進化とラジオ。
『夏のホラー2022』の参加作品です。
「最近、ラジオって見ないわよね。」
私はパソコンでネットサーフィンを楽しみながら、壁にもたれて携帯をいじっているショウに声をかける。
「あー、確かに。
あれだろ?今は携帯電話でラジオが聴けるんだろ?
しかも電波の入らない場所や過去の放送まで聴けるみたいだし。
便利な世の中だよな。」
感心したようにショウは言う。
本当に、技術の進化には驚くばかりだ。
「でもなんだか味気なくない?
アンテナを立てて部屋のあちこちを歩いたり、
砂嵐を聴きながらチューニングを合わせたり。
ああいうのも楽しかったよね。」
懐かしむように言葉をかけると、ショウはまた『確かに』と笑った。
「でも携帯でラジオってなんか難しいんだよなー。
うまくいかない。」
「あんたそれ、デジタルカメラが出た時も言ってたじゃない。
うまく写らないって。」
「お互い、進化についていけねぇな。」
思わず2人でふふっと笑う。
「でもさ、俺らだって何も進化しないわけじゃないぜ。」
「どういうこと?」
ショウはいかにも楽しそうにニヤリと笑う。
何だかわからないけれど、これは彼が面白いことを見つけた時の顔だ。
「だってさ、あっちで人が減るってことは、俺らの世界にどんどん新しい人が来るってことだぜ?」
ショウはとても楽しそうだが、私にはさっぱり意味がわからない。
「まぁまぁ、待ってろ。さっき携帯にメールがきたからそろそろ…。」
ショウの言葉を遮るように部屋の扉をノックする音がした。
「来た来た!おう、入れよ。」
「失礼しまーす。」
ショウに促されて入ってきた男は、いそいそと何かを取り出した。
「これって…。」
「デジタルカメラっす!」
嬉しそうにカメラを置く男に、ショウが興味津々で話しかける。
「おー、これが“デジカメ”ってやつか!」
「はい!」
「で?出来たのか?」
「もちろんです!」
「ちょ、ちょっと待って!話が見えないんだけど…。」
盛り上がる2人についていけなくなった私は慌てて話に入る。
「ショウ、どういうこと?」
私の方を向き直ったショウはまたニヤリと笑って言った。
「また写れるようになったんだよ、“写真”に」
「え?」
「デジタルカメラが普及してから俺たちは写真に写れなくなっただろ?
それをこいつの技術でまた写れるようにしてくれたってわけ。」
ポカンとする私を尻目にショウは続ける。
「人間の世界の技術がどんどん発達して俺たち死んだ人間は干渉しにくくなっただろ?
でもほら、技術を持った奴らもどんどん死んじまうわけでさ。
そうなると自然とこっちの世界の技術も進むんだよ。」
ショウはポンポンとテーブルの上のデジタルカメラをつつきながら続ける。
「この前、ついにスマートフォンってのに詳しいやつに会えたんだ。
これでまた出られるぜ。ラジオに。」
ショウの言葉を聞いて、私の中にふつふつと何かが湧いてくる。
私の声に驚き、恐怖に震えるあの顔に、人間たちのあの声にまた会えるのか!
「いい顔になったじゃねえか、おみつ。」
「その名で呼ぶんじゃないよ、ショウザブロウ。
私たちも進化するんだ。
いつまでも着物で恨めしやってわけにはいかないね。」
幽霊たちの世界の進化。
それは人間界のそれから遅れて、しかし確実にやってくる。
安心しきってラジオを聴くあなたのスマホから流れる音に、知らない女の声が混ざる日も、近いかもしれない。
「デジカメが普及してから心霊写真がなくなった。」
色んなことの真偽はともかく、こんな言葉を聞いたことがあります。
写真がダメならスマホのラジオアプリにもきっと出られないだろうと考えました。
人間たちを驚かすため、幽霊たちが一生懸命に努力していたら面白いな、と思って書いてみました。
読んでいただき、ありがとうございました。