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最後の塔の主 EPISODE2 ダークゾーンへ

なんだかんだで、まだ最後の塔に辿り着けないでごめんなさい!!

鈍足です……

次こそは、辿り着きます

1,境界を超える時


指揮官交代が行われてから3日が過ぎた。

今のところ平穏だが、先行の騎士たちの動きが怪しかった。

必要以上に焚き付けになりそうな物を回収しているようにみえる。後追いで弓矢が大きな荷馬車1台分届いた。

愚かなことを考えているのは想像できるが、どのタイミングで何をしようとしているのかわからない。突発で襲撃するのか、もう目星のついている場所でもあるのか不明である。


「どうせ、ろくなものじゃない」


後続の騎士たちの最後尾で荷馬車を御している賢者がぼそっとつぶやいた。隣でサーラは苦笑した。

一行は昨日から大きな川沿いの道を進んでいた。この川を渡ればダークゾーンに入る、いわゆる境界線の川である。後続の者にとっては微妙な緊張感が漂う。


「我らに倒しそこねた者たちを擦り付けるつもりだろうから、我らが渡河しているときに橋を落とすことはないだろうが、何かをしでかそうと思っていたら先行の者たちはどこかのタイミングで早く進む可能性がある」


賢者が独り言のようにサーラに言った。おそらく口に出しながら考えを整理しているのかもしれない。基本的な事実を口に出し、言っては差し障りそうなことは頭のなかで回している。そんな風に感じられる。


「あっという間に使い魔が増えそう」


荷馬車の先を走る騎士団の人馬を見ながらサーラも独り言つ。「あぁ、そうなるかもな」と賢者のどんよりした言葉が返ってきた。


「ダークゾーンに豊富にある魔力は私にはプラスに働くので、ライトゾーンより多めに使い魔は持てると思いますが、可能であればそれは避けたいです」


「同感だな」


不毛な会話をしていると、大きな橋に先行の騎士団が差し掛かった。先行部隊から伝令が後続部隊に走ってきたように見えた。どんよりした状態の二人は伝令がアンバー卿のところに向かうのを目で追っていた。後続部隊の行軍が止まった。伝令が到着したらしい。何かを感じた賢者はバーンを呼んで橋を保護するよう指示を出した。バーンは一礼するとすぐに魔法陣を展開し橋に向かって術式を展開した。


数分して聖騎士が後方に走ってきた。

そして賢者の乗っている荷馬車の横に馬をつけた。


「賢者様、早速何か始めるようです。後続の我らは橋のこちら側で野営し、先行部隊は橋の向こうで野営だそうです」


「くだらない」


賢者が面倒そうにため息を付いた。

聖騎士が来て賢者と話をしている間に、騎士団の騎士達は野営準備のために川と道を挟んで反対側にある林に野営地を設営し始めた。賢者達もそこへ向かう。

アンバーが賢者に近づき「二人で話をしたい」と言ってきた。賢者は黙って頷き、林の少し奥の方へ二人で歩いていった。


「もうお気づきかと思いますが……」


ちらっと振り返ると人影が見えづらくなったところでアンバーが話し始めた。賢者は頷きながら黙って聞いている。


「皇太子はダークゾーンの境界にある村を『浄化』という名目で襲撃するようです。その後処理というが敗残者の処理をするように命ぜられました。皇帝や帝国を警護するために騎士団に入りましたが、罪もない人を殺す仕事についた覚えはないのです。殺生せずに済む方法はないのでしょうか」


これでもかというくらい眉間にシワを寄せて賢者の方を見た。視線に気がつき賢者も眉間にシワを寄せてアンバーを見た。


「我の従者に命じて、種族に関係なく通り道沿いにある集落以上の住民の集まりには防御用の結界陣を配って回らせている。予備の経路も対策してあるが、やつら我に道案内させないつもりのようだな。自分たちだけ橋をわたって野営するなんて夜中に橋でも落とそうとしているだろ。最短でも対岸に渡るのに2日は掛かりそうだから、橋に細工できないように手は施してある。あとはその最初の村が我らの提案を受け入れて結界を張っているかどうかになるが。あとは結界を張っていなかったときの対応を考えねば」


「すでに手配してあることがあったとは……」


アンバー卿はあっけにとられたような顔をした。賢者は少し微笑んだがすぐに真顔に戻った。


「手は施しても、相手がそれを受け入れなければ意味はない。だが先行部隊は我ら後続の部隊に追いつかれることが嫌だろう。なら、生存者を癒やしてから進めば良い。あやつらは血まみれの赤い道しか見えていないから戻って確認などしないだろう。我らを殺そうと何か仕掛けてくることはあると思うが、自分たちはその罠に掛からないように距離を置くはずだ」


アンバー卿は合点がいったように頷いた。


「改めてサーラ殿に私を使い魔にしてもらえるように依頼せねばいけませんね」


アンバー卿は『使い魔になるということは死ぬということだ』ということを忘れているかのごとくあっけらかんとそう言った。


そして日付が変わった深夜、石でできた大きな橋の上で大爆発がおきた。










2、一番闇の深い時間



橋の上で爆発があった時、先行部隊は爆炎の煙だけが見える程度に距離の離れたところまで移動していた。大きな川なので対岸の林の状況までは見渡しづらく、後続の部隊からはよく見えていなかった。そもそも、『どうせ置き去りにして何かしでかすのだろう』という思いが後続の部隊全員に共通認識されていたため爆発音があった時『やっぱりか』と思っただけで、特になんの感慨もなかった。

賢者は呆れたように煙の上がった橋を見ていた。昨日中にバーンに頼んで結界を張っていたので橋に対して損傷はない。だが、一番わかり易いこんな手を使う人間に下に見られているという事実にただただ呆れた。


「皇太子は賢者の意味を知らんのか」


賢者はボソボソと呟いた。バーンが賢者の呟きをニヤニヤしながら聞いていた。


「とか言いながら、楽しい計画でもあるのではないか?」


バーンに問われ「楽しみにしておけ」とニヤニヤを返した。後続部隊の人間が状況の確認にワラワラと幕舎の外に出てきた。アンバー卿も様子を見に出てきたが、橋がなんでもないことを確認すると騎士団員に叫んだ。


