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一月三十日
彼は雨に濡れたまま、アスファルトの上を踏んで行った。雨は可也激しかった。彼は水沫の満ちた中にゴム引の外套の匂を感じた。
すると目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発してゐた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケツトは彼等の同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠していた。彼は雨の中を歩きながら、もう一度後ろの架空線を見上げた。
架空線は不相変鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、──凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまへたかった。
(或る阿呆の一生・芥川龍之介)
また、芥川。
平日は仕事があるので精神が安定している。
休日もライフ・ワークはあるのだけれど、あまり時間があるとかえってそれに手をつけないまま過ごしてしまうので良くない。
私にも、月の光の中にいるような女のひとりも居れば良いのだが。
私は絶望しているが、絶望の中にも一筋の希望のあることを最近知った。希望は、探し続ける他に無いのだ。探し続けている間は、生きていられる。
私は今は、「人生は一行のボオドレエルにも若かない。」と呟いた青年芥川の冷めた言葉を侮っている。




