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第八話:グラム視点

 名をエインセル。

 本来であれば忌々しい勇者の末裔如きのために目覚めるつもりがなかった。だが、存外面白い魔力を孕んでいたから起きてみればなんと滑稽。


 ワシが起こした大戦で滅んだはずのハイエルフと勇者の末裔の子という。最初は呪い殺して傀儡にするつもりだったが、呪いすら跳ね除けてしまうとはつくづく面白い。

 冷静沈着、冷酷傲慢なハイエルフが人間なんぞに心を開き、子をなす上に勇者と同じ転生者とはな。因果な運命だ。


 ククッ、大陸を地獄に落とした魔王であるワシを使いみしてみろ、ハイエルフと人間の子よ――つまらなければ、今度こそ傀儡にして奈落に堕としてやる。



 あの大戦からどれだけの月日が経ったんだ? ワシがいたときのエルフどもは鼻につくほどの傲慢で上から目線だったが……どうして、こやつらは表情すら変えずに、魔力で会話をする? なぜこんな山奥で暮らす?

 滅んだといえハイエルフだ。莫大な力を使えば容易にエルフどもを束ねられ、世界を圧巻することすら――理解ができん。

 本当に自分たちを神の使いだと思い上がっていたハイエルフなのか? どうしてこうも……



 エインセルが読んでいる本をワシも覗き見て情報収集をする。

 なるほど、エインセルの母親であるハイエルフが感情と会話能力がほとんど消えたのは恐らく大戦が終わる間際の<ノーブルエルフ>どもに簒奪された影響だろう。

 推測の域に過ぎないが、隠れ潜み泥水をすすり、それこそ王族の血筋を残すためだけに尊厳も感情も捨て去ったのではないかと考えられる。


 だが、なぜどの本にもノーブルエルフの名が記載されていない?

 それとも――まぁいい。他にも疑問点がある。


 エルフという全ての種に感情がないと書かれてあるがそんなことありえん。単純にエルフはハイエルフより魔力が少ない上に操作もそこまで器用ではないからだ。なのに感情がないだと?

 人間の目は節穴なのか? それともそこまで劣化したのか?


 ただのエルフごときがエインセルの母親のように感情と言葉を捨て、魔力だけで意思伝達できるとは思えん。魔の王として君臨したワシですら、まだ全てを理解できないというのに。


 ワシが死に絶えた後の人間も愚かな奴らだ。協力関係にあったエルフや獣人どもを潰し、亜人にするとは――大陸の覇者になったつもりか? 短命で強欲な人間同士で争うことになるのが目に見ているはずなのに。本当に無知蒙昧で愚鈍な種族だ。


 エインセルは母親以上に感情が欠落しており魔力の揺らぎもない。本当に生物なのか疑う。だが、人間の血が混ざったおかげだろう会話での意思疎通に問題ない。その上、勇者の血のせいか戦いを好みよく鍛えている。


 鍛錬を嫌うエルフとは真逆だな。猪突猛進まではいかないがハイエルフ同様、我が強い。ククッ、今は認めて力を貸してやる。仲良くしようではないか――相棒。



 ◆



「ウォォーン‼︎」


 ――なんだ?


『何かが暴れているようだな』


 素振りをしていたエインセルが音を聞きつけるとすぐさま足に魔力を纏い駆けた。

 物凄い速度だというのに草木を一切傷つけることなく、縫うように森を走る。


 ワシが戦っていた当時の愚かなエルフどもはそれこそ火魔法を好んで使い、自主的に自然を壊していたというのに。

 まるでワシが生きていた当時ですら、古びた伝承でしかない自然を愛する御伽話のようなエルフだな……


 感心しているといつのまにか音の発生源付近まで近づいていた。念のため注意したがエインセルは当然のように音も立てず、木の上に登る。


 呆れた身体能力だ。


 茂みから覗くと開けた場所でやつらは争いをしていた。

 ほう。人狼か、懐かしい。

 一騎当千の強者がまだこの時代にもいたとは。ワシが死ぬ間際に種族として滅んだと思っていたが、まだ生き残っていたか


 人狼の耳が数度、不自然に動いた。


 ククッ、人狼もエインセルに気付いているな。


 ただ人狼と戦っている人間はそこまで感知する能力がないのか、気ついていない。


 ふん。魔力探知も杜撰なゴミのくせに自分たちより強い者を奴隷にしようとするとは――本当、変わらんな。


 いつのまにか最後の人間も終わりに入っていた。


『人狼を説得してから、人間を滅ぼせばいいと思うぞ、相棒!』


 あの人狼の戦士はかなりの強さを誇っている。

 あれを仲間にすれば……


 ――人間を滅ぼす気なんてないよ、グラム


 いつもは魔力にすら感情が見えないエインセルが悲しそうな魔力を出しながら、ワシを撫でた。


『……』


 その行動になぜかワシは動揺してしまい言葉が上手く出なかった。

 エインセルは木の上から飛び降り人狼の前に立ちはだかる。


「エルフだろ? 昔、放浪のエルフと会ったことはあったが――ここまで血が濃い者は初めて見た」


 人狼の瞳孔は開き黒く染め上がりかけていた。


「この時代にまだ、ここまで血が濃いやつがいたとは」

『すまん、相棒。遠目からではワシも気づかなかった、あれはもうダメだ』


 人狼は家族をとても大切にする、それは気が狂っているのかと疑問視するほどに執着する。我が子が殺されれば、殺した相手を八つ裂きにして自分が死ぬまで暴れ続け、怪物となり果てる。