「明日の行軍もあるので、余計なことはせずさっさと寝るぞ!」


皆、無言で一斉に了承の敬礼を行い幕舎に入り就寝した。 

命令したアンバー卿は簡易の望遠鏡で橋を観察していた。保護魔法のお陰で橋は無事な様子であった。だが上で燃えているものが気になっていた。爆発だけで、橋も落ちていないのに石橋の上でいつまでも大きな火が燃えていた。燃えていた中から何かが蠢いているように思えた。暗闇の中で使用する望遠鏡の限界を感じ目を凝らしながら注視する。何かが川に落ちた。自ら落ちたように見えた。慌てて川へ向かい暗闇の中、橋から落下したものを探した。川から一瞬手のようなものが上がったように見えた。アンバー卿は慌ててそちらへ向かって川に飛び込んだ。若い青年のようだった。


彼は魔法が使えるようで咄嗟に防御したようだったが、泳ぐことは苦手なようだ。岸までアンバー卿につれてこられた青年は少し水を飲んでしまったようでむせ返っている。息を切らしながらも、アンバー卿にお礼と謝罪を繰り返していた。「それはわかったから、呼吸を整えて」とアンバー卿は心配しながら深呼吸するように促し、青年がむせれば背中を擦ってやった。


バーンが不寝番をしているのが見えたので、アンバー卿が青年を抱えてそこに向かった。

明るいところで怪我などの確認をしたかった。アンバー卿が近づいてきたのを視認したバーンが席を準備した。青年に毛布をかけてやろうとバーンが立ち上がった。顔を上げた青年を見てバーンの顔色が変わった。


「セルビアン!!」


バーンが驚きと同時に大きな声で名前を呼んだ。青年はバーンを認識するとバーンにしなだれるように抱きついた。彼の肩は小さく揺れていた。

状況を理解できないアンバー卿が視線でバーンに説明を求めた。


「サーラさんの御子息です」


セルビアンを抱きかかえ彼の背中をトントンとたたきながら答えた。バーンがセルビアンをアンバー卿へ託し、サーラを呼びに行った。賢者も物音に気がついて起きてきた。

息子を見たサーラは駆け出し肩や腕足背中やお腹など怪我がないか体中触診し軽症の打撲や擦り傷程度なことを確認すると大事そうに抱きしめた。無言のまま泣きながら生きて再会できたことを喜ぶ親子が落ち着くのを待っていた。


「息子を助けてくださりありがとうございました」


アンバー卿に深々と頭を下げた。いつの間にかエルフ達も起きてきて焚き火の周りに集まってきていた。エルフが衣服の乾燥を促す魔法をアンバー卿に施した。

サーラが話し始めた。


「実は……。浄化の討伐隊には参加しないと申し上げていたのですが、再三お断りしていたところ、教皇庁から使いの者が聖騎士を数名お連れになり、我が家へお越しになりました。その時も『獣から土葬された遺体を守る仕事があるから』とお断りしたところ、息子を人質にとられ『生きて再会したければ参加せよ』と脅されセルビアンは連行されました」


セルビアンの手を握りしめた。セルビアンが、母親と交代して話し始めた。


「僕はそのまま教皇庁へ連行されました。教皇庁の建物から出られないように両足に制限魔法のかかった足かせをつけられていました。毎日礼拝に行っていましたが、その後『お前は墓守という不浄の仕事をしていたから』という理由で禊と称した体罰を受けていました。」


そう言ってセルビアンは上半身裸になって背中を見せた。無数の鞭打たれた跡に混ざって茨のようなものででも絞められたかのようなアザもあった。サーラはセルビアンに抱きついて涙ぐんだ。


「大丈夫だよ、母さん。僕はまだ生きている」


そう言いながら、サーラの背中をトントンと軽く叩いて慰めた。

ざわついている気配に気がつきテントから出てきた聖騎士が、焚き火の前までやってきた。

一瞬空気が張り詰めたが、セルビアンの態度で一転した。


「聖騎士様!!」


「セルビアン!!なぜここに?その背中は……」


後から来たヴァレンタインにセルビアンが川から助けられたことを告げて、今までの経緯を話していると伝えた。


「そうか……」


「今まで一生懸命、教皇様を説得してくださってありがとうございます。ヴァレンタイン卿が出発された後、今までのように一緒に冷水の聖水を浴びる戒めではなくなり、鞭打ちや鉄製茨で締めるような禊というものに変わりこのような傷ができてしまいました。僕のために進言してくださったせいで浄化に行かされたのですか?」


「いえ、私は教皇様から布教活動の延長のような感覚の話をされていたので参加を希望し同行いたしましたが、セルビアンの今回の一件も含めて考えると、どうやら口車に乗せられて厄介払いされたのかもしれません。教皇庁は聖女様のような神様を笠に着るような人材がほしいようです」


「そうだったんですか」


「私の考えが至らないばかりに守りきれず、すみません」


セルビアンは涙ぐむ母を抱えながら両手で聖騎士の手をにぎり感謝の気持ちを伝えた。

黙って見ていた賢者には僅かに怒りの空気が滲んでいた。賢者はあまりマイナスの感情を面に出さないように心がけているが、どうにも耐え難かった。

賢者が話し始めた。


「セルビアン、私は後続部隊と一緒に行動している魔塔の賢者です。よろしければ、どうして橋の上で爆発に巻き込まれたのか教えてもらえないだろうか」


「賢者様、僕はずっと囚われた状態でしたので、あまり情報量は多くありませんがよろしければ色々お話したいです」


「お願いするよ」


「はい、賢者様」


セルビアンは落ち着いてきた母をきちんと座らせて、賢者に正対するとここまで来ることになった経緯を話し始めた。


「教皇庁の神殿に連れて行かれた当初はヴァレンタイン卿が色々と面倒を見てくれていました。朝の冷たい聖水での禊もヴァレンタイン卿と一緒に行っていたため、厳格な信徒になったような気持ちでした。その後、ヴァレンタイン卿がこの浄化部隊に所属し、神殿からいなくなったあと拷問のような禊になっていきました。ヴァレンタイン卿が回復魔法を教えてくださっていたおかげで、傷ができても膿んだり爛れたりしませんでした。その傷の治り具合が早いことが気に入らなかったのか、食事量をガクッと減らされました。ここまで来る間に大量の弓矢と一緒に運ばれてきました。僕が見つかるのは良くないらしく、空間移動の魔法ゲートを通ったので三日ほどしかかかっていませんが、その間はほぼ水と洗礼式や祝福を授けるときに口にいれる小さなパンを数枚しか食べていない」


