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里帰りだったのに

作者: 前田エマ

初めてのホラー作品です。

ホラーになっていると、良いのですが。


昨日が土用の丑だったので、間に合わせたかったのですが、1日遅れになりました。




 夫の田舎に、車で帰ってきた。

 ただ、それだけだったはず、なのに。






 夫の実家は既に無く、世話になった義両親も、10年以上前に鬼籍に入っている。

 夫の運転する車で、北関東自動車道を滑るように走っていく。




 まだまだ残暑は厳しいが、ウインドウから流れ込む風は涼しく、秋が近付くのを感じる。

 近付くにつれ、薄っすら色づいた紅葉が、ちらほら見える。


「やっぱり、こっちは涼しいわね。」

「うん、近くなってきたからね。山の秋は早いよ。」




 天気も良く、事故渋滞に巻き込まれる事も無く、約3時間ほどで最寄りのインターへ到着。

 高速道を降りて、一般道へ。


 道の両側は、田んぼが広がる。

 田んぼの色は緑色と、いわゆる稲穂色が、半々という感じだ。


 市街地が近付き、田んぼが減って、店舗が見えてきた。

 昔は無かった大型店舗…ショッピングモールや家電量販店が、軒を連ねる。




「この辺の店は東京にもあるしなあ。丁度お昼時だし、…うなぎでも、食べに行かないか? 」

「ああ、『十兵衛』ね。行きましょう。」




 うなぎの名店『十兵衛』は、大好き。

 ここへ来たら、必ず寄る店だ。

 実家があった場所の近所にあって、ここのうな重を食べるのが、何よりの楽しみなのだ。


 赤い塗りの少し剥げた、年代物の重箱。

 蓋を開けた瞬間に立ち上る、湯気、タレの匂い。

 その中に、わずかに感じる、炭の匂い。

 皮の青光り、箸を入れた瞬間の柔らかさ、口に入れた瞬間の口当たり、タレの焦げた香ばしさ、あの味わい!


 早く、食べたい。




 うなぎを食べたら、お墓参りをして、宿へ行き温泉に入って、翌日帰宅する。

 これが、夫と帰省した際の、ルーティンなのだ。

 うなぎの事を考えただけで、顔が緩み、生唾がわいてくる。


「楽しみだわ。」

「あの店のうなぎは、美味いからなあ。」


 見慣れた景色を横目に、川沿いの道を走る。

 お腹の虫が鳴くのをやり過ごしながら、期待に胸を膨らませる。

 気持ちは、逸るばかりだ。






 ふと、背中がヒンヤリ冷たくなった、気がした。


 乗り慣れた、自家用車。

 見慣れた、景色。

 走り慣れた、道。


 なのに。

 1時間経っても、『十兵衛』に着かない。

 何故か同じ道を、ぐるぐると回り続けているのだ。






 最初は、曲がる角を間違えたのかと、思った。


 川沿いの道から、2つ目の橋を渡って。

 ファミレスの角を、左。

 郵便局の角を、右。

 コンビニの角を、左。

 真っ直ぐ進んで、右手の三軒目に、赤い看板が見えるはず。


 でも、いつまで経っても、看板は見えてこないのだ。




「あれー? 久しぶりに帰ってきたから、調子が狂っているなあ。」


 白髪が半分位混じった頭を掻きながら、夫が苦笑いしている。


「まあ、そんな事もあるわよ。」


 夫の背中をさすりながら、応える。


「しょうがない。橋まで戻ってもう一度探すかあ。」

「大した距離じゃないし、ねえ。」


 車をUターンさせて、元の道に戻る。


「何て言っても、幼稚園から高校まではここで過ごしたし、東京の大学を卒業してからは、ここで7年暮らしてたんだ。君と結婚してからも、毎年の様に帰省している。間違える訳が、無いんだ。」


