22 エース-1
1938年8月 ベルリン郊外 SS海兵団第一師団駐屯地
「こいつはすごい!!」
目の前を轟音と共に走り抜けるIV号戦車にミハエル・ヴィットマンは興奮を隠せなかった。
「あぁ、まったくだ!これと比べたらI号II号戦車もはおもちゃだなミハエル!」
同僚の戦車兵たちもヴィットマンに負けず劣らず目を輝かせていた。
(志願してよかった!)
ヴィットマンが戦車部隊の一員になっているのはいくつかの紆余曲折があった。
今年の3月のオーストリア進軍ではヴィットマンはSS海兵団自動車化連隊の偵察部隊の一員として参加していた。
元々陸軍にヴィットマンは所属していたのだが、一昨年ちょび髭党に入党するのと同時にSSに配置換えとなっていたのだ。
スペインには入隊したタイミングもあり派遣されなかったヴィットマンにとってオーストリア進軍が初陣になったのだが、結局1発の弾丸を撃つこともなく終わった。
一応偵察部隊所属だったので、当初は緊張の糸はそれなりに張り詰めていたがオーストリア軍の内情が分かるに連れて緊張も薄れていった。
なにせ出くわしたオーストリア軍人に尋ねると彼らもこちらと同じく『絶対に交戦するな』という命令を受けていたのだ。
これでは演習と何も変わらない。
実際、部隊でも『大規模な行軍演習みたいだったな』と皆で笑い合っていたほどだ。
そんなわけで、部隊の損耗なども全くなく呆気なく終わったオーストリア進軍だったが、本国に戻ったのち部隊は再編されることになった。
つい先日、自動車化された所だというのに慌ただしいことこの上ない。
上の人間曰く、即応部隊としての海兵団の有用性は改めて認められた一方で連隊規模という中途半端な規模が問題視されたらしい。
と、いうのが表向きの噂で、元々陸軍以外の陸上兵力であるSSが拡大することに難色を陸軍が示していたのだが、出動命令に即応出来なかったことで妥協をせざるを得なくなったというのが本当のところだそうだ。
そんな具合で各組織の綱引きに翻弄されたSSではあるが、兎にも角にもSS海兵団自動車化連隊はSS海兵団自動車化師団に拡大されることになったのだが、単純な規模拡大にとどまらず師団構成も改変されることになった。
ライヒの標準的な師団構成は3連隊+重砲中隊や戦車中隊といった具合であり、自動車化師団もそれを踏襲する予定だったのだが、今回のオーストリア進軍で風向きが変わった。
今回臨時で編成された1連隊+戦車中隊+重砲中隊という単位が戦略単位としては物足りないが、戦術単位としては非常に良く機能しそうだという算段がSS司令部や陸軍総司令部でにわかに湧き上がってきたのだ。
となると戦車中隊が一個だけというのは自動車化師団に対しては少なすぎるという結論に至り、(重砲中隊は射程距離がある程度あるので1個中隊で据え置きになった)試験的にSS自動車化師団は1個戦車大隊が配備されることになった。
そしてその戦車部隊の拡大にあたってヴィットマンも戦車乗りに志願したのだ。
(なんで採用されたかは本当になぞだけどな)
戦車とは今の陸軍の花形だ。
当然、戦車部隊の拡大に伴って隊員からの応募が殺到したのだが、どういう訳かヴィットマンの応募はあっさりと受理された。
強いていうならこれまで偵察兵として乗り物に接する機会が多かったことが理由のように思えるが、仲間の隊員で受理されている者がほとんどいないので、ヴィットマンは皆にかなり羨ましがられていた。
そんな訳で、ここ最近はいっぱしの戦車兵になるべく座学やら訓練用のI号戦車での実車訓練やらをしていたのだが、今日この日はヴィットマン達にとって特別な日となった。
IV号戦車の先行量産型が届いたのだ。
古株の戦車兵達は試作型はオーストリア進軍の際見た事があったらしいが、オーストリア進軍が終了次第教導部隊が回収していったそうだ。
部隊の配備位置の関係でヴィットマンはIV号戦車とオーストリア進軍では接する機会がなかったので、今回が初めてのIV号戦車との対面だった。
(すごい!すごすぎる!これが20トン超えの迫力か!)
残念ながら本格量産はまだ少し先らしく、ヴィットマンがIV号戦車に乗るのも当分先にになりそうだ。
だがとても我慢などできず整備兵に頼み込んでスペックを教えてもらった。
短砲身75mm砲を装備するこの戦車は総重量25トンに到達。
そしてこの巨体を動かすエンジンはなんと出力300馬力という化け物。
重量も馬力もII号戦車の倍どころか3倍近くある。
整備兵曰く、詳細は彼らにも公開されていないが装甲厚もII号戦車の3倍の45mmくらいあるという事だ。
『間違いなく今この世で世界最強の戦車です』と整備兵が胸を張っていたが、ヴィットマン達も全くそこに異論はなかった。
「くそ!早く乗りたいな!」
目の前を華麗に、されども重々しく通りすぎるIV号戦車をみて思わずうめいてしまう。
煙たいだけのはずのエンジンの排気も今日ばかりはバラの香りのような甘さを感じてしまうほどだ。
ヴィットマンを筆頭に戦車兵見習い達は、初恋の相手を見つめる少年のような瞳で鋼鉄の獅子達を熱っぽく見つめるのであった。
皆様のおかげをもちまして、拙作も100話の大台を越える事が出来ました。
これは感想を下さる皆様、高評価、ブックマークして下さる皆様、誤字脱字の多い筆者をサポートして下さる皆様、そして何よりこの作品を読んでくださる皆様のおかげでございます。
PVの数字の一つ一つが筆者の原動力となっております。
駄文乱文の拙作ですが、どうぞ今後もお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。