「ちょっと待っていてください」


セルビアンの話を聞いていたバーンが夕食の残りのシチューを食べさせるために食器を取りに行った。まるで父親か兄のようである。戻ってきたバーンの手からシチューとパン、水の入った革袋を渡された。


「がとうございます」


「胃の動きが悪くなっていると思うからゆっくり食べなさい」


「はい」


少しずつすするようにシチューを食べ始めた。食べながら話をすすめた。


「皇太子のアイディアで僕をここまで連れて行くことになったと荷馬車の兵士が言っていたのを聞きました。そして僕のことを橋の上の仕掛けに使うから、荷馬車に僕が乗っていることをさとられないようにワープゲートを使って速やかに運ぶようにと話しているのを聞きましたが、橋の上の仕掛けがこんなに酷いことだとは知りませんでした」


一つ息をついてから水を一口飲んだ。

その後も、アンバー卿が気づいてくれなかったら死んでいた可能性が高いことや、後続部隊に母やバーン、ヴァレンタイン卿がいてくれて良かったと思ったことなどを話した。そして改めてアンバー卿にお礼を言った。


セルビアンの様子が落ち着いてきて、場の空気が穏やかになりつつあった。

賢者が穏やかに話し始めた。


「先行部隊は我ら後続の部隊と橋を隔てて休息をとったこと、セルビアンを爆破または焼死させようとしていたことから考えると、近くにある比較的大きな町に住む者が『境界の町に住むものを焼き殺した』等と言い、町を襲撃するつもりではないかと考えられる」


セルビアンがうんうんと頷く。賢者が話を続ける。


「勝手な推測だが、爆発が起きる前にセルビアンの周りにあった焚き火に火をつけてそこから時間調整された導火線で爆発したのではないか」


「そうです」


セルビアンが答えた。一同は爆発が先だと思っていたので少し驚いたようだった。


「5分から10分くらい燃やされていたと思います。その後爆発が起きて、橋の端まで飛ばされたので川に落ちることができました」


「やはり……」


賢者は黙考した。

生きたまま焼かれると燃やされる燃焼温度にもよるが死亡するまで15分はかかるらしい。生命維持に必要な臓器が熱で損傷するまでのおおよその時間のようだが、それよりは短いということは損傷した状態で川などに落ち、そのまま見つからなくなるように仕組んだのではないか。重度の熱傷は水を飲んだりすることによって発作を起こし亡くなることがあるらしい。

おそらく、後方部隊にいるネクロマンサーは先行部隊の狩り残った民兵などの対処をさせて、最終的には後方部隊とともに摩滅させる予定で、生きて再会させるつもりもなかったのではないか。

そうやって、自分たち主要メンバーで最後の塔の主と対決したあと、少数精鋭として帰還する予定ではないか。そうすれば、英雄として扱われる。ネクロマンサー親子の母は死亡、息子は行方不明と表向きはした上で、今回焼死させればあとから余計な噂は広がらない。

皇太子は聖女、子爵、自分の連れて行った魔道士と皇太子付きの騎士で帰還するつもりなのだろう。

特務騎士団の隊長はどうなるのか。彼もまた意味のない殺生には参加したくない様子だった。


とりあえず、生きて帰れるかどうかは皇太子の態度次第、犠牲になった騎士はネクロマンサーが使い魔として回収、最後の塔に着いたらあとは塔の主が好きにするだろう。


「明日の朝まで夜間の警戒人員を少し増やし状況を確認して、今後の予定は明朝話そう」


賢者がそう言って一同解散した。










3、聖戦とは


特務騎士団長のユーリ・ヒルグラント公爵は悩んでいた。

いつものらりくらりと魔獣討伐以外の戦闘行為は避けてきた。

騎士団長の家系なので仕方なく騎士団に在籍しているが、本当は文官になりたかった。己の才能の方向性と父親からの熱烈な後押しがあり、逃げ道がなかったから特務騎士団長という官職を拝している。

これで運動音痴なら先代は諦めていてくれたのだろうか?などと思うときもあるが、俊敏な身のこなしと無駄な力が必要のない最善の太刀筋がわかるという技術をすぐに習得してしまった手前、逃げ道がなくなった。

魔獣討伐が楽に進むからと、剣に魔力を載せて戦っていたらいつの間にかオーラブレードの使い手になっており、『至高の魔剣士』と言われるようになっていた。


彼にとって、それらは全て無用の長物でしかなかった。


橋の仕掛けを設置した後、皇太子がにこやかに微笑みながらヒルグラント卿のところへ歩いてきた。


「特務騎士団長、後続部隊が磨滅したときは僕たちもあまり無理しないように行軍しようと思っています。ただ、どうにもならなくなったときは団長の素敵な剣術をぜひ披露してください」


「お任せください」


内心では『わざわざ戦わなくてもいいんじゃないの?』と思っていたが、指揮官である皇太子にそういわれると、逃げられない。皇太子がご機嫌麗しく通り過ぎ離れていった。その背中に向かって「やれやれ」とつぶやきながら、自分の幕舎に戻った。







一方、皇太子も自分の幕舎に戻り、周囲に気が付かれると厄介なことを考えていた。

先ほどは『後続部隊が磨滅してしまったときは……』と言っていたが、皇太子の本心としては意図的に全員つぶす予定であった。

磨滅作戦の首謀者は皇太子と一緒に来た魔導士である。聖女は権力と誉め言葉が欲しいだけのお嬢様なので、この手の作戦を立てることは難しい。あからさまな手段を主張して、下手に却下すると機嫌を損ねてかえって害をなしそうである。ではなぜこんな所に連れてきたかというと、聖女としての名声が欲しくて公爵を通して皇室に圧をかけてきたからだ。彼女の父は皇太子の後ろ盾の中でも最強の権力者であり、彼女は皇太子妃候補序列一位なのだ。


