ。その原則に従って我々ライヒは動いている。この世にズデーテン以外に50%以上のドイツ系住民がいる地域がない以上、これが最後になる」
俺は自信に満ちた表情でチェンバレン首相に言い切った。
「分かりました。ちょび髭総統の要求を英国は支持します。」
「良いご判断です首相。首相のご英断をもって世界の平和は今日のこの瞬間に保たれましたぞ」
俺は疲れ顔の英国首相に手を差し出す。
チェンバレン首相は一瞬俺の手をじっと見たが、すぐに俺の差し出した手を握り返してきた。
「さて、それでは他の国の方々に伝えてきますかな」
緊張の糸が緩んだのか、あくびをしてしまった英国首相は『おっと失敬、つい気が緩んでしまいました』と言いながら、会談の部屋を出ていった。
「あぁ、そうだともこれが最後だ」
『平和に終わるのは』と心の中で付け加えながら俺は1人呟く。
今回の会談、後の世でいう所ミュンヘン会談によりズデーテン地方のライヒへの編入が決定された。
まだ英国がこちらの要求を呑んだだけに過ぎず、当事者であるチェコスロバキアはなんらの同意もしていないが、英仏に見放された小国にはもはや血を流しての亡国か、領土の割譲かのいずれかの選択肢しかなかった。
(弱いという事は、辛い事だな)
今回のミュンヘン会談での最終局面である、チェンバレン首相と俺との会談にさいし、チェコスロバキアからの使節団は口を挟むどころか会談の部屋にすら入れなかった。
自国の領土の事なのに、最後は一切の口出しすら許されなかったのだ。
当初はチェコスロバキア寄りの態度を見せる事もあった英仏だが、最後は戦争への恐怖に負けた。
先の大戦の記憶はまだまだ新鮮さを保ち欧州の国々の国民には刻み込まれている。
今回のズデーテン危機が始まって以来、軍の動員を各国行ったりもしたが、結局は『ギリギリ、ヴェルサイユ条約の枠内』という苦しい言い訳に各国は逃げたわけだ。
ドアの外ですすり泣く声が聞こえる。
チェコスロバキアからの使節団の一員が思わず涙しているのだろう。
英仏の援護が期待出来ないという事が何を意味するのか首相も正確に理解できているようだ。
(すまないな、だがライヒは止まらないのだ)
今回のズデーテン併合でライヒは200万人の人口と、多くの工場を得る。
これはライヒが歩むどの道・未来においても必要不可欠なものだ。
偽善的ではあるが、アンシュルスと今回のズデーテンのどちらでも軍の衝突はおきていない。
史実と違い俺は苛烈な軍政を引くつもりはないのだからなんとか大目に見てほしい。
(チェコスロバキアに残された地域は、、、すまんな)
史実通りならチェコスロバキアはこれからハンガリーやポーランド、ルーマニアから領土割譲の要求が相次いで突きつけられる事になる。
有力な工業地帯を失い、国民の支持もバラバラなチェコスロバキアはそれらの要求に抗する事は叶わない。
彼の国を近い将来に待ち受けるのは国家の完全な解体だ。
(まぁ、他の国の心配をしている場合でもないけどな)
今回のズデーテン地方の併合までは俺の中では完全に想定の範囲内。
フリッチュ陸軍総司令官からは反対されるわ、ノイラート大臣からは狂人を見るような目で見られるわしながらも俺は自分の姿勢を貫き通した。
途中、ライヒもチェコスロバキアも動員をかけ、さらにはフランスまで軍に動員をかけるといった史実通りの状況にも陥ったが、『史実通り、史実通り』と心の中で念じることでどうにか強硬姿勢を貫き続けた。
(マジで胃に穴が空きそうだった・・・)
大した根拠もなしに強硬姿勢を取り続けたちょび髭総統はやはりイカれていると改めて思う。
だが、まぁ終わってしまえば史実通り。
そして問題はここから。
ここから史実通りの道はできれば進みたくない。
というかここまで戦争の準備をしておきながらどの口がいうという感じだが、できれば戦争はやりたくない。
(だが、やらねばならぬなら・・・絶対に勝つ)
戦争は悲劇だ。
仮に勝利しても戦争は悲劇に決まっている。
勝っても負けても戦争は悲劇だとよく人はいう。
だが、間違いなく一番の悲劇は戦争に負けることだ。
国土は焼かれ、奪われ、不利な未来を押し付けられる。
やるからには勝たねばならない。
そう俺は心に誓い部屋を出ていくのだった。