「ええ、分かっているわよ。疲れただけじゃない? 途中のコンビニで、コーヒーでも買って行く? 」


「でも、『十兵衛』の前だから、なあ。もう少し我慢してくれるかい? 」


「私は、大丈夫よ。お疲れ様。」


 これが一周目だった。






 川沿いの道に戻って、2つ目の橋を渡って。

 ファミレスの角を、左。

 郵便局の角を、右。

 コンビニの角を、左。

 真っ直ぐ進んで、右手の三軒目に、赤い看板が見えるはず。

 はずなのに。




「ねえ、これで3周目かしら。」

「違う、間違えていないはずだよ。毎年、来ているんだから。」


 頑なに言い張る夫の首筋に、ひとすじ、汗が流れる。

 涼しいはずなのに、私の背中も冷や汗が流れる。




 ファミレスの角を、左。

 郵便局の角を、右。

 コンビニの角を、左。


 そう。道は合っているのに。

 看板が、見えない。




 ふと、スマホの着信音が、ピリピリと鳴った。

 ギョッとして、思わず夫と顔を見合わせる。


「出てくれ。」

「私が? 」

「運転中なんだ。」


 珍しく不機嫌な夫に苛立ちながら、手渡された夫のスマホに出る。


「はい、石川の携帯です。」

「おお、奥さん、久しぶり! 亀井です! 」 

「…亀井さん? 」


 夫の親友の、亀井さんだ。


「今日、墓参りでこっちに帰ってきてたよね? メシがまだなら、一緒に食いませんか? 今日はカミさんが出かけてて、まだ食べてないんだよ。」




 スマホを、スピーカーモードにする。


「おお! 久しぶり亀ちゃん。聞こえたよ。今どこにいるの? 」


「おお、イッシー! 『十兵衛』のすぐ近くだよ。ほら、コンビニの前。」


 では、コンビニで待ち合わせしようという話になり、駐車場で合流した。

 亀井さんを、後部座席に乗せて、状況を説明する。


「いつも見える看板が、見えなくて…」

「あそこに、あるじゃん? 」


 どんなに探しても無かった看板が、そこにはあった。


「ちょっとー、2人共大丈夫? 遠くから里帰りしたもんだから、疲れてるんだよ。キツネにでも、化かされたかね? アハハ…。」






 やっと辿り着き、食べたうなぎは最高に美味しかった。

 それに、有り難い事に、亀井さんが奢って下さったのだ。


『十兵衛』を出た後に、「近くだから」と固辞する亀井さんを、お礼がてらお宅まで送った。

 そして、花屋に寄って、仏花と線香を買った。


 夫の先祖が眠るお墓へ行き、持ち帰り用のうなぎ弁当を供えて、手を合わせる。


「父さん、母さん、頼むよ。帰りは道に迷わない様にしてくれ。」


 すっかり機嫌の直った夫が、苦笑いしながらお墓に向かって呟く。

 私もいつもより、長めに伏し拝んでいた。




 宿に着くと、ゆっくり温泉に浸かる。

 さっぱりした気分で、夕飯をしっかり食べる。

 眠りに就く頃には、夫婦揃って嫌な気分は、すっかり忘れていたのだ。





 翌朝、チェックアウトの為にフロントに行く。


「温泉料は、ご友人がお支払い下さいましたので、結構でございます。」


 支払いが安く済んだ事に、感謝しながら宿を出る。




「ねえ、亀井さんにお礼を言ってから帰りましょうよ。」


 宿の駐車場に停めた車のトランクに、荷物を入れながらそう言うと、タイミング良くスマホが鳴る。


「丁度、亀ちゃんだよ。あ、もしもし、亀ちゃん。色々ありがとう。」


「おお、こちらこそ昨日はありがとう。気を付けて帰れよ? ところで、色々ってなに? 」


「え? 昨日のうなぎだけじゃなく、俺達の温泉料、払ってくれたの亀ちゃんだろ? どうもありがとうな。」


「いや、イッシー、温泉料? …俺、それは…知らねえよ? 」



 夫が電話を切ってから、ふと気が付いて私に尋ねる。


「そういえば、君、いつの間に亀ちゃんに里帰りの事、連絡してくれたんだい? 」

「連絡?してないわよ。私、亀井さんの番号なんて、知らないもの。…あなたが連絡したんじゃないの? 」


「俺…じゃない、」






お読み頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさに狐に馬鹿にされた気分です。気持ち良く二重三重に騙されました。
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