政略結婚なので、本人の気持ちはどうでもいい。皇太子も結婚はするつもりだが、あくまでも権力と結婚するだけで気持ちは別にある。ここで聖女として活躍したと評判を上げさせておけば「聖女として力を失わないためには純潔である必要がある」とかいう理由がもっともらしく聞こえるだろうと思っていた。

つまり理想は真っ黒な心情からなる真っ白な結婚である。


公爵家には彼女の兄と弟がいるので、跡取りにも困っておらず、彼女は結婚さえしてしまえば公爵も文句はない。子供についても、『聖女』を前面に出してしまえばわざわざ今回の浄化作戦にまで強硬的に参加させた手前、引くことはできないだろう。公爵家として孫の顔は見られなくても、皇室には別の女性が生んだ皇太子の子供がいれば問題ない。鼻からそのつもりで、すでに側室候補も陰で検討されていた。



皇太子は補佐官からお茶を注がれると、それを飲んで自分の算段にほくそえむ。

一息ついたころ、補佐官が魔導士を連れてきた。


「殿下、お時間よろしいでしょうか」


「あぁ、待っていたよ。作戦会議を始めようか」


そう言って皇太子は足を組みなおした。










聖戦とは帝国の浄化部隊にとって都合のいい言葉である。

そのために教皇庁と組んで清い名目の侵略を行える。帝国の民からすればダークゾーンのくもり具合がわからない。

『きれいな湧き水の小川』か『雨水が濁らないで流れている小川』なのか見た目だけでは分からないのと変わらない。

おそらく皇帝も進言に赴いた賢者やエルフたちの言葉に重みを感じておらず、自分たちライトゾーンの人間だけが自然の恵みを優先的に受け取れる権利があると思っている節がある。

だからこそ、自分たちが所有する範囲を拡大してもいいと思っており、初代皇帝が自分たちの帝国領土を保存するためにライトゾーンとダークゾーンをダークゾーンの支配階級の者と協定を結び分かち合ったことが、まるで神話の中の話のように思っていた。


だが、神話やおとぎ話ではなく、実際は初代皇帝と一緒に交渉に言った賢者がダークゾーンの支配階級とお互い平等になるように話し合った結果の住み分けであった。

賢者はそれを主張し、実際に交渉にあたった自分が生きており、当時の交渉内容を伝えていると皇帝に言っても作り話に尾ひれ背びれがついて、いかにもギリギリの交渉をしたかのような内容になっているのではないかと言い返され何も内容が理解できていないように感じる。


『もうこの男に話しても、そもそも聞く気もないのだろうな』


賢者はそう思い、以前の交渉内容を含め話し合い平和的に解決しようと提案し、そのために自軍に死者が出ないように戦闘の行われない道を案内する水先案内人を務めると申し出た。

なぜか皇帝は難色を示したが、賢者がそれを見て言った。


「もし聞き入れて貰えないのでしたら、最初に交渉した責任者としてダークゾーンの支配階級に『皇帝が浄化の名目で侵略戦争をもくろんでいる』と伝える。私の責任はそれで全うされ、あとは自分でどうにかすればいい」


と線を引いた。皇帝が反応しないことを確認すると賢者は席から立ちあがった。


「今後、魔塔は帝国に『浄化』されることを恐れ、あなたが崩御するまで、または後継者があなたと違う真当な考え方ができるものが現れるまで空中を浮遊し、あなた方からの支援要請は受け入れず連絡も取れない状態にする。魔塔の存在自体も伝説やおとぎ話のようになるかもしれませんが、あしからずご了承ください」


賢者の話を聞いて、皇帝が立ち上がって退室を制した。


「わかった。水先案内人としての同行を許可しよう」


「一緒にエルフたちなど数人の従者を伴うことも許可していただこう」


「わかった。だがエルフ・ダークエルフも含めて七人以内で編成してほしい」


「では出発の日付を後で通知いただきたい。もし、嘘や非通知事項があった場合は、こちらも対応させてもらう」


皇帝は了承し、後日、浄化部隊の出発日を通知してきた。










4、ダークゾーン


セルビアンを救出した翌日、騎士団の騎士たちと賢者たちは一緒に朝食をとっていた。

賢者とアンバー卿が食事をしている一同に昨夜の出来事とセルビアンの紹介を行った。アンバー卿が言った。


「昨夜のこともあり、我らは追従してきた敵を打てと命令されているため何か良くないことを仕組まれている可能性が高い。心して進軍するように。少しでも変わったことがあれば報告せよ」


騎士団の低く響く返事が聞こえた。各々食事をしながら色々な憶測を巡らしていた。

賢者が逡巡しながらアンバー卿の言葉に続けて発言した。


「少し森の中へ行ったところにオークと強化人種系の混合した町がある。そこは昔、帝国からの差し金で内乱があった。それなりに大きな町だったのだが、その内乱の後、強化人種たちは町を出たのか皆殺しにあったのか、ほぼオークになっている。通りすがる町は結界用の魔法陣を渡してあるが、おそらくその町は強化人種の一件以来、人間を信用していないので結界を使っていない。一番危険度が高いのはその町の付近だろうから、また近くなったら警戒を呼びかけるようにする。他にも何か仕掛けてある可能性は高いので、アンバー卿もヴァレンタイン卿も気を付けて指示を出していただきたい」


アンバー卿とヴァレンタイン卿、サーラが賢者の方を見た。賢者は頷きながら皆を見渡していた。そして食事の席に着いた。

賢者はサーラ、アンバー卿、ヴァレンタイン卿に近くに座るように促した。賢者が言った。


「もしかしたら、オークの町を通過するときに大量の死者を出すかもしれない。アンバー卿、ヴァレンタイン卿には慎重に隊を進めていただきたい。そしてサーラには、バーンと一緒に倒れた者をすべてサーラの従属にして連れてきてほしい。国に帰ってから従属解除すれば、家族はきちんと弔ってくれるだろうし、そのまま従属として残りたければその時はサーラと相談して決めてほしい。頼めるか?」


