吸血鬼の虚城
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トレイタが今日の日記を書き終えて顔を上げる。
彼の視界には寛いでいる仲間たちの姿があった。いよいよ明日の晩には吸血鬼の居城に到着するだろう。自分で言うのもなんだが、今回は思ったより活躍したと思う。
それにしても驚いたのは、口だけだと思っていたセンデンが想像以上の達人ぶりを披露したことで、少し自信も失いかけている。
鉄壁の警護であるトレイタの居城に侵入しただけでなく、名だたる魔王を翻弄し、逃走した。それだけでなく、センデンのような野に伏す強者が集まる場所でさえ無双した。そんな者の所に今から向かおうとしていたのだ。
大丈夫か?
いや、大丈夫だと思いたい。
なんといっても多対一。そういう構図になるのだからイザとなれば全員で襲いかかってフルボッコにすれば良い。なんといっても数の暴力に勝るものは無いのだから…。
翌、夕方。
地平線に日が沈み、夕焼けが闇へと彩を変える頃。
「そろそろね」
婆やの一言で皆が動き出す。吸血鬼の居城はもう間もなくだった。
日が落ち、星の瞬く湖のほとりに寂れた城へとたどり着いたのはそれから間もなくのことだ。
「ちょっとまって」
足早に城へと急ぐ仲間に声をかけたのは婆やだ。
吸血鬼に制裁を加えようと逸る気持ちを抑えきれない仲間たちの不満はさらに積もっていく。
それでなくても昼間に城を襲撃するという案を拒否されていた彼らは、単独で動く事も考えていた。
「それならちょっともう…」
不満の言葉が溢れ出すのか?
トレイタがそう思った時に婆やが動いた。湖に向かって。
何かを呟きながら水面に手をかざす。
と、彼女の掌から輝く光が広がり始めた。それはまるで何かの文様のようだ。
不意に、その場にいた全員が違和感に包まれる。これはエレベーターが下降した時の感覚に似ていたが説明できる者はいなかった。
気が付けば彼らの視界には、周囲が闇に覆われた居城が現れていた。ただ、城の周囲には何もない。
しかし湖面には周囲の風景がはっきりと映っている。
「こ、これ…???」
「鍵を開けたの。現実の城はただの虚城、湖面に隠された門を開くことで吸血鬼の居城へたどり着くのよ」
濡れた手をハンカチで拭いながら婆やが答えた。




