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二月十日
私は猫背になって、のろのろ歩いた。霧が深い。ほんのちかくの山が、ぼんやり黒く見えるだけだ。南アルプス連峰も、富士山も、何も見えない。朝露で、下駄がびしょぬれである。私はいっそうひどい猫背になって、のろのろ帰途についた。橋を渡り、中学校のまえまで来て、振り向くとポチが、ちゃんといた。面目なげに、首を垂れ、私の視線をそっとそらした。
(畜犬談・太宰治)
私もまた、いつの日か、かならず喰いつかれる気がしてならない。犬を連れて、散歩している人など見るとほんとうに、その、暢気なのにはらはらしてしまう。すれ違うのには大名行列もかくやとばかりに、大急ぎで道を譲って、きっと通り過ぎるまで、意識を向けたまま、しかし敵意などは持たれぬよう、視線を落としている。