「私にはまだ余力があるので、後続の全員を受け入れられるだけの余力はあります。墓守を手伝っていただけるなら、従属のままでも大丈夫です」


サーラが返事をし、卿二人も頷いた。

賢者はどこか覚悟を決めたように改めて三人の顔を見て「よろしく頼む」と絞り出すように言った。そして軽く頭を下げた。

その時だった。


朝食を終えて、片付け始めた騎士がざわめき始めた。遠くに細く長く空に伸びる煙が複数見えた。数日前に境界の町が聖女の家門の騎士たちに襲われた時と同じように、狼煙とは違う煙の色だった。真っ黒なものも、白いものも、赤茶けて見えるものもある。

賢者が従者を使って上空から様子を見てくるようにと送り出した。アンバー卿の指示で騎士たちは一斉に片付けの作業を加速させて、荷物を荷馬車に載せすぐに動き出せる準備をした。賢者は偵察の従者が戻ってくるまで、待つように促した。その間に馬に水を飲ませ、自分たちの飲み水も汲み、長時間の移動に備えた。

30分ほどして賢者の従者が帰ってきた。


「今朝、話していたオークと強化人種の町のようです。先行部隊が攻撃したようです。魔法攻撃による火災の煙であったと思われます。現在、強化人種は見かけませんでしたので、魔法防御に疎いと考えられます。オークの物理攻撃をさせないために火薬庫や武器庫を中心に攻撃した様子でした。火薬庫の爆発によるけが人が多数出ていました。先行部隊はオークの町に物理結界を張って彼らを閉じ込めたうえで攻撃したようです。皇太子の連れてきた高位魔導士が三名ほど町の大きな入口付近で壁に隠れて魔法を操作しているのが確認できました」


少し悲しそうにバーンがその話を遠くで聞いていた。

実はバーンはその町に住んでいた強化人間の高位魔導士である。数年前にあった内乱に巻き込まれて帝国から来た商人に騙されたオークの若者によって毒のついた剣で刺されて死んだのだった。バーンが死んだことによって強化人間とオークの間で争いが起きた。強化人間は精神を強化した分身体は若干弱くなった。オークは体力があっても魔法は苦手だった。相互協力によって成り立っていた町が帝国の思惑にたぶらかされ崩壊したのだ。

オークたちは、自分たちにはあまり影響のない程度の毒を井戸に入れ、強化人種を徐々に弱らせやがてオークとオークの血を濃く引いた強化人間とのハーフだけが残った。たまたま葬儀の依頼があってその町へ行ったサーラがバーンに頼まれて自分の従者とし、それから行動を共にしていた。


サーラがバーンの様子を気にして背中をさすった。


「ありがとう」


バーンはそう言うと、額に手をあて下を向いて考え込んでしまった。

サーラと反対側からセルビアンも来てバーンを支えるように寄り添った。バーンはセルビアンの肩をそっと抱きしめて二の腕をさすった。



実は、ダークゾーンには2種類以上の種族がまじりあって住んでいるところが多い。最後の塔の主の戦略でもあるのだが、魔法と物理のどちらにも抜けができないように守りあい支えあうように誘導されてできた町だ。ダークゾーンの魔物は強力なものが多いので、自分たちの町を守るためにも共生はいい方法であった。魔法に強い種族、物理攻撃に強い種族、治癒や薬草に強い種族、道具を作ることが上手な種族それぞれの特性と住んでいる地域の特性がうまく合えば、より住みやすい環境が生まれ特産の薬や武器防具、魔法道具や傭兵などの交易を行えるので町の発展にも寄与する。そして、お互いを思いやれるようになる。その関係性に上下を作らないように、最後の塔の主は要所ごとに自分の理解者や友人などを配置していた。ダークゾーンは実力主義なので、最上級者から遣わされた実力者によって均衡を保っていたのだった。


帝国は、自分の国から近いオークの町の均衡を崩して、傭兵と魔法道具を手に入れようと、当時の町を単一種族の町にするために商人を使って入れ知恵をした。オークの性格は一般的に単純思考で直情、駆け引きには向かないので多種族との交渉で損をしないために理性的で思慮深く献身的な強化人間を同じ町に入れた。戦士と白魔導士のような組み合わせである。そこを任されていたのがバーンは、魔導士としても戦士としても優秀だった。

そして何より、最後の塔の主の友人だった。












後続部隊は昨夜セルビアンが燃やされていた橋を越えた。

先発部隊の想定ではもっとセルビアンの燃えた後を検証した後、爆発でズタズタの橋を直すか遠回りして追従する予定であったと考えられるため、オークの町を攻撃した後は、それほど遠くないところでオークの町を見張っているだろう。数日して、多少落ち着いたときに後続部隊がやってきて彼らと応戦し全滅するところを確認したいに違いない。


「性悪だな」


橋を渡りながら賢者はつぶやく。昨日までは隣にサーラだけだったが、今日は荷台側にセルビアンもいた。いくら防御魔法を使え、回復魔法をかけてもらえたとしても、今までの教皇庁の虐待は栄養状態も悪化させていた。体力が落ちていて栄養状態も悪いので、セルビアンは震えていた。見かねたバーンが父親のようにセルビアンを気遣い、サーラや賢者の声が聞こえる荷台で横になれるスペースを作りそこに寝かせた。


エルフとダークエルフが荷馬車の少し前を並走する。彼らは、音や匂い空気の質感などにとても敏感で、自主的に荷馬車の危険感知センサーのような役割をしていた。そんな二人が何かを感知したようで、荷馬車の前を馬で走っていたバーンに声をかけて、二人ともアンバー卿のところまで走っていった。アンバー卿の近くまで行くと、彼を呼び止めて移動を止めた。


「アンバー卿、すみませんがこの先我ら二人が先導いたします。何かおかしな気配がします」


エルフのルシフェルがそういうと、アンバー卿の前に出た。ルシフェルの大きなブーメランを正面に広がる道に向かって真っすぐ飛んでこちらに戻ってくるように投げた。少し先の道で無数の弓矢が道に向かって飛んできた。ダークエルフのミカエルも円月輪を取り出し、ルシフェルに倣った。さらに無数の矢が飛んでくる。

