第七話
ベッドへ顔から突っ込んで倒れむ俺。
父さん……いくらなんでも本気で打ち合いしすぎだよ。
立ち合い稽古でぼこぼこにされて俺は身体中にあざを作っていた。
小さく呼吸を吸い込み、渾身の力で身体を起こして水を飲む。
《大地よ……恵みを》
悶えながら簡単な治癒魔法をかけて痛みを和らげる。
その際にさっき机の上にぶん投げた禍々しい剣が目にちらつく。
剣には赤黒い血管がいくつもあり、まるで生きているように脈動している。
十四歳の記念日に父さんからもらったあの例の剣だ。
よくよく話を聞くと、なんでも聖剣は魔王の心臓を突き刺していたその時に大量の血と魔力を吸ったせいで少し性質が変わっているかもしれない、と。
そういう重要なことは早く教えてくれよ、俺は心の中で父さんをボコボコにした。
しかも父さんと母さんには赤黒い血管が見えないようで、俺は枕を濡らした。
そんなことを考えていると少しずつ治癒魔法が身体全体に行き渡り痛さも治ってきた。
俺は一日でも早く父さんをケチョンケチョンにしたい意志から、力を振り絞り剣を手に取る。
『お、相棒! これからいっちょ、人間どもを滅ぼしに行くか⁉︎』
頭の中に声が響いた。
――行かないよ
自称魔王で名前はグラム。
隙あらば俺に人間を滅させようとしてくる、うるさいやつだ。
怨嗟の声がなくなったと思いきや、勝手に俺の相棒面をして喋りかけてくるようになった。
一応、無駄に高性能で重さを感じないから狩りをする時に重宝している。
すでに半ば諦めているが、いつか絶対に捨てようと考えている。
『どうしてだ、相棒! どうせ今でも人間どもは自分たち以外の種族を迫害してるんだろ? 人狩り行こうぜ!』
グラムがまるでピクニックに行く要領で人間を滅させようとさせる。
――そんな簡単に人間を滅ぼせるわけがない
というか、そんなめんどくさいことやらないけど。
『ハハハ。冗談がきついぜ、相棒! 相棒の勇者としての力とワシの魔王としての力を合わせればパパっと人間を滅ぼしてすぐに大陸の覇者だぞ!』
――まだ父さんにも勝てないのにか?
だいぶ前から父さんより魔力が増えたはずなのに、未だに勝てん。
いや、正確には父さんの戦い方が相変わらず卑怯すぎて勝てる気配がない。
懐に入っても口から針を飛ばしてきて目を潰してこようとする。
それを避けて魔法を唱えようとすれば汚物を入れた袋を投げつけて嫌がらせをしてくるし。
本当、蛮族かよ。
考えているとイライラしてきた
『ま、相棒の父上も勇者の末裔だから……憎いが。おっと! 今は相棒の父上だからな、魔王のワシは寛大だから特別だぞ!』
グラムが頭の中で喧しく騒ぐが無視して部屋から出た。
くそが! ゆるさん!
『相棒! 今の剣筋いいぞ! そうだ! もっとだ!」
今に見てろ、父さん‼︎ 卑怯な技も引っくるめてぶっ飛ばしてやる!
部屋から出た俺はリビングで寛いでいる父さんから、なぜか鼻で笑われ小馬鹿にされた。
『最高だ! もっと、もっと力を強く! 人間を滅ぼすイメージを!』
ケチョンのケッチョンケチョンだ!
俺は怒りのパワーを糧にして、喧しいグラムを我慢しながら素振りをする。
その時、突然森から鳥たちが一斉に飛び立った。
ん?
「ウォォーン‼︎」
遠くから何か動物のような鳴き声が響いた。
――なんだ?
『何かが暴れているようだな』
わかってるっての!
俺はグラムを携えて夜の森へ入った。
――魔獣の声でもなかった。ただ、かなり魔力を孕んでいたような
『恐らく<魔人>――いや、亜人だろう』
――魔人? 亜人?
今の大陸では人間以外の種族は全て亜人の括りのはずだが、魔人?
『――魔を多く孕んだ種族。<ゴブリン>や<オーク>、<吸血鬼>などだ』
亜人は知っているが、魔人なんて単語どの本で見たこともない。
一体なんなんだ? 半信半疑だったがグラムは本当に、太古にいた――魔王なのか?
『相棒、静かに。もうすでに近くだ』
魔人のことやグラム自身のことを聞こうとしたが、大勢の人たちが争っている声が聞こえてくる。
意識を戻し木の上に飛び乗ってそっと顔を出す。
開けた場所で狼と人の合いの子のような何かが人間と争っていた。
『ほう。懐かしい――<人狼>だ』
――人狼。太古の戦争で最初に魔王の元についた亜人だったか?
『あぁ、そうだ。あいつらは最も忠誠心に溢れ優れた戦士たちだった』
――魔王が滅んでからは最も苛烈に狩られたはずだが……
いたとしても戦闘奴隷として生き残っているだけのはずだったと思うが?
なんでこんなところに
『さぁ? ワシが死んだ後のことなんて知らん! 人狼たちもワシが死ぬ前にほとんど戦死していたしな! まだ生き残っていたこと自体に不思議でしょうがないぞ!』
――どうしてこんな森に
『身体を見てる限り戦闘奴隷じゃないか? かなりの傷痕もあるしな!』
――見ればわかるよ。魔王笑に聞いた俺がバカだった。
『酷い!』
グラムの言う通り人狼の至る所に痛々しい傷痕があった。
更に人狼の丸太のような太い首や手足には重そうな拘束具をいくつも付けられている。
《業火よ! 眼前の敵を焼き尽くせ!》
ローブを纏った魔術師らしき人物が火魔法を唱え、炎が人狼を焼いた。
――あれが業火?
『いや、相棒の家族の魔力がおかしいだけだから……普通はあんなもんだぞ……』
グラムが呆れながら答えた。
身体を炎で包まれている人狼は全く動かず、火にジワジワ焼けながら何かを耐えていた。
その隙をついて人狼の後方に回り込んだ歴戦の剣士風の男性が剣を振り上げ、その瞬間人狼がブレた。
――あんなに速いのか
『人狼は身体能力が常軌を逸しているからな。その辺の雑兵が勝てるわけもない』
人狼が元の位置に戻ると頭から大量に血液を被り炎が鎮火していた。
その両手には今まで対峙していた魔術師と剣士の頭も持っている。
それ見てほとんどの人間は戦意消失したかのように逃げ惑う。
それを人狼が逃すはずもなく魔力を孕んだ咆哮する。
「ガァァァァ‼︎」
咆哮だけで大盾を構えていたはずの男性が木端になって後方へ粉々になって吹き飛ぶ。
『ハッハハ! 愉快だな! いいぞ人狼! 人間を滅ぼセェェ!』
ご機嫌になって調子に乗っていたのでグラムを指で弾く。
『痛いぞ、相棒……』
――やっかいだな
人間たちを助けようにも隙がなさすぎる。
『人狼を説得してから、人間を滅ぼせばいいと思うぞ、相棒!』
グラムを撫でた。
――人間を滅ぼす気なんてないよ、グラム
『……』
俺が諭すように言うとグラムが黙った。