 だからこそ当時の人狼はあらゆる種族から畏怖の対象として忌み嫌われ、迫害された。


「お前がずっと見ていたことは知っている。だがな、どうして――どうして人間なんぞ、庇う‼︎」

『人狼は子を殺されたら理性に歯止めが効かなくなる。人間どもが何を考えていたか知らんが、おおかた目の前で子を殺したのか、死体を見せたんだろう』

「お前らも――人間どもに畜生と言われ追われたはずだ! わかるだろう! この憎しみが!」


 人狼は胸を掻き毟るように叫び声をあげた。


『あれはもう狂っている……早く逃げろ』


 エインセルに語りかけるが返答はなく、表情はどことなく憂いに満ちていた。


「初めまして、気高き人狼の戦士。私はエインセル、この森に住む者です」


 理解できないことにエインセルが自己紹介を始めた。


『……何を考えている相棒』

「戦うつもりはありません。私はただ森を……」


 エインセルが人狼との対話を求めている中、人狼が眼前から消える。


「人狼の戦士。これ以上はやめてほしい、私はあなたと戦いたくない」


 人狼はいつのまにか、エインセルの後方にいた人間の首を鷲掴みにしていた。

 人間は必死に空気を求め暴れ回るが人狼の腕はピクリともしない。


「節穴か! 見てみろ、この醜い人間を! お前を人質にして逃げようとしたんだぞ!」


 踠いていた人間の手から短剣が落ちる。


『人狼の言う通りだ、相棒。昔から人間は自分たち以外の種族を下等種族としか見ていない』

「それでも――私は」


 ボキっと嫌な音が響く。

 それは会話を求めるエインセルに苛ついた人狼は男の首をへし折った音だった。


 人狼は死体となったそれをエインセルの足元に投げ捨てる。


「ふん、そう言うことか。人間との混ざり物だからか?」


 鼻を数度、態とらしく動かした人狼はエインセルに人間の血が混ざっていることを指摘した。


「気色悪い。大方、奴隷のエルフと飼い主の人間の子供あたりか」

『やめろ、相棒! 挑発だ!』

「愚かなゴミの人間を仲間だと思っているんだろ? 反吐が出る。人間に飼いなされた奴隷の人生は楽しくてしょうがないんだろうな!」


 どこを見ているかわからない焦点がエインセルに合うと、人狼は牙を剥き出しにしてツバを吐く。


「それとも、もしかしてエルフの親はあれか? 娼婦だったのか、ならしょうがねェェな! アハハハッハ」


 その言葉にエインセルの体から大量の赤黒いヘドロのような魔力が吹き出る。おそらくエインセルが負い目に感じてることを当てられ、エインセルのたかが外れた。


「あん? それ以外にも――クククッ、気持ち悪いやつだな、ガキだな……」


 周囲にまるで煉獄に死体を焼べたがごとく腐臭漂う地獄が顕現した。


『ぐっ……』


 それに呼応するように怨念どもがワシを蝕みエインセルの右手に浸食した。


「アハハハハッハハ! 娼婦のガキがァァ! 俺にも楽しませてくれよォォ!」


 弾丸のように人狼が突っ込んできた。


 しかし、なぜだろう時間が切り取られたかのように、ゆっくり、りくっゆ(ゆっくり)と、(さかのぼ)るようにしたりして時が進んだり戻ったりする。


 ……だんな(なんだ)、何が……起きている。……はれこ(これは)


 人狼の動きは引き伸ばされたかのようにとてつもなく遅かった。


 これがエインセルが見ている光景か?

 もしや、ワシから大量の魔力を吸ったせいでワシの感覚が同期したのか?


 エインセルの見ている世界は処理が追い付かないほどに早い。

 ワシと半融合したのかエインセルの瞳は黄金からエインエルの父上のような燃えるような赤い瞳に変化していた。


 なんとも末恐ろしい子だ。

 これがハイエルフと真なる勇者の子か……


 エインセルは大量の魔力を地獄に更に焼べるようにワシを振るう。

 人狼は目を大きく開きながら驚いたが、ゾッとする笑みを浮かべて素早く横に回避した。ワシから放たれた地獄の爆炎が何もない虚空へ飛んでいく。


 ドンッッ‼︎ と、数秒もせず上空で大爆発を起こした。

 爆炎の影響で恐ろしいほどの爆風が飛び散る。


 爆風はかまいたちとなってエインセルと人狼に降り注ぐが、どちらも身体を守る素振りもせず睨み合っていた。

 エインセルの身体中に細かい傷痕がどんどんできていく。


 これがもし人狼に当たっていたらエインセルだけではなく、あたり一体の植物が死んでいただろう。魔王として戦っていた時には周りを気にせず戦っていたはずなのに、なぜかワシは安堵をした。


 人狼とエインセルがジリジリと睨み合っていると、焦れたエインセルは身体から禍々しい魔力を溢れ出し……

 ワシは薄れゆく意識の中、渾身の力を振り絞って叫んだ。


『その力を……使うなぁぁ‼︎』

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