たったこれだけで、矢が道に生えた草のように茂っていた。

アンバー卿はため息をついた。それを見ていたヴァレンタイン卿がアンバー卿の横に並び矢の草が生えた道をしげしげと眺めた。


「ルシフェル殿、ミカエル殿、念のためもう一度、ブーメランと円月輪を投げてみてもらえないだろうか」


二人は無言で頷くと、ブーメランを投げた後、円月輪を投げた。

再び矢が飛んできたが、飛んできた数が減った気がした。セルビアンと一緒に荷馬車に載せてきた矢はまだ倍ほどあったはずだ。そう、アンバー卿は考えながら、ヴァレンタイン卿に話しかけた。


「皇太子が連れてきた魔導士は5人だったか?」


「たしかそうだと記憶している」


「魔導士を連れてきたということは、矢はここで使いきって、何としても遠回りさせたいということか」


「私もそう思うが、一度賢者様に相談しよう」


そう言って、後続部隊を止めたまま、伝令を賢者のところへ出した。少しして、伝令とともに馬に乗って賢者がやってきた。

矢の生えた道を見て、賢者は鼻で笑った。ルシフェルとミカエルのところへ行き、賢者が言った。


「森林の中を、木を避けながらブーメランなどを飛ばすことはできるか?」


「簡単な誘導魔法を使えば可能だ。やってみようか」


そういうと魔法に精通しているミカエルが円月輪を道路の右側の林に向かって飛ばした。何度か『カンカン』と硬い木に当たる音がして、音がするたびにドサッと重たいものが落ちる音がした。賢者が林の中を覗く。

何か察したようで、大きなドーム型の結界を道路の両側の林も包み込むように張り、ドーム内の空気をかき混ぜるようにつむじ風を5つほど起こした。隙間なく動かし、矢が飛ばなくなったことを確認して結界を解除した。

賢者は皆に動かないように伝えた後、自分に物理結界を張って、道路を歩いて行った。矢の飛んだ一番端まで行ってから両側の林を覗き込みながら歩いて戻ってきた。


「道の真ん中に特に集中して刺さった矢をそのままにして進みましょう。何かあって急に逃げることになっても後続部隊の荷馬車は小さいので横をすり抜けられます。橋を簡単に直して追ってきたときのための時間稼ぎと後続部隊を潰す作戦の一環のようですね。これだけ念入りに仕掛けてあるのですから、この先にはオークの町に辿り着くまで罠はないはずです」


賢者がルシフェルとミカエルに一応先頭で移動してくれるように頼み、それぞれにアーバン卿とヴァレンタイン卿をつけて指揮を執りやすいようにした。


「また何かあったときか、オークの町が見えてきたら呼んでいただきたい」


そういうと、賢者は荷馬車に戻った。最後尾の戦力を維持するために。











5,作戦開始の合図


「早く来ないかとドキドキしますわ」


聖女様が目を輝かせて言った。皇太子は自分の作戦通りに進むことにしか興味はないので、血なまぐさいことがうれしい自称聖女の発言に「あぁ、そうだね」など気のない相槌を打ち続けていた。帰った後、この血なまぐさい公女と結婚するのかと思うと気が重かった。

魔導士たちが仕掛けた弓のトラップの矢が放たれたら鳩が飛んでくるようになっている。


「公女よ、賢者たちが橋を迂回したらトラップは発動しないでオークの町に行くのだぞ?」


「存じておりますわ。それでも、近場の別な橋を渡っても最短で進むとその道に出ることもご存じですか?賢者は自ら水先案内に名乗りを上げたのですから、通るはずですわ」


確信犯の目で鳩が来る方角を見据えている聖女に、少々嫌気がさしながら皇太子は適当な返事をした。鳩が飛んできても明日か明後日の予定だったので遠足前日の子供のようなテンションの聖女を面倒くさいといった表情で眺めていた。

急に聖女が高らかに笑い始めた。気でも狂ったかと思ったが、こんなに早く鳩が飛んできたのを皇太子は見てしまった。びっくりして半開きの口が閉まらない。


「ほら、鳩が飛んでまいりましたわ」


嬉々とした聖女が、鳩を両手で抱えながら皇太子に近づいてきた。眉間に力一杯皺を寄せた皇太子が、鳩をもって魔導士のところへ行くように伝えた。聖女は嬉しそうに走っていった。走っていく聖女を見ながら考える。

『やはり石の橋はそんなに簡単に崩れなかったか。息子はどうなったかな。焦げてしまって人であったこともわからなかったのかもしれないな。もしくは川に流されて、燃焼用の木材の燃えカスだけを避けて来たのかもしれない』

皇太子はバカではない。だが、色々考えて自国民であり帝国騎士団である後続部隊の磨滅を図っている愚か者である。生き残る英雄は自分だけでいいとも思っている。最後の塔の主のことも、実は侮っている。


飛んできた鳩を抱えて魔導士が来た。


「この鳩は仕掛けの報告用にしていた鳩で間違いございません。オークの町の遠距離襲撃準備の手配をいたしましょうか」


「うむ。予定より早いが、準備に取り掛かろう。あれだけの矢だから、生き残りは数人だと思うけど、万端によろしく頼むよ」


「御意」


魔導士は他の魔導士と連れ立って準備に取り掛かった。

魔導士たちには生還すれば特別手当が約束されており、最終的には皇太子を魔導士たちの魔力で帝国内まで瞬間移動させる予定であるので、自分たちは切り捨てられないと確信している。

皇太子を信頼している魔導士たちは、残りの鳩が帰ってくるのを待ちつつ、次の準備を進めた。大きな筒に小さな火薬玉を詰めたものを数個準備する。発動は魔法であるが、花火のような仕掛けなのに火薬にも魔法がかかっており殺傷能力は高い。小さな火薬の玉に魔法をかけて筒に入れていく。そうすれば、途中で小さな火薬玉が爆発しても被害は小さい。もし全てに魔法がかかっていて火薬が暴発すれば自分たちが大きな被害にあう。そうして鳩を待っていた。全部で五羽セットしてきたにもかかわらず三羽しか返ってこなかった。


「後続部隊は矢の雨で全滅したか?」


魔導士の一人が呟いた。それを聞いていた他の魔導士が鳩を全部回収するための魔法を使った。残った二羽は矢が放たれた時に開くはずだった鳥籠ごと戻ってきた。籠はひしゃげており、鳩も嵐にあったように無残に死んでいた。


「ひぃ……」


その場にいた魔導士三人が息を飲んだ。

後ろから年配の魔導士が来て鳥籠の様子を見た後、見解を述べた。


「後続部隊が通り過ぎるには早い気がする。しかもこの鳥籠の様子からして、少し大きな旋風が吹き仕掛けが荒らされたのかもしれない。こうなっては、現地に行って確かめるほかあるまい」


そう言い残して年配の魔導士は、偵察の許可を得るために皇太子のもとへ向かった。皇太子は『こうなっては仕様がない』と早々に許可を下した。

年配の魔導士はそそくさと魔導士たちのもとへ戻ると、二人の魔導士を連れて現地確認に向かう準備を始めた。

いきなり行って鉢合わせるのはまずいので、ざっくりした確認のために水晶を覗くことにした。鳩の目を使う方法もあるが生きている鳩が三羽になってしまったことや、鳩が見つかってしまえば偵察が賢者にばれる可能性もあるので、視界はよくないが水晶という選択しかなかった。

水晶を覗くと、仕掛けから放たれたと思しき矢が全て地面に刺さっていた。年配の魔導士が「う~ん」と唸りながら周りを見渡したが後続部隊の気配がないように思われた。代わりに、先ほど推測したことを裏付けるように旋風が吹いた後のように草木が乱れ、千切れ飛んでいた。


「やはり旋風が吹いたようだな」


そういう結論に達して、年配の魔導士は現場に偵察に行くことをやめた。その旨、皇太子にも報告し、次の作戦の準備に加わった。










後続の部隊は矢の刺さったところを避け、道路の端を通って先に進んでいた。

ゆっくり進んでいく隊列の後方、馬車の御者台で賢者は考えていた。オークの町の近くは通りたくないと……。もし、次仕掛けがあるとすればそのタイミングで、あわよくば後続部隊の全滅を狙っているはずだ。距離的に町まではあと一日くらいのはずである。あまり急いで追いついてしまえば魔導士五人の総攻撃にあうかもしれない。弱ったところに国一番の精鋭部隊と戦うのはさすがにきついだろう。それに、可能な限り戦いは避けたかった。

難しい顔で手綱を握っていた賢者にサーラが声をかけた。


「賢者様、あまり通常通りの行軍をして追いついても良くない気がするので、オークの町から見えないくらいの距離の所で森の中に入って状況確認しませんか?私の使い魔を出して偵察も可能ですし、賢者様も落ち着いて考える時間があった方が、非常事態のプランも増えそうですし、どうでしょうか?」


いつの間にか専属侍女のようになっていたサーラに諭され、賢者の口元から笑みがこぼれた。この状況でも、どこかふわっとした印象を与える彼女の表情に少しだけ緊張感が薄らぐ。非常事態こそ、視野を広く持つために彼女のようなムードメーカーは必要だと賢者は思った。


「そうしよう。セルビアンも昨日の今日で疲れただろうから今日は半日作戦会議にするとしよう」


バーンに声をかけてエルフたちに程よく休めそうなところを探してそこに誘導するように指示した。エルフたちは森の住人なので、こういうことには詳しくいい場所を見つけてくる。後続部隊はエルフたちに続いて森の中にあった開けた草地にキャンプを張った。開けた土地は上空から見えてしまうのでエルフの村を隠す魔法で偽装した。

草木を燃やしてしまえばそこに露営した痕跡が残る。解決策として近くの小川の河原へ行き数人調理し交代でそこに食事をしに行くことにした。少数の人数で緩慢に動けば皇太子たちが魔導士の技で偵察しても生き残り数名としか思わないであろう。大きな鍋を二つ持ってスープなどを作って食べていたが、少人数の設定で動かなければいけないので最初の鍋が出来上がったら森の中へ持っていき、材料を刻んで準備してもらった二つ目の鍋を火にかけるという念の入れようだった。皇太子たちの悪意は知っていたが、考えていた想定の斜め上の狡賢い悪意に賢者は警戒していた。


エルフの囲った空間で、賢者、サーラ、セルビアン、バーン、ヴァレンタイン卿、アンバー卿、ミカエル、ルシフェルが円になって座っていた。

騎士団の兵士たちも周りで彼らの話を聞いている。ミカエルとルシフェルの後ろに、境界の村の出身者であるソドムとネイサンが座っていた。最初の後続部隊の護衛業務のときに仲良くなったらしい。何か四人でこそこそ話していた。

賢者が、サーラに小声で話しかけてきた。


「さて、偵察に従者を二人行かせようと思っている。私の従者は鳥の形態で偵察になるが、サーラの使い魔で地上から見て回れる偵察者はいないか?」


「城を出てきたあと出していたキング・クロウドという黒ヒョウを猫形態にして潜り込ませることが可能です。話をする時だけ人型の形態になりますが、ずっと人型は疲れるようなので猫形態で潜入してもらいましょうか?あと、墓守を手伝ってもらっていたオークがいますが彼の飼い猫として潜入して話を聞きだしてみますか?」


「それはいいかもしれないな。最後の塔へ行く使いの途中ってことにして宿に一泊してもらおう。オークの彼を呼び出してもらえないか?」


「かしこまりました」


サーラが立ち上がって、オークとキング・クロウドを呼び出した。名前はドク。オークでは標準体型で少しマッチョ。サーラが使役していたこともあり、身なりも小ぎれいで動きも力任せではない。オークにしては顔が少しゴツゴツしていなかった。呼び出されてすぐ、サーラに一礼した。


「サーラ、お久しぶりです。見たところ旅は途中のようですね」


オークのドクは周囲を見渡した。騎士団の一部が、サーラの呼び出したドクを見て少しどよめいていた。サーラはドクに微笑み立ち上がった。


「皆さん、紹介します。彼は私の使い魔のドクです。黒ヒョウはキング・クロウドです。気のいい人たちなので怖がらないでください」


そう言って二人を紹介した。ドクは執事のように礼儀正しく礼をし、キング・クロウドは皆が怖がらないように黒猫になった。クロウドはセルビアンの横に行くと膝の上に飛び乗ってゴロゴロ言い始めた。サーラはドクに椅子代わりの丸太を勧めた。ドクを賢者とサーラの間に座らせて、また先ほどの偵察の話の続きをし始めた。


「先行部隊の考えでは、我らはあと二日ほど後からオークの町付近を通過するように計算されているはず。ドクとキング・クロウドを偵察に入れて一泊させるには今晩町に入ると都合がいい。明日、合流して町の中の様子を話し合いどのタイミングで通過するか考えましょう。ここには二泊するようになりそうですね」


「そうですね。では、ドクには宿に泊まってもらって食堂などで情報収集してもらいつつ、キング・クロウドには町の中に何か不審な仕掛けがないか確認してもらいましょう」


「町の中を見るのでしたら、結界のための石をわたすので、それを五か所か六か所に設置してもらいましょう。上からの偵察はうちの従者で行い、周囲の様子を確認しましょう」


「では、私は今からクロウドを連れてオークの町に行き一泊して戻ってきます」


ドクが言ったことにうなずきながら、賢者が言った。


「『境界の橋を渡ろうと思ったら矢が飛んできて、逃げ帰ってきた』と言って、予定の場所に行けなかったから急だけど宿を探しているように事情をはなして情報収集してみてくれないか」


「かしこまりました」


立ち上がったドクにサーラが宿泊費や町の文化水準を見るために薬草などを買うお金を渡した。ドクはクロウドを連れて馬を飛ばしオークの町へ向かった。

賢者も鳥の羽の従者と蝙蝠の羽の従者を呼び、飛行形態にさせて昼夜に分けてドクたちの安全の確認も兼ねて偵察を命じた。彼らもドクの後を追うように飛んで行った。


「明日の昼までに作戦をある程度考えないといけませんね」


そう言って、円卓のメンバーに向き合った。

ミカエル、ルシフェルとソドム、ネイサンが賢者に向かって提案した。


「我らエルフは今回の矢のような状況の変化に対して敏感なのでこの先も先陣で向かいます。伝令としてソドムとネイサンを先陣に同行させたいのですがよろしいでしょうか」


「そう言ってくれるのであれば、特に反対する必要もない。よろしく頼みます。今のところ異変は感じますか」


賢者の言葉にミカエルとルシフェルは顔を見合わせて頷き、ミカエルが口を開いた。


「矢が放たれた後、鳩が飛んだ気がするのだが、不自然にもある程度の矢が飛んだ後に一羽という感じで二羽飛んでいくのが見えた。他にも飛んでいたかもしれないが、あまりにも少数であったのが不自然で気になっている」


「鳩か……。なるほど」


賢者は少し考えて思い至ったようだった。


「罠の作動状況を確認するための仕掛けとして特定の動物や使い魔が知らせる方法があるが、罠の作動を確認した後、磨滅状況を確認するために魔導士の奴らは来るかもしれない」


賢者はエルフたちの方を見て話を続けた。


「よく気が付いたものだ。さすがエルフ族だ。しかも、このエルフの森を隠すための偽装魔法も今回とても役立つことだろう。帝国最高峰の魔導士を五人連れてきたようだが、どこまでやるのか見てみようじゃないか。ソドムとネイサンは二人のエルフから色々学んで自分の糧にしてほしい」


そう言って、エルフたちを称えた。彼らは、微笑み賞賛を受け止めた。ソドムとネイサンも頷いた。


「ここには二泊することになる。今日使いに出した偵察が明日帰ってくる予定だ。その内容を精査して作戦を考えよう。私もこれから皇太子たちがどこまで進んで何をしているのか確認する」


「私たちはどうすればいいですか?何か準備するものなどはありますか?」


アンバー卿は賢者たちの方を注視しながら聞いた。エルフたちが何か思いついたように自分のカバンから草を何種類か出してきた。ルシフェルが言った。


「よろしければこれを摘んで荷馬車の幌の内側に吊って乾燥させていただきたい」


「これは何ですか?」


「体力回復にも魔力回復にも使われている野草です。簡易的な傷薬にもなるので持っていて困ることはありません。キノコや木の実を摘むついでにでも集めてください。煎じて飲んでも体力回復に役立つので、摘みたての葉をお茶代わりに飲んでいただいてもかまいません」


「へぇー」と言いながら、近くで聞いていた兵士たちも草を観察していた。そのあとは三々五々自分たちの仕事をしながら主に休憩と鍛錬などをしていたようだ。

賢者とサーラ、バーンは水鏡の前にいた。賢者の魔法で水鏡に皇太子たちの様子を映してみることにしたのだ。





賢者の映し出した水鏡に、先行部隊の魔導士が映し出された。

魔導士たちは鳩を確認していた。やはり賢者の言うように鳩は作動を知らせる装置の一部だったようだ。鳩を全部回収した魔導士たちが旋風に吹かれて鳥籠ごと『ぐちゃっ』と潰れた鳩を見ておののいていた。

年配の魔導士が来て何かを提案しているようだった。しばらくすると水晶玉で矢の刺さった道を眺めていた。賢者の読み通りになり、賢者は何かを考え始めた。


「先ほど、魔導士たちの行っていた作業は火薬玉に何かの魔法をかけて被害を大きくするものでしょう。種類や内容がわからないですが、火の勢いが大きくなる魔法、殺傷力を上げるための風魔法、逃がさないために動きを止める固定魔法が考えられますが、年配の魔導士が賢ければ最初に精神系の魔法のかかった火薬玉を町の中心付近に打ち込みうつ状態や錯乱状態にする可能性があります。また、オークが町から出てきて通りがかりの我らを狙うのであれば弱者の多い場所を狙い撃ちにして正義感をあおり、先日町を襲った騎士団と同じ隊服を着た我らに攻撃をするように仕向けるでしょう」


賢者は言い終わると大きなため息をついた。


「おそらく後者で、最悪は我らに精神攻撃系の魔法を使う可能性も否定できません」


その場の空気は重く沈黙した



人の名前がいっぱい出てきて、人の名前を覚えるの苦手な私はこの先どうしようかな?とちょっと考えてしまいます。

近況報告で一人ひとりのキャラ説明でもしようかなと思います。自分のために(?)

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